第2章 王立士官学校②
「ごきげんよう。ヴィルヘルム王子、フォルラート候補生」
士官学校の校舎の片隅にある、普段ほとんど使われない中規模教場。その扉をくぐったヴィルヘルムとジークハルトを出迎えたのは、上品な身なりと品格を湛えた軍人、ヘルマン・フォン・シュトラウセン大佐であった。歴史ある名門シュトラウセン侯爵家の当主にして、貴族軍人の典型ともいえる人物だ。端正な容貌に中年とは思えない引き締まった体躯、清潔感のある立ち振る舞い、そして知的な落ち着きを兼ね備えている。
ヘルマンは戦史研究と戦争理論を専門とする理論派の軍人研究者で、士官学校では戦史と対外政治史を講じている。加えて、彼はヴィルヘルムの兵法・軍事思想の師でもあり、現場での実績、家格、学識のすべてを高水準で備えた、高級将校の中でも際立った存在――いわば“能力と血統を兼ね備えた超人”であった。ヴィルヘルムの推挙に応じ、宮廷幕僚および軍事顧問の地位を離れ、ジークハルトたちと同じ時期に士官学校へ赴任してきたのである。
彼はヴィルヘルムの要望に応え、『シュトラウセン志塾』と銘打った課外の私的講義と研究の場を設けていた。そこで彼は、正規授業では扱わない分野――戦史分析や戦争哲学を中心に、志ある士官候補生たちへ深い学問を惜しみなく教授していた。
その名声とヴィルヘルム王子の推挙という看板の効果も相まって、初回の志塾には教場に入りきらないほどの候補生が押し寄せ、盛況を極めた。しかし、半年以上が経過した現在、出席者は十数名に落ち着いている。その最大の理由はただひとつ――“シュトラウセン理論のあまりの難解さ”であった。
「諸君に問う。“戦争”とは何か」
ヘルマンがその問いを発したのは、志塾初回の講義であった。教場を埋め尽くす候補生たちがざわめく中、一人が余裕の笑みを浮かべて答える。
「国同士が軍隊を使って争うことです」
「違う。それは“何を用いて戦うか”という、手段や道具の話に過ぎない」
ヘルマンは即答で切り捨てた。
続いて、ためらいがちに手を上げた候補生が口を開く。
「……敵国を滅ぼしたり、領土や資源を奪うこと、でしょうか」
「それは戦争の“結果”だ。戦争そのものが何を目的としているのかが重要なのだ」
同じやり取りが何度か繰り返され、ついに挙手する者がいなくなった。講義を真剣に聞いていたジークハルトと教壇上のヘルマンの視線が交差する。
「フォルラート候補生。貴官は戦争の目的をどう考える?」
「……自分の都合を、相手に押し付けることだと思います」
途端に、教場のあちこちから小さなざわめきが生まれた。
“野蛮だ”“これだから戦場上がりは”――そんな陰口が漏れる。
「……どうしてそう考えた?」
しかしヘルマンは、先ほどまでとは異なり、その答えを即座に否定しなかった。根拠を求めるように問いを重ねる。
「戦場にいた頃から、ずっと思ってました。俺たちローゼンベルク軍が敵と戦ってるのは、正しいからとか、そんな立派な理由じゃない。ただ、自分たちの都合を相手に押し付けてるだけなんじゃないかって。それは敵も同じで、あいつらだって、向こうの都合で戦ってるだけなんだと思います」
「……フォルラート候補生、正解だ」
ヘルマンは、彫像のように整った表情をわずかに緩め、満足げに頷いた。
「諸君、戦争とは“相手に自らの意志を強制することを目的とした実力の行使”だ」
彼は黒板に方程式を書く。すなわち――
目的=相手に自らの意志を強要すること
