大阪女が異世界転移!? ~大阪パワーで問題解決するで~

夏野海里

第1話 大阪女 お好み焼きと共に異世界転移

「このお好み焼き、今までで一番うまく作れたわー! ウチ天才ちゃう!?」


秋乃は自室のキッチンで大きな独りごとを言った。

菜庭秋乃なにわあきの、19歳。

リアルな虎が描かれたトレーナー+高校ジャージ(下)、足元はサメのスリッパ。

そんな姿でお好み焼きを作る大阪人だ。

ちなみに高校ジャージ以外は福袋に入っていたハズレだが、もったいないので使っている。


「あ~早よ調理師免許取って、沢山の人にウチの料理食べてもらいたいなぁ!」


お好み焼きが乗った皿を持ったまま、そう呟いた瞬間。


「っ!? まぶしッ!」


秋乃は白い光に包まれた。



「……えっどこやねんここ!? 何が起きたん!?」


突然のまぶしさに目を閉じた秋乃が再び目を開くと、そこは薄暗い森の中だった。

そして目の前の樹の根元に、男が倒れている。


「ちょっ自分どうしたん!?」


駆けよった秋乃は持っていた皿を地面に置き、男の肩をゆすった。


グウゥ~~~~


腹の音が盛大に鳴り響く。

犯人は秋乃ではない。倒れている男の耳が、赤く染まっている。


「お腹空いてるん? これ食べや! 作りたてやで!」


秋乃の呼びかけに男はゆっくりと起き上がり、そのまま地面に座った。

秋乃は男にお好み焼きの皿を差し出した。


「……この料理は……?」

「お好み焼き言うねん」


(言葉が通じてよかったわ~!)


秋乃は心の中で安堵しながら、食べやすいようにとヘラで一口分を切り分ける。

男は戸惑っていたものの、ふんわりと香ばしいにおいにつられ、お好み焼きに食らいついた。


「……うまい!」

「せやろ、改心の出来やねん!」


よく見ると男は、金髪に青い瞳、ファンタジー映画に出てくる騎士のような服装だ。


(行き倒れたイケメンコスプレイヤー?)


男がお好み焼きを食べ終えて一息ついたタイミングで、秋乃は尋ねた。


「なぁ、ここってどこなん?ウチは大阪の自宅でお好み焼き作ってたんやけど、いきなりパァーッてまぶしなって、目ェつぶって開けたらここにおってん!自分はどしたん?」

「……私はこの森を調査中に遭難したのだ。そなたのおかげで助かった。名を何と言う?」

「ウチの名前は秋乃!」

「私はソルタニア王国の第二王子リヒト」

「王子!?」

「恐らくだが、アキノは『異世界からの転移者』の可能性が高い。国王ならば、帰り方を知っているかもしれない」

「ほな王様に会わせてもらえへん?」

「ああもちろん、アキノは私の命の恩人だ。王宮に行こう」

「……でも遭難中なんやろ?」

「アキノのオコノミヤキのおかげで回復した。これなら《転移魔法》が使える」

「魔法!?」


リヒトは驚く秋乃に頷いた後、呪文の詠唱を始めた。すぐにリヒトと秋乃の足元に青白く光る魔方陣が現れた。

青い光は大きくなり、リヒトと秋乃を包む。

まぶしさに二人は目を閉じる。


「……リヒト様!」


突然の知らない男の声に驚いた秋乃が目を開くと、周りの風景がきらびやかな王宮内に変わっていた。


「ほんまに魔法があるんや……!」


「リヒト様、よくご無事で!あの、こちらの女性は……?」

「クロード、彼女はアキノ。私の命の恩人だ。国王に緊急の話があると伝えてくれ」

「はっ!」


クロードと呼ばれた男性が足早に出ていく。

すぐに戻ってきたクロードに促され、リヒトと秋乃が向かった先は謁見の間。


「リヒト、無事で何よりだ」


豪奢な玉座に座るソルタニア国王は、紫色の瞳を細めて言った。

銀色の髪と髭、恰幅のある体格は王としての威厳を感じさせる風貌だ。


(ハリウッドのベテラン俳優って感じや)


「ご心配をおかけしました。こちらはアキノ。私の命の恩人です」


リヒトは国王に経緯を説明した。

リヒトの方を向いていた国王が、秋乃をじっと見つめる。


「ふむ……突然現れた状況にその奇妙な服装、『異世界からの転移者』で間違いないだろう」


(奇妙な服装て!)


