第2話 もしかしたら凶人かもしれないが
(本当、最悪だ。)
元々そのつもりだったんだろう。あれよあれよと準備は進み、タルガより共同任務だと告げられて早3日で荷物が纏められ、教師として必要な衣服や備品の類が揃えられた。
不幸な事に、幾ら魔王と言えども元の法律を曲げる訳にはいかない。タルガと、そして元はと言えばタルガに教員任務を命じた王家やからの通達でディルニアは急遽教員試験を受ける事になった。
任務内容がタルガからディルニアに伝えられて1日、そして試験を受けたのがその次の日、その翌日の朝に試験の合格が正式に発表され、即時必要書類や賞状の下賜された。
無論、前代未聞である。
「……最早ただの暴力だろ。」
「まぁ、魔王なんてどいつもそうだろ。」
「殴るぞ、ガル。」
「是非とも数秒前の自分の言葉を思い出してくれ?」
ディルニアへの教員免許に関するあらゆる物が送られた後、ディルニアが一発合格する事を疑っていないタルガによって今回任務に向かう魔導王国リズヴェールズの最高学府、ウィスタリアへ行く準備が既に殆ど整えられてしまっていた。そこへの雇用契約書の類も代理で締結されてしまったらしく、ディルニアの機嫌はすこぶる悪い。
そんなディルニアの隣で、ディルニアとタルガを律儀にも見送りに来たのが≪悪魔の魔王≫ガルデルハルド・ダーレンディルドだ。
ディルニアからすれば腹が立つ程に高身長で、無駄に整った顔で、かつ均された黒髪と隻眼はこういう時にディルニアの不機嫌を無意識に煽り易い。だが、それでもガルデルハルドは律儀な男だ。ディルニアの八つ当たりを気にした様子もない。
「行こうか、ディル。」
「ガル、道中の馬車の中でこいつを殴り殺したいんだが。」
「まぁ、俺の知らん所で何が起きようとどうでも良いけど……。まぁでも、俺も時々は愚痴を聞いてやるからさ。職場が向こうってだけで、休みの日や夜はこっちに帰ってくるんだろ?」
「当たり前だ。1日に2時間は自室で研究か解析をしてないとストレスで死ぬ。」
「じゃあ、夕食は皆で食べようぜ。他の魔王には俺から声掛けとくからさ。」
「……酒とあっさりした料理が良い。」
「おう、伝えとく。あ、そうだ。ディル、これやるよ。」
「……?」
「クッキー。この前一緒に作った炎と風専用の制御術式で焼いてみたんだよ。ディルが好きなリキュールも幾つか入ってるし、これぐらいならディルも酔わないだろうから煙管代わりに嗜んどけ。帰ってきたら俺と一緒にヤニ吸いながら愚痴聞かせてくれよ。」
「……ん。」
ガルデルハルドがディルニアを庇わない時点で、これには何かしらの裏話がディルニア以外の魔王達で済んでしまっているのだろう。それが分かっているディルニアは、然程大きく抵抗や悪足掻きは行わない。
せめてもの意表返しに馬車の前でディルニアに手を差し出すタルガに応じず、1人すたすたと馬車へ乗るディルニア。元より飛行魔法をよく使っているのもあって乗り物酔いし易い為、しっかりとディルニアにとって都合の良い位置に腰を下ろしてそっぽを向く。
(今更貴族の真似事も大概にしろ。)
「手厳しいね。」
「……タルガ。」
「うん、分かってる。1人にはしない。」
「あいつは人と関わるだけでも、もっと言うなら俺達と話をするだけでもメンタルに来るぐらいには人が嫌いなんだからな。」
「うん、ちゃんと胸に刻んでる。」
「……なら良いけど。」
(聴こえてるっての。)
ガルデルハルドと挨拶を済ませたタルガが馬車に乗ろうと、ディルニアがそれに反応する事はない。不機嫌そうに溜息のような唸り声を小さく零すだけで、それ以上は反応しない。
タルガもディルニアのその反応が予想通りで、かつ許容範囲なのもあって何も言いはしない。
やがて2人の間で1つも会話も行われないままに馬車が動き出して数分後、タルガが傍に置いておいたトランクを徐に開き、中から取り出した資料を徐に拡げる。
「じゃあ、今回の任務の内容を説明して良い?」
「そういうのは私が教員資格獲得試験を受ける前に説明しろ。」
「うん、僕としてもそうしたかったんだけどこれは僕が決めた事じゃなくてさ。しかも、お偉いさんの要求だから断る事が出来なくて。」
「お偉いさん……? 貴族か? もしそうなら今からカチコミに行くからとっとと家名を言え。」
「リズヴェールズ家。」
(リズヴェールズ家。)
「……え、王家?」
「うん、王家。で、カチコミに行くの?」
「…………前言撤回する。」
「良かった、安心したよ。僕達魔王から国家反逆者が出ちゃうんじゃないかって怖かったからさ。」
「……で?それでも変なんだが。そもそもうちの王族様は……驚く程に利口で、相手を尊重し、そして何より平和的かつ善良的だろう。何でそんな彼らが、私に強要を?」
「1つ正しておくけど、王家からは“お願い”されたんだ。強要する事にしたのは君以外の魔王が君抜きで会議を行い、それで決定したから。」
「良し、夜になったらお前ら全員1発ずつ殴る。」
「そんな事言って殴れない癖にぃ。」
ここが馬車と言う狭小な場所である事。そして、このまま途中で説明を辞められると困る事を念頭に置いたとしても、我慢が利かなかったのだろう。