手段=実力(軍事力)の行使
ヘルマンは続ける。
「つまり戦争とは、国家の利益・目的を達成するために、軍事力など国家の実力を用いて、相手国にそれを受け入れさせるまでの“政治的手段”である。暴力の衝突に見えるが、本質はあくまで目的達成のための手段に過ぎない。相手はこちらの意志を拒むために抵抗し、それを屈服させるには“抵抗力を無力化する”必要がある。そのために軍事力を行使するのだ」
また、国家の実力には、軍事力のみならず、広い意味で外交的圧力や経済的締め付けも含まれるとヘルマンは説いた。戦争とは政治手段の一部であり、軍事であれ外交であれ、相手の抵抗を無力化し意志を屈服させる力を持つ限り、同じ“政治的実力”として扱われるからだ。
「諸君が覚えておくべきは、我々が戦うのは獣じみた暴力衝動でも、個人的な名誉欲でもないということだ。王国の意志を相手に強制する――そのために戦うのだ。これを理解せねば、作戦立案も戦争指導も成立しない」
ヘルマンはさらに補足する。敵戦闘力を撃滅するのは「敵の戦闘継続能力を奪い、抵抗力を弱めるため」であり、領土を占領するのは「戦略的優位の確保と、そこにある資源によって敵の新たな抵抗力の発生を阻むため」である、と。
これらの理論は、ローゼンベルク王国軍にはほとんど存在してこなかった概念だった。建国以来、軍制改革や兵器開発、兵力の増強には熱心であったが、軍事思想や戦争哲学という“思考の背骨”を定義し深める人物は現れなかったのである。ヘルマンは著書『戦争の秩序』において、それを体系化していた。
しかし、候補生たちを含め、現役の軍人や官僚たちでさえ、その価値を測りかねていた。“それを知って何の役に立つのか”という疑念――実用性の乏しさと、理解への距離感。それが彼らの喉奥に刺さった小骨となっていた。多くは戦争の本質を理解しようとも、実際に戦争指導を行う立場にはなく、日々の任務と現場の勝利こそが仕事であった。
さらに理論家への風当たりは強かった。戦争理論は数学のように明快な答えを返してはくれない――社会科学に共通する普遍性・再現性の乏しさが、彼らを“机上の空論家”として一層軽視させることになったのである。
ヘルマン自身、軍人としても戦史研究家としても高く評価されていた。しかし、『戦争の秩序』が王国軍や世間に大きな影響を及ぼすことはなかった。それにも慣れていたヘルマンは、その理論を最も適用し得る題材を今日、すでに見出していた。
「では、候補生諸君。本日は、この理論を『ノッセル回廊会戦』に当てはめて分析してみよう」
ノッセル回廊会戦――それはローゼンベルク王国とカルノヴァ=ストリェッツ共和国の国境地帯に存在する、大陸公路が貫く要衝ノッセル回廊をめぐって行われた、一連の戦争および主要会戦の総称である。大陸歴1252年、国王フリードリヒ2世が共和国に宣戦布告したことで幕を開けた。
表向きの開戦理由はこうだ。
「王制を廃し、共和制などという危険思想を掲げたシャルル騎士王の遺児を排除しなければ、地域秩序が乱れる」
しかしこれは、軍上層部にとっては誰もが知る建前であった。実際には、フリードリヒ2世が続けた対外戦争の失敗を挽回し、突き付けられた自身の軍事的無能を誤魔化すための戦争であったことは、暗黙の了解だったのである。
ヘルマンはまず、この戦争において“最終目的が曖昧である”ことを指摘した。
共和主義者の排除とは何を意味するのか?