秋乃は心の中でツッコんだ。

でもそういえば、リアルな虎のトレーナー+高校ジャージ+サメのスリッパという適当な部屋着なことを思い出して恥ずかしくなる。

さりげなく両手を組んで、虎を隠そうとした。


「遥か昔、この世界には魔王が存在した。その時のソルタニア王が異世界から勇者を召還し、魔王は倒された。魔王が死ぬと魔物も消え、世界は平和になったという歴史があるのだ」

「あの! その勇者って元の世界に帰れたんですか!?」


秋乃の問いに、国王は静かに頷いた。

前例があることに秋乃は心底ホッとした。

秋乃と対照的に国王は浮かない顔をしている。


「……だが、帰る方法は私も知らぬ。古い記録などを調べたら手がかりがあるだろうが、今この国は様々な問題が一度に発生しており、王子自ら調査に行くほど人手が足りておらず……」

「ほなウチも手伝いますわ!」

「ではリヒト、アキノのことはお前に一任する」

「はい、かしこまりました」


リヒトが礼をして国王との謁見が終わった。

退出するとリヒトが申し訳なさそうな顔を秋乃に向ける。


「アキノは私の命の恩人なのに、こき使うようですまない……」

「早よ帰りたいからやし、自分のためやで。ほんで、どんな問題が起きてるん?」

「色々あるが……そういえば、アキノは料理人なのか?」

「まだや。料理人の卵やねん! 食べ物関係やったら役に立てるかもしれへん」

「そうか。ならば厨房に行こう」


リヒトの説明を聞きながら厨房へ向かう。


「季節外れの大嵐が収穫直前の野菜や果実を直撃してしまったんだ。料理人たちがジャムやスープにできるものはしているが、大半は損傷が激しく、廃棄処分になりそうだと。無駄にせず利用できないだろうか?」


厨房に入ると大量の野菜や果物が入った木箱が床に並んでいた。


「リヒト坊っちゃん!」


料理長らしき中年の男性が頭を下げる。


「テオ、こちらはアキノ。私の客人で料理人の卵だ。手伝ってくれる」

「よろしくお願いします!」


秋乃は勢いよくお辞儀をした。


「私は料理長のテオです。これらが問題の野菜と果実ですが……」


テオが木箱の中を見せる。

立派に育った野菜や果物がつぶれたり傷がついたりして痛々しい。秋乃は悲しげに眉を下げた。


「農家の人たち、辛いやろうなぁ」

「ああ。それに大量廃棄となれば野菜や果物の値段が上がり、国民の生活も苦しくなってしまう。できるだけ廃棄は避けたいんだ」


リヒトの言葉に秋乃も同意した。

料理人の卵としても、食べ物が無駄になることはもったいなくて苦手だ。


「つぶれたトマトやリンゴ、タマネギ……野菜と果物両方入ったおいしい料理、なんかあったかなぁ」


秋乃は腕を組んで考え込む。


(傷み始めてるからサラダとかの生食は危険や。加熱するしかないけど……)


