【実録……ではない】DJが間違えて『蛍の光』を流してフロアを凍結させたけど、無理やりEDMにして伝説になった夜

とらいぽっど

第1話 深夜4時のクラブでお通夜が始まりました(原因:DJの指滑りで【蛍の光】を流した)

HOTARU NO HIKARI feat. DJ KENTO


――それデンジャラスナイトは、史上最悪の誤クリックから始まった。


金曜の深夜、渋谷のクラブ「VOID」は最高潮に達していた。 DJ KENTOのブースから放たれるベースが床を揺らし、三百人のフロアが一つの生き物のように脈打つ。



「さあ、ラストスパートだ!」


 KENTOは手を高く上げた。次の曲への繋ぎ、ここで一気に畳み掛ける。指がコントローラーを滑る。



 クリック。


 瞬間、フロアに流れたのは――。


「蛍の光、窓の雪……」


 時が止まった。 爆音のEDMトラックから突然流れ出した、卒業式の定番曲。 KENTOの脳内が真っ白になる。隣の曲だった。プレイリストで、真横の。



フロアの熱狂が、文字通り凍りつく。 誰かの「えっ……?」という声が聞こえた。踊っていた人々が動きを止め、困惑した顔で見上げてくる。 完全なお通夜モード。KENTOの手が震える。次の曲を、次の曲を出さないと――。



「Yo yo yo! What the hell is this!?」



突然、フロアの中央から声が上がった。 客の一人、黒いキャップを被った男がマイクスタンドに歩み寄る。 スタッフが止めようとするが、男はそれを制してマイクを掴んだ。



「DJ KENTO、お前マジかよ! What a terrible choice! ここはクラブだぜ、卒業式じゃねえ!」 「蛍の光? Nah man、これは最悪のjoke! フロア凍らせてどうすんだよ you broke!」




観客から笑いが漏れる。 KENTOの顔が青ざめた。最悪だ。ミスをさらに晒し者にされている。 男は堀内大河 a.k.a. TAIGAというラッパーらしい。たまたま客として来ていたのか、容赦なくディスを続ける。


「でもよ――wait a minute...」


TAIGAの声のトーンが変わった。


「これ、逆に面白くねえか? 蛍の光でこのフロア燃やせねえか? 誰もやったことねえ crazy なチャレンジ!」 「DJ KENTO、お前ならできるだろ? 見せてみろよ、お前の本当のskill! この最悪を最高に変えてみせろ!」


その瞬間、スピーカーから「ンツ、ンツ、ンツ」というビートボックスの音が割り込んできた。 DJブースの反対側、もう一人の客が勝手にマイクをオンにしていた。 黒いパーカーの男。胸のネームタグには「ZEN」とある。ススキノの「冷たい音」を持つビートボクサー。渋谷に来ていたとは。


「蛍の光、窓の雪――」


ZENが歌詞を拾い、そこに独特のビートを重ねる。


「ンツ、タカタカ、ンツ!」


TAIGAがニヤリと笑った。


「That's it! 蛍の光でぶち上がろうぜ! 終わりの歌? Nah、始まりの合図! 帰る時間? まだ早い、朝まで騒ごう!」


即興のラップがフロアに響く。何人かが笑い始めた。 雰囲気が変わり始める。KENTOは二人の言葉を聞きながら、震える指でコントローラーに向かった。 そうだ。これをチャンスに変えるんだ。



彼はトラックライブラリを高速でスクロール。BPMをチェックし、EQを調整する。



そして――ドン、ドン、ドン、ドン。



重低音のキックが「蛍の光」のメロディーの下に滑り込んだ。 ZENのビートボックスと完璧に同期する。



「Nice, DJ!」



TAIGAが叫ぶ。 KENTOは冷静さを取り戻していた。指がコンソールを舞う。 サンプラーから「蛍の光」のメロディーを抽出し、ピッチを上げ、リバーブを深くかけ、そこにハウスのシンセラインを重ねていく。



卒業式の厳かなメロディーが、徐々にクラブミュージックへと変貌していく。 フロアが再び動き始めた。TAIGAのラップが加速する。



「別れの歌が、reunion song! 蛍の光が、neon light! 終わりなんてない、ずっと続くnight! DJ、お前すげえよ this is so right!」



ZENのビートボックスが複雑化し、KENTOのトラックと絡み合う。 三人の即興セッションが一つになった瞬間、フロアが爆発した。



「WHOOOOOOOOOOO!!!!!」



歓声が上がる。 さっきまでの凍てついていたフロアが一変し、人々が飛び跳ね始めた。 「蛍の光」の馴染み深いメロディーが、逆に記憶に残る異様な高揚感を生み出す。



KENTOは思わず笑った。最悪の事故が、最高の瞬間に変わった。 曲が最高潮に達した時、KENTOはフィルターを全開にし、ZENとTAIGAに合図を送った。



三人が同時に動きを止める。一瞬の沈黙。



そして――全員で「蛍の光」のサビを歌い上げた。 三百人の大合唱。クラブで、朝の四時に、EDMにのせて。



HOTARUHIKARIMADOYUKI!」



赤の他人だった三人が、音楽だけで一つになる。 KENTOは『人生で最高のミス』をしたと確信した。



翌週「VOID」のSNSには「#蛍の光EDM」のハッシュタグが溢れ、あの夜にいた人々が「伝説の夜」について語り合っていた。 そして数日後、偶然同じバーで再会した三人は、初めてまともに言葉を交わした。



「あの夜はマジでヤバかったな」



TAIGAがテキーラショットのグラスを差し出す。



「最初はディスってゴメンな」



KENTOはそれを一気に飲み干すと、笑いながら空いたグラスをカウンターに置いた。 ZENは手にしたクライナーの瓶を軽く持ち上げて応じる。



「いや、あれがなきゃ動けんかったわ」



三人は笑った。名前も知らなかった赤の他人が、一瞬の音楽で仲間になった夜。



「次は『3月9日』でやるか?」 「俺の世代だと『卒業写真』だぜ」 「マジかよ、そこは『贈る言葉』じゃね?」



「んじゃあ次は――」



三人が同時に顔を見合わせ、声を揃えた。



「『仰げば尊し』でやるか?」



ようこそ狂乱クレイジー深夜営業オールナイト

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