勇者パーティを追放されたエルフは魔族のショタを連れて、のんびりスローライフを送る 〜決してショタコンではない〜
沢田美
第1話 勇者パーティの物語は、これにて閉幕である。
この世界は、平和と呼ぶにふさわしいほど満ちていた。活気に溢れた人々、元気な人々――みんなが誰しも優しい。そんな世界。それもこれも、全部こいつらのおかげかもしれない。
私たちはつい先日、魔王を打ち倒し、世界から脅威を取り除くことに成功した。
夜空に輝く恒星のように眩しい、勇者ユリウス。大地をひっくり返すほどの怪力と、機敏さを併せ持つ戦士ダルフ。多彩な知識と魔法の応用を使いこなし、誰もが天才と称え、神童とも呼んだ賢者セシルス。そして――才色兼備にして頭脳明晰。皆、いや世界の誰もが、エルフ史上……いや世界史上最強だと語る、リア。
うん。私のことだね。
「リア、何してるんだ? そんな気持ち悪い顔して」
しまった。自分語りしすぎて、顔に出てたか。
でも、顔に出るのも仕方ない。なんせ、私が魔王にトドメを刺したのだから。人類を脅かした魔王を圧倒して、私がこの世界の負に終止符を打ったのだから。
まぁ魔王を倒せたのも、ユリウスやセシルス、ダルフのおかげでもあるがね。――いやー、それでも私の貢献が大きいかなー。
「いや、少し感傷に浸っていただけさ」
「……そうか。それより、国王が俺たちを英雄として称えるために宴会を開くらしいぞ。リアも来るのか?」
「――行くに決まってる。せっかくの勝利の宴会だからね」
私は髪をかき上げながら答えた。それに私としても、私がどれだけ魔王討伐に貢献したか、人間たちに伝えなければならない。里の奴らにも土産話を持っていきたいしね。
里――それは、私を魔王討伐に送り出したエルフたちが住む場所。私にはもちろん家族も友人も、知人もたくさんいる。だからこそ、私は自分の話を持って帰るべきだ。
ユリウスたちと過ごしてきた八年の時間。エルフにとっては数日……いや数時間程度かもしれないが、私にとってはかけがえのない時間だった。
「それじゃあ俺たちと一緒に――」
あ、そういえば。
魔王討伐の旅に夢中になっていて気づいてなかった。私はこの国を――いや世界を、堪能していなかったな。八年もの間、ひたすら戦いと移動の繰り返し。人々の笑顔を守るために走り続けて、その笑顔をゆっくり眺める時間さえなかった。
「私は少しこの国を見てから行くよ。だから先に行っててくれないかな?」
私にはまだやるべきことがある。それはまず、この国を堪能することからだ。
そう思い立った私はそのままユリウスたちと別れ、一人で王国の売店や商店街を回ることにした。
私がこの国を歩けば、周りの人々は羨望の眼差しを向ける。この世界を救った英雄への眼差しだ。そう。英雄。もちろん、史上最強の私にふさわしい。
脳裏に、魔王討伐の記憶がよぎる。
襲い来る魔王の強大な魔力の波動と攻撃魔法。それをユリウスたちは剣や斧でいなし――その隙に私は「終焉ノ
ユリウスが放つ、最強の勇者の閃光の斬撃。ダルフが叩き込む、強烈な斧の刃。そしてセシルスの優秀な支援魔法。八年という時間が生み出した私たちの連携に為す術なく、魔王はボロボロになっていき――最後に私が撃った「虚空穿ち《ガルド》」の魔法を前に倒れた。
史上最恐を討ち取った、史上最強の私。
「私ってやっぱ、最強じゃん」
独り言を呟いた、その瞬間。
体に、ちくりとした感覚が走った。殺意に満ちた魔力を撒き散らしている奴がいる。
魔王軍のほとんどは戦意を喪失してどこかへ消えた。残った連中は、私たちが滅ぼした――はずだ。でもこの微かな魔力。私からすれば蟻一匹程度でも、ユリウスたちなら「残党」と疑うに足る。
「疲れてるのになぁー」
本音を吐露し、私は魔法の杖を虚空から取り出す。そのまま殺意の魔力がある場所へ向かった。
