第6話

第4章 藍(あい)


――雪


「完成したら、見せてよ」

あんなに軽い調子で言ったのに、自分の耳の奥でその言葉がずっとリフレップ

(反芻)している。

言われた芽衣子も何で?って顔していた。

そりゃそうだよな…

彼女と俺には接点らしい接点がないのだから。

はぁ…

体育館から部室へ戻る足取りは、いつになく重かった。


「雪さん、今日どうしたんすか?なんかボーっとしてません?」

後輩に茶化されて、「そうか?」と生返事で返す。


本当は、心臓がうるさかった。

廊下で目が合った瞬間、芽衣子の瞳が揺れたのを見た。

彼女が抱え込んでいたスケッチブック。その中に、俺の知らない彼女の「色」が詰まっている。

見せてほしいと言ったのは、本音だ。

でも、もしそこに描かれているのが俺じゃなかったら?

あるいは、俺に向けられた色が、ただの「クラスメイト」としての冷めた色だったら?

――怖いと思っている自分に、驚いた。


夜。暗い自室で、俺はベッドに寝転んでスマホを掲げる。

部屋の隅、カーテンの隙間から見える夜空は、深い藍色をしていた。

イヤホンを差し込み、いつもの配信を開く。


「こんばんは、作楪です。……あはは、今日のゲームも散々だね。でもさ、負けの中にしか見つからない宝物もあるんだよ」

作楪の笑い声が、藍色の闇に溶けていく。


俺は思わず、初めてチャット欄に文字を打ち込もうとして、指を止めた。

『気になる人が、何を考えているか知るのが怖い』

そんな女々しい言葉、俺らしくない。

誰にでも優しく、誰とでも上手くやってきたはずの「雪」じゃないみたいだ。


「藍色ってね、強くて深い色だけど、実は一番、光を欲しがっている色なんだよ」

作楪が、画面の向こうでふっと呟いた。


まるで俺の部屋の空気を見透かしたような言葉に、息が詰まる。


俺は、彼女に「優しい人」だと思われたいわけじゃない。

そんな立ち位置で終わりたくなかった。

あの日、消しゴムを届けたとき。

そして今日、廊下で名前を呼んだとき。

俺が欲しかったのは、彼女が他の誰にも見せない、スケッチブックに向けられた、あの真剣な眼差し。

俺だけを見つめてくれる瞬間だったんだ。


藍色の夜が静かに更けていく。


明日、教室で彼女に会ったら、俺はどんな顔をすればいい?

「見せてよ」なんて、あんなに踏み込んだことを言って。

彼女のスケッチブックに、俺が入る隙間は……本当にあるんだろうか。


俺はスマホを消して、ゆっくりと目を閉じた。

瞼の裏には、夕焼けの廊下で立ち尽くす、小さな彼女の背中が焼き付いて離れなかった。

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