ウォーガット領のイルリットと茶髪のリット

佐木間 雅

第1話 卒業式出席の交渉

 転生者の私が男子高校生として三年間通ってきたミウラール王国。王都オウダーに在る王立高等部総合学校。

 ミウラール王立高等学校。

 王城の真北の立地。


 王都の中心部の立地故魔物の襲来はほぼ無い。

 王都を囲むように二重の城壁が取り囲んでいる事が大きな要因でもある。

 周辺に出れば居るには居るが、近場故に冒険者達の格好の餌食になる。

 これが王都から少し離れたり、隣接する四か国の国境付近にまで行けば話しは大きく変わって来る。


 この学校は貴族の子弟が通う学校で、次世代の国を担う子供らを育成する学校。

 この世界には妖精の力が存在する。所謂魔法。

 前世でアニメなどで見聞きしていた、魔力が体に循環しているのでは無く、妖精を体に取り込みその恩恵を借りて魔法を行使する。

 それを熟知して発動させる教育を受けるのがこの学校。

 剣術。柔術。魔法。そして一般教育迄を習う。

 魔法が行使できない子供も多く存在するが、一般教養からダンスを含めた貴族社会の勉強、妖精の力が発現した時の為の予備知識を習う。

 学校名に魔法が入っていないのはそう言った子らへの配慮らしい。


 日本の男子高校生だったが、気が付けばこの世界へ男児として転生して来て十八年。

 私が転生者だとは一人を除き、今尚誰も知らない。

 にも拘らず、父親も含めて周りからは決して望まれる事の無い出生だった。

 その父親も出生の確認と私の名前を告げ一瞬で部屋を出て行ったそうだ。

 そしてその名前も国民の上位十位にランクする程のありふれた名前だった。

 その後ほとんど会う事も無く、完全に避けられ無視を決め込まれた。

 だが母は違った。物心が付いた頃から勉強。剣術。体術。柔術。魔法に至るまでの基礎を叩きこんでくれた。

 何処に行くのも常に一緒で溺愛されていたと言っても過言では無かった。

 その母も八年前に病で他界した。

 母にも転生者であることを告げてはいないが後悔はしていない。

 母には『高等部までは耐えて必ず卒業しなさい』と遺言のように言われ、ようやく明日がその卒業式。


 明日が卒業式のため本来は卒業生は休校日となっている。

 しかし、私は個人的に校長に校長室へ呼び出され出校した。

 母が亡くなった直後に父直々に放り込まれた【隔離施設】と言う城内の二階建ての物置小屋からの出校。

 在校生すらまだ出校していない校舎の中。

 早朝の陽が廊下全体に差し込む静かな中、自身の濃い影を校舎に落としながら校長室へ向かって一人歩く。




 校長室の扉の前。

 (サーチ。二人だけですね)

 深呼吸をして、ノックを三回した。


 「イルリット・ファム・ミウラールです。

 御用が有ると連絡を受け、参りました」


 〚入れ〛


 部屋の中から面倒と言わんばかりの吐き捨てるような男性の声がした。

 (この声は校長先生ですね)

