世界一の農民、領地レベル=戦闘力の世界で無双する

悠・A・ロッサ @GN契約作家

第1話 農民ゲームで世界一の俺が兄に笑われた夜、異世界に行く話

「お前、農民ゲームで世界一なの? 笑える」


 兄の低い笑い声が、静まり返った部屋に落ちた。

 夜勤明けの身体はもう限界で、俺はソファに倒れ込んだまま動けなかった。

 介護の仕事は地味で、重くて、報われないことも多い。

 けれど──患者さんの「ありがとう」ひとつで、なんとか続けている。


 横になった視界の端で、兄が俺を見下ろしていた。

「……いきなり笑うなよ、烈士」


「いやだって。農民の世界一って響きが、な?」


 桐生きりゅう烈士れっし──俺の兄は、昔から感情が平坦だ。笑う時さえ声を出さず、ただ冷たい目で薄く口角を上げるだけ。


「Shooterって……お前のIDだよな?」


「そう、柊人しゅうとだから……Shooter」


「ふん」


 兄はスマホ画面を俺の目の前で止めた。

 FPS、一人称視点の銃撃戦で有名なゲームの全国ランキングだ。


《日本ランキング13位》


「俺はこっちで13位。走って撃って殺す、反射神経ゲーな」


「……知ってるよ」


 FPSの勝敗は、エイム──狙った場所に正確に弾を当てる技術と、反応速度がすべてだ。


(兄貴は、こういう強さの世界で結果を出す男だ)


 画面の中で敵を撃ち抜いて、派手に勝って、誰から見ても分かりやすい「すげぇ」を取ってくる。

 俺とはまるで違う種類の強さ。


 でも──胸の奥が、そこで一度だけ強く疼いた。


(……俺だって)


 夜勤終わりでクタクタの体をソファに沈めながら、少しずつ畑を最適化していった夜。

 バグで村が全滅して、泣きたくなりながら一からやり直した日。

 ようやく世界ランク一位を取った瞬間。

 誰にも言えなかったけど、あのとき本気で手が震えるほど嬉しかった。


(七年間だ。

 七年間、俺のあの村だけは世界一でい続けた)


 誰も知らない。

 誰も褒めてくれなかった。

 でも──それは間違いなく、俺の誇りだった。


 その全部を、兄のたった一言が軽く踏みにじる。


「で、お前は……農民ゲーム。世界一位」


 兄はまた薄く笑った。


「まぁ、すげぇよ。すげぇけど、農民ね」


 農民ね、の二文字が刺さった。


(……兄貴の前に立つと、いつも自分が薄っぺらくなる)


 胸の奥がチリ、と痛んだ。

 怒りとも悔しさとも違う、もっと深くてじくじくする痛み。


(七年間一位でも、兄貴には届かないのかよ)


 喉の奥が少し熱くなる。

 それでも、声は出す。


「……農民で、何が悪いんだよ」


 言い返した瞬間だった。


 スマホ画面が──

 ぐにゃり、と外側へ膨らんだ。


「……は?」


 文字が滲み、光が噴き出し、

 触れていた指ごと視界が──白く溶けた。


***


 落ちるような感覚のあと、俺は知らない大地に立っていた。


「…………は?」


 乾いた風。

 色の抜けた空。

砂みたいに脆い大地。


(……これ、どっかで──)


 目の前の地形。

 畑の位置、家の並び、木の本数。


(俺が七年やってた『グロウ・ワールド』の初期村……?)


 そのタイミングで、頭の内側に声が響いた。


《桐生柊人。あなたは領主シュウ=ウィンタースローンとして召喚されました》

《領地:黒霧村(レベル1)》

《ステータス・システムを起動します》


「は? 領主? 俺、領主? いやいやいや待て……」


 テンションが意味不明なまま上昇する。


(異世界転移? いや転移じゃなくて……転生?

 っていうか領地? 俺の村? え、マジで……?)