――共和国の首都を落とすことか。
――共和国軍という抵抗力の撃滅か。
――あるいは、優位な条約を結ぶことか。
そのいずれも定めずにフリードリヒ2世は開戦し、軍はそれに従った。
大陸歴1252年5月の第一次ノッセル回廊会戦では、ローゼンベルク軍の圧倒的な攻勢が功を奏し、防衛に当たった共和国軍は次々と潰走。国境を越えて回廊を完全制圧したローゼンベルク軍は、大陸公路を東へ進み、共和国首都ワルサヴィクを目指した。
だが、前進と共に補給線は引き伸ばされ、限界に達する。軍が前へ進めば進むほど、武器や食料を後方から運ぶ負担は加速度的に増大する。大国である共和国を占領しようとするなら、周到な準備と莫大な時間・資金・人員が必要だ。しかしフリードリヒ2世は拙速に開戦し、電撃的に共和国軍を撃破したまではよかったが、その後に続く兵站を整えていなかった。
歴史の戦略家はこう言う。
「戦争の素人は戦略を語り、玄人は兵站を考える」
フリードリヒ2世は、まさしく前者だった。
緒戦の勝利ののち、進撃限界点に到達して動けなくなったローゼンベルク軍に対し、共和国は国土防衛非常事態を宣言。大量に動員した国民軍を投じて物量で圧倒し、半年後の第二次会戦で国境線まで押し戻した。
その後、経済的損失の大きさから両国は外交的歩み寄りを図ったが、そこでも問題はフリードリヒ2世であった。彼は「停戦も講和もローゼンベルク優位でなければならない」と固執し、外交団の妥協を一切許さなかった。すでに押し戻されている戦況で優位を要求されても、共和国が応じるはずもない。こうして戦争目的の曖昧さと準備不足が、軍事的にも外交的にも打開不能の袋小路を生んだのである。
決定的な溝が刻まれたのは大陸歴1263年、病を抱え始めたフリードリヒ2世の名代として第一王子ルートヴィヒが総司令官となり、第三次会戦を起こした時だった。父同様に軍事的才能に欠け、戦争への意欲すら乏しいルートヴィヒは、場当たり的な攻勢を命ずるのみで指揮を放棄。戦争目的が定まらぬまま散発的な軍事行動が続き、共和国を中途半端に刺激した。
結果、共和国では“ローゼンベルク脅威論”が爆発。
ついに回廊を全面封鎖し、大規模な要塞群を建設するという巨額の犠牲を払ってまで防衛を固めるに至った。
ヘルマンの理論は、戦争哲学の欠如がどれほど致命的かを論理的に示していた。しかし講義を終えた出席者たちが戦慄したのは、その内容よりも彼が現役王国軍人でありながら、国王フリードリヒ2世と王子ルートヴィヒを公然と批判した点であった。しかも、感情ではなく冷徹な理屈によって淡々と論破してみせるその姿勢は、“理論の前に聖域はない”という彼の危険性を如実に示していた。
今も王座にあるフリードリヒ2世、王位継承第一位のルートヴィヒをためらいなく批判する人物――その存在自体が危険だった。多くの候補生が畏怖し、「関われば巻き込まれる」と距離を置こうとした。
そんな中、一人だけ果敢に手を挙げた者がいた。
黒い制服に灰色の髪が映える青年――ジークハルトである。
「では教官、東部戦線を終息させるには、どうすればいいですか?」
周囲は彼の胆力に驚愕したが、ジークハルトにとって勇気は不要だった。自分が抱いてきた疑問に答えを与えてくれる人物にようやく巡り会えた――それだけのことだった。
「まず、王国と共和国の前提条件から考える必要がある」
ヘルマンは静かに語り始めた。
「王国は“共和国打倒”という巨大で曖昧な目的を掲げているが、領土が欲しいわけでも共和国民を滅ぼしたいわけでもない。つまり、共和国を屈服させるか、抵抗力を無力化すれば目的は一応達成できる。一方で共和国は、ローゼンベルクへの恐怖と憎悪から要塞を築き、回廊封鎖という強硬策を続けている。であれば――」
顎に手を当て、思考の末にヘルマンは短く告げた。
「共和国の“世論”を挫くことだ」
教場に失望が広がる。
“高尚な理論を語ってきた男の答えがそれか?”
“どうやって世論を挫くんだよ”
期待が大きかった分、落胆も大きかった。ヘルマンが国政や軍司令部から軽んじられてきた理由の一端が、そこにあったかもしれない。
こうして志塾の参加者は急減した。さらに、初回講義にヴィルヘルムが姿を見せなかったことも、王族との繋がりを求めて参加した者たちの興味を萎えさせる結果となったのである。
しかし、ヴィルヘルムもヘルマンも、その状況を悲観してはいなかった。むしろ上々の成果を得られたと考えていた。彼らが真に求めていたのは“自分の理念に賛同し、共に歩む者”であり、参加者の数でも、すり寄ってくる太鼓持ちの多寡でもなかったからである。
後に控える戦争での功績が証明するように、彼らには自らの正しさに対する確信があった。実績を伴わぬ理論や権威を振りかざしても、人はついてこない。必要なのは、現段階で志を同じくする、文字通りの“同志”である。そして実際に十数名もの若者が集ったという事実こそ、彼らを満足させるに足る成果であった。
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