 「失礼いたします。おはようございます」


 執務机の椅子に座る校長は背後から差し込む朝の眩い光と髪の薄い頭皮で逆光になり顔は解からない。

 その校長の左横に立ってこちらを睨みつける雰囲気を醸し出している人生半ば過ぎの女性の教頭も全身の背後が眩しい。

 そもそも私は二人の顔を三年前の入学式以来見た事が無い。この世界の学校に朝礼と言う風習は存在しない。

 勿論名前は知っているが入学式当日に『呼ぶな』『穢れます』『『会いに来るな』』と言われている。

 部活動も各種存在するが危険人物として二人に一切の入部を許可されず、帰宅部になっている。

 小等部高学年時代から黒目黒髪と異常な強さで『異端児』や『化け物』と呼ばれてきた私だ。

 仕方ない。


 その校長が。


 「その入り口手前で止まりなさい。

 ソファテーブルからこちらには来ないように」


 「はい。

 ご用件を」


 「いやぁぁイルリット君。ようやく明日卒業してくれるね」


 「はい。大変お世話になりました」


 「父親であるピグダット・ファム・ミウラール国王陛下には大変申し訳ないが、本当によく私もお世話したと思っているよ。

 担当教師達も大変だったよ。うんうん。なぁ教頭先生」


 「はい。きのうも涙。今日も涙。明日を思うと涙の連続でございましたよ。

 本当によくも伝統と歴史と権威のあるこの学校を貶めてくれたものですよ」


 「申し訳ございません。妖精の術が使え無いばかりに諸先生様にご迷惑をお掛け致しました」


 「使えない子は居るのさ。沢山ね。貴族も例外じゃない。

 ただ、君が使う得体の知れない魔法が問題なんだよ。解っていないねぇ。

 まぁ座学で学んでいるから改めて言う必要はないとは思うが、歴史上妖精の力以外で魔法は使えない。存在しないんだ。その様な記録は何処の国にも残っていないんだよ。

 それをまぁ同レベル以上の効果と能力を発揮。転移に関しても念話にしても異常とも言えるレベルだ。

 しかも独自の鍛錬で習得したと言う剣術と体術。

 授業の一環での冒険者との模擬試合で最強と呼ばれるエスランクを一撃。国軍兵ですら凌駕するその強さ。

 驚愕では無く恐怖を覚えると同時にその黒目黒髪が乗じて畏怖の存在だ。

 正に異端児。化け物だよ君は」


 「その上、座学は既に大学部を卒業のレベル。ここの教師では物足らないようでしたからね」


 「いえ。そのような事は全く思っていません」


 「その鼻にかかったような甘く優しい口調が猫なで声に聞こえて、イラついてムカつくのよ。うっうん。謙遜も嫌味に聞こえますわ」


 「申し訳ございません」


 「で、確認だが大学部には進学しないんだね」


 「はい」


 「確定ですわよ。

 推薦状を書かないと大学部の偉い教授様方のわたくし達への心証も悪くなり、世間体もありましたから渋々書きましたが、あなたが必要ないと書いて寄こしたのですからね。

 推薦状の変更も致しませんよ」


 「はい」


 「何ですかその薄ら笑いの目は。誰かに書かされたのですか?」


 (えっ?笑みを浮かべる要素は有りませんでしたが?)

 「いえ。申し訳ございません。自分の意志です」


 「そうですよ。あくまでもあなたの意思ですからね」


 「本来君のような中等部、高等部を通して六年間首席の存在が妖精の力さえ行使できれば次期国王でも問題は無いのだが、こうもおかしな術を行使されては恐怖でしかない」


 「かなり周りの生徒たちから


 「友人が居なかっただけです」


 「あれだけ忌み嫌われていれば友人は出来ないでしょうね。

 教師からの問いかけ以外はわざと口を閉ざしていると聞いていますよ。

 それでコミュニケーションが取れると思っているのですか。

 暴力を伴う理不尽な事も有ったのでしょう」


 (話すなとか会話するなとか暴力は容認されていると生徒達が教頭先生の指示と言っていたのをご存じないのでしょうか?)

 「・・・はい」


 「何故逃げなかったのですか」


 「同じことの繰り返しになるだけですから」


 「その、大人びたさばさばした気性が気に入らないのよっ。

 やられっぱなしで一切の抵抗や反抗はせず、笑みすら浮かべて『僕は優しいんです』をアピール。

 怪我も何かで治し、黒目黒髪の気持ち悪さと相まって


 「教頭先生」


 「申し訳ございません。つい。

 お義兄様お二人は全校の光のような存在でしたから、そうなればあなたは闇なのかしら」


 「そう。かもしれません」


 「またぁ可愛げの無い。だから教師からもそっぽを向かれるのですよ。

 いい加減自分をさらけ出して文句を言ったり反抗したり楯突いたらどうなの。そうなれば少しは人間として認められるわよ。

 イラつくこの化け物が」


 (それをしていたら即刻退学処分だったのでしょうね。今この場でもそれを誘発させようと必死のようですが)


 「まぁまぁ教頭先生その辺で。

 それで大使の仕事は続けるのかね」


 「陛下の御心のみです」


 「続けるとなると、この国の将来が危ぶまれるねぇ。

 まぁ私達がどうのこうの言える立場には無いんだが、逆恨みで国を売るような事をしていないだろうね」


 「しておりませんっ」

 (危ない危ない、少々力んでしまいましたね。って、逆恨みって何でしょうか?)


 「まぁ恐ろしい。このまま続けると殺されそうですわ。

 校長先生、早く退学うっうん。退室させましょう」


 (何ですかそれ)


 「そうだね」


 「確認ですが、明日の卒業式には出席するつもりなのかしら?」


 「はい。亡くなった母との約束なので」


 「やはりかぁぁ。辞退する気は無いかね」


 (最初の問いかけは何だったのでしょうか?)

