第2話 Epilogue2.(北澤×斉藤)

 俺はまだ冬にしか斉藤くんを見たことがないから、夏に斉藤くんがどういう感じになるのか想像ができない。昨夜のワインバーで待ってる、とテキストメッセージを送っておいたら、斉藤くんは走って、息を切らせて店内に飛び込んできた。膝上丈のシンプルな黒のチェスターコートと斜め掛けにした大きめのショルダーバッグ、そして深い赤の、ちょうど飲み頃のボルドーワインの色をしたマフラーを、顎が隠れるくらいぐるぐるに巻いている。

 そのマフラーぎりぎりのところに斉藤くんの口元が見えていて、走ってきたせいで軽く息の上がってるその顔を見た瞬間、喉の奥から変な声が出た。

「北澤さん! 遅くなりました」

 思わず、いや今来たとこ、と血迷ったことを言いそうになったが(俺が一時間は先に来て待ってたことは斉藤くんも知っている)、幸いと言うべきか、息が詰まって何も言えなかった。

 そういう斉藤くんの、やばい感じ。

 荷物も下ろさず隣のスツールに、ちょっと飛び乗るみたいに弾みをつけて座って、それからおもむろにぐるぐるのマフラーを外し始める。マフラーをきっちり畳んで足元のカゴに入れると今度は首を傾けてショルダーバッグを外して同じカゴにどさっと入れて、座ったまま器用にコートを脱ぐとそれは店員が、こちらにお掛けします、と受け取って壁際のハンガーに掛けた。

 待たせちゃってすみません、と斉藤くんは言った。キッチンで俺が告白した時の違和感だらけの反応は跡形もなく、目許があり得ないくらいキラキラしている。

「北澤さんに言われてシェフたちを呼びに行ったとき、シェフから聞きました」

 ああ、離婚成立のことか。

「それで、北澤さんって、他に誰かいますか」

 真顔で見つめられる。他に誰か。他に誰かって何だ。けど上目遣いでなく顔を上げてまっすぐ見つめてくる斉藤くんの目から、ものすごい感情が伝わってくる。甘さと不安。期待。幸福感。ただ単に見つめることの歓びすら、だだ漏れ。

 やっと気づいた。

 、と言った時、斉藤くんは下を向いていた。あの時、斉藤くんは嬉しいのを隠そうとしていたのか。声が低めだったのも笑いが滲むのを抑えていたせいで、俺に好きだと言われてただ嬉しかったわけなのか。つまり斉藤くんが感情を隠そうとすると、ああいう感じにこじれるのか。

「誰もいないなら、僕で良ければ、付き合ってもらえますか?」

 カウンターの下で触れると、斉藤くんの手はやっぱり冷たかった。

 もちろんいいよ、と俺は答えた。そもそも俺から言ってるし、と。そしたら斉藤くんが少しだけ悪戯っぽい顔になって、今日このまま泊まりに行ってもいいですか、と言った。

 

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