人々はそんな殺意に気付かぬまま、平和を堪能している。全く、心の底までお気楽な種族だな、人間というのは。そう考えながら人通りの少ない路地裏を進み――私は、その魔力の発信源を見つけた。
ボロボロの服。首には分厚い鎖。痩せ細った、小さな体。顔は絶望に染まり、何度も泣いた跡が残っている。手足には無数の傷。
目の前にいるのは、まだ十歳にも満たないであろう少年だった。銀色の髪は汚れで黒ずみ、大きな瞳は光を失っている。それでも――その顔立ちは整っていて、健康であればきっと可愛らしい少年なのだろう。
「君かい? さっきから殺意を振りまいているのは」
振り向いたその人物は、おそらく魔族――ただし限りなく人に近い部類だ。異形の角がある時点で、魔族であることは確定。小さな角が、ぼろぼろのフードから覗いていた。
ここで始末するしかないか……。
私は魔法を放つ体勢に入った。だが――
「た、助けて」
魔族の――おそらく少年は、私にそう言った。
か細い声。震える小さな体。怯えた大きな瞳が、私を見上げている。
助けて、か。それは何度も聞いてきた言葉だ。それでも私には、その言葉を無視できない。特に――こんなに幼い子供の声は。……だが、どうしよう。
私は仲間や生き物を癒せる魔法は持ってない――いや、正確には持っているが、使えない。
この世界には絶対的なルールがある。魔法の保持は基本一つまで。理由もある。人間が生まれながらに持つ魔法、あるいは会得した魔法は、一つしか"抱えられない"のだ。二つ以上を無理に手にしようとすれば、魔力容量の圧迫で肉体が破裂し、死ぬ。
ただし私のようなエルフや一部の種族は、膨大な魔力容量に耐えられる体を持つ。ゆえに二つまでの魔法所持が許可されている。
うーん、どうしようか……。
この事案は、セシルスの回復魔法案件でもある。それ以前に、この国の闇市案件すぎる。でも魔族絶対殺すマンのユリウスを前に、セシルスにこの子を治してもらうのも気が引ける。てか絶対、この子が瞬殺される。会わせた瞬間に終わる。
それとも私の保有する貴重な魔導書を消費して、助けるべきか? ……うーん、それはそれで気が引ける。
少年は私をじっと見つめている。諦めと希望が入り混じった、複雑な表情。まだ幼いのに、こんな顔をさせられているのか。
この世界で魔導書は希少価値が高すぎる。だが私が持つ数ある
「仕方ない。これも勇者パーティの一人として、役目を果たすしかないか」
私は虚空から魔導書を取り出した。少年と目線が同じ高さになるよう腰を下ろし、それを差し出す。
困惑する少年。だが私の持つそれを見て、驚いた顔をした。おそらく魔導書の価値を知っているのだろう。間近で見ると、本当に幼い。こんな子供が、こんな目に遭わされていたなんて。
「これを読めば治るよ。痛いのも、苦しいのも全部」
少年は戸惑いながらも魔導書を受け取り、小さな手で手に取って開いた。その瞬間、緑色の鮮やかな光が溢れ出る。光は少年の体に馴染むように入り込み――やがて傷を癒やし、消していった。
骨が軋む音が止まり、出血が止まり、肌に血色が戻っていく。少年の瞳に、わずかながら生気が宿った。汚れが消えた顔は――やはり、整った顔立ちをしていた。可愛い、と思ってしまう。決してショタコンではないが。
「な、なんで僕に……こんなことを」
「……君を私の奴隷にするためだよ」
「ど、奴隷……」
少年がびくっと震えた。怯えた表情。あ、まずい。
「あぁ、しまった……言い方が悪かったね」
私は咳払いをして、言い直した。少年を怖がらせてどうする。
「まぁ『奴隷』という名目で、君を私のサポーターにする。いいか、魔導書というのはね、とてもとてーも価値が高いものだ。私が君に渡したのも、その希少品の一つ。私は君に寄付したんじゃない。交換条件として渡したんだ」
「条件?」