 「出席したいと思っています」


 「ミルカマイナ・マーガレット・シャウザー辺境伯とリーナス夫人がいらっしゃるのかしら」


 「いえ。何も聞いておりません。おじ様達とはここ五年ほどは音信不通です」

 (そう言えば母の姉であるリーナスおば様のご健勝は書類の確認だけでしたね)


 「校長。あのお二人には陛下も頭が上がりませんから」


 「そうだね。それにあまり強要して言いふらされては私達の品格が疑われる。

 もう一度確認するが辞退する気は無いかね」


 「ありません」


 「辞退をして欲しいのだがねぇ」


 「申し訳ございません。出席させてください」


 「いい加減諦めなさい。辞退をなさいっ」


 (えぇぇ?辞退を強要?教頭先生なんですかそれ)

 「校長先生。教頭先生お願いです。出席させてください」


 「教頭先生。お二方が出て来ては事だ」


 「しかし、校長先生」


 「お願いいたします」


 「今の会話は無かった事にしてくれるかね。で、あるなら認めよう」


 「わたくしの卒業式への出席。わたくしへの卒業証書の授与を。ですか?」


 「当然確認して来るわな


 (騙すつもりだったのですか?)


 「卒業証書を今ここで渡します。それで出席は諦めなさい」


 (あぁぁもうダメだ。このままでは私が持たない。しかたないですねぇ)

 「王立高等部及び王国法では本人が傷病で規定医師の診断書に出席は困難と記載。もしくは二親等以内の葬儀参列での出席辞退は認められています。

 ですが理由無き卒業式辞退での卒業証書の授与。受け渡しは認められていません。また、その卒業証書も無効となります。

 わたくしが辞退をしなければならない理由をはっきりと明確に国家条例に基づく書式で記載し校長先生と教頭先生のサインをしたため各方面に提出してください」


 「・・・」

 「そう言うな」


 「わたくしイルリット・ファム・ミウラールは明確にミウラール王立高等学校の明日の第百二十三回卒業証書授与式への出席を正式に自覚を持ってお願いしているのです。

 王国法とミウラール王立高等学校の卒業基準も満たしています。

 卒業基準を満たさない場合は半年前にその生徒に対し、その生徒の両親に対し通知がなされ、卒業基準を満たすための追加の試験等が実施されます。

 まさかわたくしには通達されず、ピグダット・ファム・ミウラール国王陛下にも通達されていなかった?これは由々しき事態ですよ。

 王立高等部の校長先生が一個人の生徒に対し


 「まぁ待て」


 「いいえ。はっきりさせていただきますよ。

 先程もわたくしを首席とお認めになっています。卒業式を辞退しろとまで仰っています。明確に卒業基準を満たしているとお認めです。

 何故、出席してはいけないのか。何故、卒業証書を授与されないのか。

 今から裁判所に提訴しますよ」


 「まぁ待てと言っている」


 「いえ校長先生。もしわたくしの言い分が間違っていると言うのであれば、ピグダット・ファム・ミウラール国王陛下もしくは後見人のミルカマイナ・マーガレット・シャウザー辺境伯。

 ミウラール王国王国法の番人の王城近衛兵公安騎士隊長マルージム・ムッキ・マッチョトース隊長に謁見の間に於いて各貴族を呼びつけ確認を取って頂いても構いません。

 第三王子であるわたくしにはその権限を有していますよ」


 「う うるさいですわね。わ 判っておりますわよ」


 「教頭先生はご存じでそう仰ったのですか?

 わたくしが。他の生徒が知らなければとんでもない事が起きていたではありませんか。これはなお由々しき事態ですよ。教育組織の根幹を揺るがす事態です。

 過去にその様な事例が無いか王国を挙げ公安委員を動員して調べていただく必要が出て来ました」


 「その様な事は一切ありません」


 「と言う事はわたくしイルリット・ファム・ミウラール第三王子で王位継承権第一位で宰相と同位の実権を持っていて、現在この学校の教育関連を除く、校長先生を凌ぐ最高権威の個人への攻撃で有れば目の前のお二人に対し退職勧告を発動する権利すら有しているのですよ」


 「そのような事を言う資格はこの時点では無いはずですよ」


 「王城近衛兵公安騎士隊長マルージム・ムッキ・マッチョトース隊長に来ていただきましょうか?

 卒業式列席準備中の各方面のお方もいらっしゃいます。大事おおごとになってこの校長室だけでは済まなくなりますよ」


 「脅す気ですか」


 「教頭先生がわたくしを脅しましたよね」


 「一体何を言っているのかしら」


 「しらばくれるのですか?」


 「ああ待てぇイルリット君。

 二人とも。そこまでだ。

 卒業式への出席は認める


 「校長先生。まだ騙す気ですか?確認しますよ。いったい何時の卒業式で何方の?ですか」


 「そうだわな。イルリット・ファム・ミウラール第三王子。の、ミウラール王立高等学校の明日の第百二十三回卒業証書授与式への出席を認め、正当な仕来りに則り正式な卒業証書を授与する。

 どうせ、覚書を求めるだろう。

 これでどうだ。ここまで取りに来て、何も言わず、何もせずに元の位置に戻りなさい」


 「はい。失礼します」

 (そんなに警戒しなくても何もしませんよ。今は)

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