第6話 番外編「休憩室のふたり」episode2.師弟愛なふたり(森川/斉藤)

 斉藤くんがやばい、というのは北澤が散々言っていたから、予備知識として知ってはいた。

 けど緊張が取れてからの斉藤くんの「やばい感じ」は、ちょっと想像してた以上だった。

 仕事中は別に、忙しくてそういうことに構っている余裕はないので大丈夫だ。

 問題は、休憩室で一緒になった時だ。

 一応ヒロのために断言しておくが、斉藤くんの「やばさ」は俺にとって、子犬とか猫とかハムスターとかラッコとかに感じる「かわいさ」に相当する。決して俺が休憩室で斉藤くんに欲情するとかそういう話ではないので、悪しからず(俺は誰に向かって言ってるんだ)。

 斉藤くんはいつも、シェフ、シェフ、といって足元(ではない)にまとわりついてくるし、期待に満ちた目で俺を見上げてくる。休憩室で一緒になろうもんならレシピとか持って来てソファで隣にくっついて座る。ちょっとくっつきすぎだ、と思って俺が横にずれれば、半拍遅れですぐ詰めてくる。

 それでこの間も、レシピのアイデアを描いたスケッチブックを持ってきて、これどう思いますか、と言いながら俺の隣にくっついて座った。簡単な線描の完成図と、レシピ本文は日本語表記だったが、どうも食材や味付けを見るとフレンチではなくイタリアンらしい。

「ワインはイタリアワインに特化するの?」

 斉藤くんは、いえ、まだそこまでは、と答えた。

「これから何年もかけて色んな業態を経験するつもりならともかく、斉藤くんの場合はこれ以上そんな回り道したくないんじゃない? だったら先に北澤と相談して、店の具体的なコンセプトとか決めていかないと。もしイタリアンで行くんなら、うちの店で一年も修行する必要なくなるわけだし」

 口が滑った。

 斉藤くんがぱっとこっちを見た、と思うとみるみるその目に涙が溢れる。

「ごめん、今のは俺の言い方が悪かった」

 至近距離で泣かれるとさすがに動揺する。

 小さな動物を意図せず苛めてしまったみたいな罪悪感。

 斉藤くんが黙ったまま、瞬きをしたり斜め上を見上げたりしながら涙を止めようとしているのを見るうち、俺は変な意味じゃなくただ慰めようとして、その肩を抱いた。

 そうしたら、斉藤くんはソファの上で半身をひねってほとんど俺にしがみつくみたいになって俺の肩に顔を埋めて、本格的に嗚咽しながら泣き始めた。

 これは予想してなかった。

 その体勢で、泣かれてる側がするべきことはひとつのように思えた。

 だから俺は、斉藤くんの頭に手のひらを乗せた。

 もちろんそういう時に限って、絶妙なタイミングで北澤が入ってくるのは解りきってることなのに。

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