「そう。条件は一つ。一生かけて償って、私を養うこと! その代わりに私は君を脅威から守ると誓おう」
史上最強になった私にも、弱点はある。身の回りの管理ができないことだ。料理なんてできないし、片付けも洗い物も、めんどくさくてできっこない。だからこの子には、私の面倒を見る役――つまり。
「君はこれから私の養子になるんだ」
弟子とも言いかけたけど、私は教えるのが下手くそだからやめた。でも養子なら、結構理にかなった言い訳にもなる。これならユリウスにも融通が利く――と思う。たぶん。希望的観測。
困惑する少年をよそに、背後からとてつもない音が聞こえた。起爆魔法と色彩魔法を応用して作られた「花火」とやらだ。花火が夜空に綺麗に打ち上がっている。勝利の宴、らしい。
少年の目に、少しだけ光が戻った気がした。幼い子供らしい、純粋な輝き。花火を見上げる横顔が――なんだか愛おしく見えた。
私は少年に手を差し伸べた。
それは支配を強要するための手じゃない。自由を――そして、私に楽をさせろという意味を込めた手だ。だいぶ本音。
少年は、その手を取る。小さく、か細い手。骨と皮だけのような、頼りない手。でもしっかりと、私の手を握り返してきた。
「契約成立だ。君はこれから私のことを先生と呼ぶこと。それと、私の許可なく魔法は使わないこと。守れる?」
「わ、分かった」
小さく頷く少年。その姿が健気で、思わず頭を撫でたくなる。いや、撫でた。柔らかい髪。少年は驚いたように目を見開いたが、嫌がる様子はなかった。
「よし。これから城に行こうか。私の頭のおかしい仲間たちが、私たちを待っているからさ」
私は少年に黒いフードを用意し、魔族特有の角を隠すように被せた。これなら城までの道のりは安全だ。少年の手を取り、そのまま城へ向かった。
小さな手が、私の手をぎゅっと握っている。離れないように、必死に。
※ ※ ※
城の門の前には、すでに宴の熱気が溢れていた。中に入り切らず外へこぼれたのだろう。門前には食べ物や椅子、机がいくつも並んでいる。酒の匂いと肉の焼ける香ばしい匂いが混じり合い、人々の笑い声が響いている。
私は少年の手を逃げないよう握り、そのまま城の中へ入った。少年は周囲をきょろきょろと見回している。こんな華やかな場所は初めてなのだろう。
高らかな笑い声。平和な会話。他愛もないやり取り。どれも魔王討伐前には聞こえなかったものばかりだ。
「お! 来たかリア」
ユリウスたちが歩み寄る。
私は少年の手を握ったまま、ユリウスやダルフ、セシルスと会話をしていたが――さすがに気づいたのか、ユリウスが私のそばの少年に目を向けた。
「おい……リア」
優しい声色が変わった。殺意に満ちた声と覇気。空気が一変する。周囲の喧騒が遠のき、ユリウスの纏う気迫だけが際立った。
やはりか。ユリウスには簡単に見破られる。私はその覇気が周囲に伝わる前に、彼が握っていた剣の柄に手を添えた。
少年が私の服の裾をぎゅっと握った。小刻みに震えている。
その行動を前に、ユリウスは私の正気を疑うような顔をした。
「リア、お前も知ってるだろ。俺は魔族に――」
「あぁ知ってる。家族を全員惨殺された。耳にタコができるくらい聞かされた話だよ」
「じゃあなんで。嫌がらせにも程があるぞ」
その声色と雰囲気に、さすがのダルフもセシルスも気づいたようだ。私が魔族の少年を連れてきたことに。一方の少年は震えている。体を小刻みに揺らしている。そりゃそうだ。勇者の放つ殺気を、至近距離で浴びているのだから。
幼い子供には、あまりにも重すぎる。
「説明しろ。説明次第ではリア――お前を裏切り者として、勇者ユリウスの名の下に斬る」
「分かった。説明するよ」
殺意に満ちた目のユリウスに、私は顔色ひとつ変えずに口を開いた。
「この子は拾った。偶然通りかかった路地裏で、傷まみれで立っていた。そして助ける条件として、私の養子としての契約を交わした。これ以上もこれ以下もない」