 半分は興奮。

 でも、もう半分は戸惑いだった。


(……本気で転生なんて望んでない。介護の仕事も放りだしたくないし)

(でも……もしこれが本当にグロウ・ワールドの実写版なら……)


 この瞬間、胸の奥で何かが静かに点火した。


(俺、七年間……このゲームの農民で世界一なんだよな)


 そのとき、背後からしゃがれ声。


「おい、新入り。何しに来た」


 振り向くと、痩せた老人がいた。

 目の下の隈が深く、背中は曲がり、服はボロボロ。


「あの……ここって黒霧村で、領主って俺……ですか?」


 老人は一瞬、俺が頭でも打ったのかという顔をした。


「……そうだよ。おめでとうさん。あんたで三代目だ」


「三代目って……初代と二代目は?」


「初代は死んだ。二代目は逃げた」


「…………」


 めちゃくちゃ不穏なんだが。


「領主館ってどこに?」


「そこだよ」


 老人が指差した建物は──


 壁が半分抜け、屋根は穴だらけの、ただの廃屋だった。


「いや、物置では?」


「領主館だよ」


「…………領主館……?」


(終わってる……!)


 胃がキュッと痛んだ。

 が、同時にゲーム脳がむくりと起き上がる。


(初期村の廃れ具合、ゲームよりひどいけど……

 まずは畑の状態確認だよな)


「と、土地見てもいいですか」


「勝手にしろ。どうせ何も育たん」


 その捨て台詞が、逆にNPCっぽくて少し安心した。


***


 枯れた畑にしゃがみ、土を掬う。


 死んだ土。

 砂のようにパラパラ崩れる。


 だが、その瞬間──

 視界に淡いゲームUIのような表示が重なった。


《地形:標高差+1.8 土壌:水分0.7% 地下水脈:北側に偏在》

《作物適性:根菜類(微)》


(……マジか。システムが現実にオーバーレイされて見える)


 七年間、画面越しに数字を追い続けた。

 土の色、湿度、日照、村人AIの動き……全部見てきた。


(ここ。色が違う。水脈……ここだ)


「クワ借ります!」


「好きにしな」


 俺はクワを受け取ると、一秒の迷いもなく動いた。


 一鍬。

 二鍬。


 重い。想像の五倍重い。

 腕が焼けるように痛い。


 でも──


(気持ちいい……!)


 ゲームで見てきた最適解を、今、自分の手で実行している。

 その事実だけで、胸の奥が爆発しそうだった。


 三十分後。


 ──穴の底から、じわりと水が滲んだ。


「……っ!?」


 老人が悲鳴のような声をあげる。


「な、何年掘っても水なんて出なかったのに……!」


 枯れていた土が、ゆっくり濃い色を取り戻していく。


《地下水脈発見! 全畑水分供給+180%》


(よっしゃああああ!!)


 手が震えた。

 汗が滝のように流れても止まらない。


(もっとだ。もっと最適化できる。

 俺の持ってる全部、ぶち込むぞ)


 一時間後。


《畑レベル1 → 4》


 二時間後。


《村人幸福度 8 → 42 希望の兆し》


 夕陽が沈む頃、畑は緑に変わり、芽が並び始めた。


《黒霧村 総合レベル1 → 9 ※1日での歴代最高記録!》


(……通じる。俺のやり方、この世界でも通じる!!!)


 拳を握りしめた、その瞬間。


 村の外側の空が、ぼんやり赤く揺らめいた。


「……ん? なんだあれ。夕焼け……でもないよな?」


 遠くの地平線の端が、じわりと赤く染まっている。

 最初は陽光の反射かと思った。


 けれど、その赤は──

 ゆっくりと、確実にこちらへ迫ってきていた。


 まだ俺は知らなかった。


 あれが「領主狩り」と呼ばれ、

 新人領主を真っ先に喰い潰す討伐部隊だということを。


***


楽しんで頂ければ★など頂ければうれしいです。

https://kakuyomu.jp/works/822139842062326063


ピッコマ投稿予定のため、率直な感想を頂けると大変助かります。


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