「リヒト様! チェラ海岸に打ち上げられた大量の《悪魔》が転移魔法で運ばれて来ました!」


リヒトの側近クロードが慌ただしく厨房に駆け込んで来た。


「悪魔がおるん!? 魔物は魔王と一緒に消えたって王様が言うてたけど……」

「ただの海産物なのだが見た目がグロテスクなので、《悪魔》と呼ばれているんだ」

「売値がつかないほど人気がないですね。調理する時は形がわからなくなるくらい細かく刻まないと残されます。リヒト坊っちゃんもよく残してましたねぇ」

「テオ!」


子供の頃の話をされて慌てるリヒトに秋乃が笑う。

テオが《悪魔》が入った大きな壺を開けた。


「これが《悪魔》!?」


《悪魔》を見た秋乃の脳裏に、ある料理が閃く。


「まとめて解決できるかも知れへん!」

「まとめて!?」


リヒトとテオが同時に驚きの声を上げた。



◇◆◇◆◇


ソルタニア王国の城下町。

街角や店先で、人々が和やかに雑談をしている。


「なぁ、アレ食べた?」

「もちろん! 《悪魔》があんなにぷりぷりして美味しいなんて知らなかったぜ!」

「片手で食べやすいのもいいわよね」

「なになに、なんの話?」


ひとりが不思議そうに尋ねると、みんな満面の笑みでこう言った。


「たこ焼きだよ!」


◇◆◇◆◇


「ーーといった感じで人々に大好評ですよ、たこ焼き」


用事で街に出ていたテオが、王宮の厨房に入るなり嬉しそうに報告をした。


「たこ焼きはウチの地元のソウルフードやから、ソルタニアの人たちも美味しいって食べてくれてめっちゃうれしいわ!」


秋乃は手慣れた手つきでたこ焼きを作りながら笑う。


「初めは見たことがない形の食べ物で驚いたが、本当に美味しい!  アキノ、もう一皿食べたいのだが……」

「ええで! リヒト、たこ嫌いやったんちゃうん?」


横で眺めるリヒトに問いかけると、


「見た目が苦手なだけだ。たこ焼きは見えないから良いな」


と答えた。


「あ、そうだ。たこ焼きのお陰で、たこが売りきれるようになったと魚屋が喜んでましたよ」

「農家の皆も、廃棄予定の野菜や果物が全部美味しいソースに変わって喜んでいた」

「そんならよかったわ、ほいっ追加のたこ焼きできたで!」


秋乃はたこ焼きが載った皿をリヒトに渡す。


「アキノのお陰で問題が二つも解決した、ありがとう」


リヒトが秋乃の目を見つめながら、にっこりと笑った。


(イケメンの笑顔、眩しすぎるって!)


「リヒトが鰹節を東国から取り寄せてくれたり、テオのおっちゃんが鋳型職人さん紹介してくれたり、とにかくみんなの協力のお陰や!」


照れ隠しに顔を逸らした秋乃はたこ焼き器の方を向く。

鉄でできた、たこ焼き用の鋳型だ。

ガスコンロそっくりの魔法道具ーー火魔法が仕込まれていて使い方はガスコンロと同じだーーの上に載せて使用する。


「たこ焼き器の注文が殺到してるそうですよ。仕事が増えてありがたいとアキノさんに感謝していました」

「そんなん、こっちが感謝やで! 難しい注文聞いてくれて」

「アキノが『たこ焼きの作り方』を書いた紙を配ったお陰でたこ焼きを売る店が現れて、ソルタニアの経済に活気が戻った!」


三人が雑談をしていると、廊下からドタドタと足音が聞こえて来た。


「アキノ様!」


リヒトの側近クロードが厨房に飛び込んで来た。


「クロードさん、様付けはやめてって言うてるやろ!」

「アキノ様は第二王子リヒト様の恩人ですので。で、勇者についてですがーー」

「帰り方わかったん!?」

「いえ……。ただ、勇者についての正式な記録は、王族のみが閲覧できる書庫にあることがわかりました」

「ならば私が調べよう」


リヒトの言葉に秋乃は申し訳ない顔になる。


「リヒト忙しいのにすまんなぁ」

「いや、アキノのお陰で大きな問題がいくつか片付いたから、少し余裕ができた。早く元の世界に帰りたいんだろう?」

「せやなぁ、お好み焼き作ってる最中に転移したから、食材が腐ってへんか心配や……学校もあるしな」

「よし、昼食を食べ終えたし、今から書庫に探しにーー」

「リヒト様はこれから会議です」

「う……わかった。ではアキノ、何か分かったらすぐ知らせる」

「頼むわ!」


クロードに引っ張られて厨房から出て行くリヒトを、アキノは手を振って見送る。


「アキノ様、失礼いたします」


入れ替わるように侍女シータが入って来た。

この世界に不慣れな秋乃のお世話をするようにと、リヒトがつけてくれた専属メイドだ。


「どしたん?」

「アキノ様にお手紙が届いております」

「へっ誰から?」

「ルティリア・ダズワルド様からです。公爵令嬢です」

「ガチお嬢やん! 何の用なんやろ?」


テオに挨拶をしてからシータと共に厨房を出た秋乃は、王宮内にある秋乃の部屋に戻った。

来賓用の客室なので、豪華でとても広い。

バスルームだけで秋乃のワンルームくらいあるのだ。

秋乃はアンティークなソファーに座り、シータから受け取った手紙を読み上げた。



アキノ様


はじめまして、ルティリア・ダズワルドと申します。

ダズワルド家は伝説の勇者と共に魔王と戦った賢者の血筋ですの。

賢者の書簡などを調べたら、勇者がどう帰還したのかわかるかもしれませんわ。

たこ焼きのお話もしたいので、ぜひ私のお茶会にいらしてくださいませ。


「帰り方がわかるかも知れへん!」


秋乃は勢いよく立ち上がり、シータの方を向く。


「行くで! お茶会に!」




つづく

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