これまで言葉だけだったディルニアはしばしの沈黙を挟む。
普段であれば直ぐにでも反論してくるディルニアが押し黙った事が気がかりだったらしいタルガが軽く首を傾げ、直ぐ様その泣き弁慶を蹴り飛ばす。
「っ……!!」
「話を続けろ。」
「ほんっと容赦ないね……!」
「……。」
「わ、分かった。分かったから次は用意しなくて良い!」
「ならさっさと話せ。」
「もう……。陛下のお話によると、ここ最近の魔導王国リズヴェールズの教育水準が落下傾向にあるんだってさ。それで、試験的にウィスタリアで魔王が直接教鞭を執ったら何処まで変わるのかを見たいんだって。」
よりにもよって、今回の計画は国王が用意したらしい。ともなればこれは最早実験なんて生易しい物ではなく、一種の今後は国家戦略として組み込まれるかもしれない検証になる。
それが分かっているからこそ、余計にディルニアは馬車の座席に沈んでその表情を不快に歪む。元より王家が発案した時点で拒否権などないのだが、国王がその発言者ともなればよりその言葉と事の重みは暑くなってしまうからだ。
「……いや、だったら最高学府じゃなくて中層でやれよ。端から賢い奴でやっても検証結果が偏るだろうが。」
「それを君よりも遥かに教育に精通してる僕が指摘しないとでも? ……はぁ。これは、君への配慮だよ。」
「私への……?」
「確かに、ウィスタリア……ウィスタリア学園は魔導王国リズヴェールズの最高学府だ。生徒は貴族を8割、平民を2割で多少階級的な意味での衝突は生徒間でよくあるけど講師はまともな人ばっかりだし、当然ながら少しでも問題を起こせばどれだけウィスタリア学園に貢献したとしても即座に王家へ連絡を飛ばす義務がある。」
「……いや、何処に配慮があんだよ。」
「生徒もそれなりにリテラシーは高いし、マナーも講師達が特に強化してるから余程問題児でなければずかずか土足で僕達の事情や期限付きの講師になる理由を根掘り葉掘り聞いてきたりもしない。何より、今回君は厳密には講師じゃない。」
「……………………は。講師じゃない?」
「そう、講師じゃない。講師は僕。君は僕の補佐をしつつ、普段の授業光景や学徒達の生活の様子を観察して報告書を書いたり。後は講師達の怪しい動きがないかとか、ウィスタリア学園その物に探りを入れる役目だ。……まぁ、たまには学徒達に対して話をしてもらう機会はあるけど、それでも僕よりも多くなる事はないし、学徒はともかく講師の誰かが君や僕に何かこの任務を害したり。又は個人の侵害、そして勿論王家への過干渉。僕や君を含んだ魔王への過干渉を行った際には君のお得意な報復を容認されてる。勿論、殺さない程度にね。」
「トラウマを刻み込む事、社会的地位を壊滅させる事、醜態を国中に触れ回す事は。」
「侵害規模にもよるけど、場合によってはそれも容認される。そして、その判断基準は僕に委任されてる。……けど、ディル。」
「おう。」
「如何なる誹謗中傷と王家への敵意や害意はねじ伏せて良い。ただ、基本的には攻撃魔法を使わない事。もし使うとすれば、相手が1発撃ってきた後だけ。」
「撃たせるように誘導するのは?」
「少し煽られた程度で嵌まる低能に配慮してやる程、僕達が優しくなる必要はない。」
「それが聞けて安心した。」
≪勉学の魔王≫タルガ・ハーベント。非常に綺麗な名前でかつ魔法使いと言うよりも学者的な空気を見せる彼だが、その勉学は。その教育と言う言葉は断じて学校などの平和的な内容には限定されない。
何せ、タルガは元々魔導近衛隊と言う王家を守護する親衛隊の団長を務めていた。それ故に拷問や兵士の教育などでその“勉学”と言う意義の広い言葉を自在にしていた黒い歴史がある。
何もぶっ飛んでいるのはディルニアに限らず、また魔王である時点で普通の経歴など存在しないのだ。
「で、私は四六時中お前の後ろに居れば良いのか?」
「決して後ろである必要はないけど、傍には居てほしいかな。後、基本的に僕が教鞭を執るけど言いたい事があれば言って良いからね。」
「あるわけ」
「情報が古いとか、浅いとか。後は分かりにくいとか、学徒達のレベルに合ってないとか。」
「……それはお前の腕の見せ所じゃないのか。」
「え、嬉しい。そんなに僕の事買ってくれるの?」
「別にお前を買ってる訳じゃない。私は、お前のその二つ名に敬意を示しているだけだ。“勉学の”魔王なんだろ? なら学ばせるだけでなく学ぶ側もそれ相応で居てくれなければ勉学と言う言葉に土下座してもらう。」
「……ふふ、これは……まずいな。ちょっと燃えてきたかも。」
「そーかい、そのまま燃え尽きないでくれる事を願うさ。」
「悔しい事に、師にしたい程に尊敬する後輩の君からの理想に応えられるよう、全力を賭すよ。」
「お前みたいな狂人を誰が弟子なんかにするか。妄言も大概にしろ。」
この場に他の魔王が居れば誰もが突っ込んだだろう。――お前以上の狂人は居ない、と。
『報復の魔王は教壇に立たない ― 解析魔王ディルニアの例外的義務 ―』 夜櫻 雅織 @guitarandcat
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