「そうか……リア、お前らしい奇天烈な行動だな」
ユリウスは顔色を変えないまま、私の手を跳ね除け――私の喉元に剣先を突きつけた。
冷たい刃の感触が首筋に触れる。少しでも動けば、皮膚が裂けるだろう。
少年が小さく悲鳴を上げた。私の服をさらに強く握りしめている。
「……やっぱり、ダメなんだね」
その瞬間、王族や貴族、周囲の者たちが殺気を察し、私たち勇者パーティに視線を集中させる。楽団の演奏が止まり、笑い声が途絶え、静寂が訪れた。
他者から見れば異様に決まっている。なんせ、勇者ユリウスが仲間に剣を向けているのだから。
「当たり前だろ。前にも言ったが、俺は魔族に家族を惨殺――いや村を滅ぼされた。俺がお前なら、躊躇いなくその魔族を殺した」
周囲がざわつく。おそらく今のユリウスに何を言っても、この少年は殺される。
でもこの子と契約をしてしまった以上、私はこの子を脅威から守らなければならない。この世界での契約はいわば制約だ。守らなければ、それ相応の罰が下る。魔力の暴走、あるいは死。
それに――こんな幼い子を、見殺しにはできない。
ユリウスは誰にでも優しい。不平等ではなく、人それぞれに平等に優しい。――でもそれは「人間」という枠組みの中でしか機能しない。家族を惨殺され、村を魔族に滅ぼされたユリウスにとって、この子は平等も不平等も関係なく「万死」に値する。
ユリウスなら少しでも分かってくれる。悲劇的な魔族の少年を見れば分かってくれる。……なんて、少しの希望を見出した私が間違っていた。
「分かった。ユリウス」
「なんだ」
「私、勇者パーティ抜けるよ」
「――なっ!?」
ユリウスの口が塞がらない。ダルフとセシルスも、息を呑んだ。
「私はこの子と厄介な契約をしてしまってね。君も知る通り『契約』は一定期間、守らなければいけない――いわば『縛り』。だから私は――」
この時の私に、感情なんて一切ない。私情を挟めば、また変な展開になる。だから今は、浮かぶ感情を押し殺してでも向き合う。
少年の小さな手が、まだ私の服を握っている。震えながら。
「分かった。お前を俺の仲間から――勇者パーティから追放する。今すぐ、俺たちの前から消えろ」
これはユリウスなりの優しさだろう。本来なら一匹たりとも許さない魔族を、みすみす見逃す形にする。流れがどうであれ、勇者ユリウスとしての使命を破り、優しさを付け入らせる。その上で、私を追放する。――そういう結論だ。
ユリウスの瞳には、苦渋の色が浮かんでいた。それでも彼は、剣を下ろさない。
「英断だよ、ユリウス。それじゃ」
私はそのまま殺伐とした空気の中を、無心で歩いて城を出た。少年の手を引いて。
勇者パーティを追放された。そんな事実が心にこびりつく中で、私は魔族の少年のフードを取った。夜風が少年の髪を揺らし、小さな角が月明かりに照らされる。
少年は不安そうに私を見上げている。大きな瞳に涙が浮かんでいた。
「さて、言い訳もできたことだし。旅に出ようか。私たちの物語を始めようじゃないか」
私は少年の頭を優しく撫でた。少年は目を丸くして、それから――小さく微笑んだ。初めて見る、少年の笑顔。
こうして、史上最強の存在であり、魔王を討伐した一人だった私は、勇者パーティを追放された。
――ここから私の物語。いや、私とこの少年の物語が始まる。
勇者パーティの物語は、これにて閉幕である。
あとがき
最後まで読んでいただき、ありがとうございます!
このお話が少しでも面白いと感じていただけたら、ぜひ「♡いいね」や「ブックマーク」、「☆」をなどレビューしていただけると嬉しいです。
応援が次回更新の励みになります!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます