未来はダイス任せな悪役令嬢

とうもろこし

第1話~とりまお茶を飲ませていただく


目覚めると、あたしは真っ白な空間にいた。まるで豆腐みたいに四角い場所だ。影もなく、どこまでが壁か分からないから、正確には四角いとも言えない。


真ん中と思われる所には木製のおしゃれな丸テーブルに向かい合う椅子。テーブルの上にはなにやら高そうなティーポットと、暖かそうな紅茶が置いてある。


『ねいろ』


声が聞こえ、ふとそちらの方向に目を向ける。


『やぁ、やっと来たんだね』


誰だろうか、顔がない。目も鼻も口もなく、そこには僅かな凹凸も存在していなかった。まるで球体のように滑らかだ。


「え、誰?」


『やっとのことで君をこちらに連れてきたのに、随分冷たいなぁ』


あたしのことを知っているかの様な口ぶりで、悲しむようなポーズをしているのっぺらぼう。"やっとのこと"?


「ここに来るまでのこと、何も思い出せないんだけど。あんた何か知ってる?」


『知っているさ。でも、それを教えるべきではない』


さっきまでふざけた様子だったのに、急に落ち着いて話し始めた。しかし声が揺らいでいる。


ピアノの端から端までを往復していて、声にザラザラした膜が貼っているようだ。


明らかに人間ではないオーラを纏っている目の前の物体が、教えるべきでないと言っている。これ以上聞いて、なにかされても嫌だし黙っておこう。


『............君がここに来るまでの記憶、何もないかい?』


「ない。.........ん?いや、真っ暗な空間をひたすら歩いてた気がする」


こことは真逆の真っ黒な場所。前に進んでも、曲がってみても、どこにも辿り着けなかった。


『それ以外は思い出せない、か...............。ねぇ、3÷6は?』


急になんだろうか。そんな小学校2、3年くらいの問題を出して。


「2分の1」


『家族、友達、先生、思い出はすっかり消え去っているのに、知識は残っているんだね』


たしかに、言われてみればそうだ。読んだ本の内容、勉強した事、好きな飲み物や食べ物は覚えている。


でも、育ててくれた母や父も親戚も何もかも記憶にない。そもそもいたのかもよく分からない。


思い出そうとしても、ふっとその事が散ってしまう。集中できない時の勉強のように。


「っあ!!読んでた小説あったのになぁ。もう読めなくなっちゃったかぁ。」


『よく愛読していた、異世界転生ものの事だね』


そんなことまで知っているとは、のっぺらぼう......恐るべし。


あたしが読んでいたのは、転生して、恋愛して、誰かを助けて、みんなの人気者になるヒロインの物語。


『あぁいう本の主人公、いわゆるヒロインってさ。どんな力を持っていると思う?』


.....................え?ヒロインはヒロインだからヒロインな訳で、ヒロインだから魔法が使えたり、聖女だったり、稀代の天才だったり、王女様だったり。


それを統括してなんと呼ぶか...............


「才能...............とか?」


『あはっ、それもいいね。けど、その才能をどうやって手に入れたのか。それは運さ。ようはとんでもない豪運の持ち主ってこと』


うっ、確かに選ばれし者であるのも、何故かと言うと運だ。努力して成れるものではない。


「それは分かったけど、なんであたしにそんな話をするのか、教えてくれない?」


『単刀直入に言うが、ワタシは運が嫌いだ。なぜ自分の実力で勝ち取らないのか……………なぜ大事な場面を運任せにするのか、なぜ運なのに神に祈るのか……!なぜワタシのところへ運という名の願いが大量に届くのか!!!!!』


熱く語りだしたのっぺらぼうは止まらない。


『神に任せてみたり、実力のうちだと言ってみたり。人間の考えることはさっぱりだ。………………脱線してしまったね、話を戻そうか』


つまりは、沢山願い事が届いて面倒くさくてイライラしているということだ。


というか、喉が乾いてきた。そこに美味しそ~~うな紅茶があるのに。何分経っても覚める気配がない紅茶があるのに!!飲んで~と言わんばかりの紅茶が!!


「で、なんかしらあたしにして欲しいからそんなべらべら喋ってるんでしょ?」


『話が早い子は嫌いじゃないよ。そんなワタシは運を好きになろうと思っていてね。神が好きなものといえば、面白さだ。何事も面白くないと興味が湧かないし、面倒くさくなる』


の・ど・が・か・わ・い・た!


ていうかさらっと言ったけど、この人神なんだ。今つっかかったらちょっと怖そうだしながそ。


『そこで君さ!!!詳しくはまだ言えないけど、君はワタシの実験にぴったりの人生だったんだよ。運が面白いものか、確かめる実験のね』


さっきから、1人で楽しそうに立ち上がって話しているのっぺらぼう。一方あたしはここに来た時の位置で棒立ち。せめて座らせてくれてもいいだろうに。


だいぶここに慣れてきたせいか無性に腹が立ち、ついにキレる。


「そんなの一旦どーでもいいから座らせてくんない?喉渇いてるし、そんな気遣いもできない神だなんて、信じられな~い」


息を飲む音だけが、この白い空間に漂っていた。

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