第3話 四枚の金貨と一人の王子と。(3/3)
早朝、新緑の町を歩くリーンとカズト。リーンが口を開く。
「設定を考えた」
「何の話だ?」
「今回の旅はお忍びだ。民に知られるわけにはいかない。だが、勇者と俺が旅をしていては目立つだろう」
「まぁ、そうだな」
「俺は、百科事典の編纂者と名乗ることにする」
「百科事典?」
「そうだ。神殿の命で、世界のあらゆるもの、つまるは博物を記録するために旅をしている。それなら、辺境を目指す理由にもなるだろう」
「俺はその護衛ってことか。悪くないな。着いたぞ」
二人は、レンガ造りの倉庫群の前にいた。
「リーンも旅慣れた。とまで言うには少しばかり早いが、隣町くらいを目指せる程度にはなった。いよいよ旅支度だ」
「ずいぶん時間を使ってしまった。早く魔の山に行かねばならないのに」
並び建つ建物の外には、何匹もの六つ足の騎獣が草を食んでいる。
見上げるほどの巨大な扉の隙間をくぐると、そこは屋内商店街だった。
大量の木箱が積み上げられ、商品と硬貨が飛び交うようにやりとりされている。
「王都随一の卸問屋だ。ここで荷物とお前の装備をみつくろう」
「うむ。悪竜にたどり着くまでの間に、血で聖剣を錆びさせるわけにはいかない。手に馴染む剣を買わねばならないな」
「あー、剣はいらない。買うのは……お、これなんて良さそうだな」
積まれていた木箱から、カズトが手にとったのはショベルだった。
足かけのある金属のヘッドと取っ手。
柄は木で、量産品らしい焼き印が押されている。
「重さもちょうどいいな。お前の背にもあう」
「何の冗談だ? そんなものはいらない、俺には剣が必要だろう」
「ほら、自分で確かめろ」
「ふざけているのか!」
「いいから、構えてみろって」
勇者からショベルを渡されたリーンが、戸惑った顔で正面に持つ。
「こうか」
「違う、こうだ。足を一歩前に出して、膝は少し落とせ」
王子の背後に勇者が立ち、大きな手が細い手首を握る。
ショベルの剣先を前に向け、王子が肘をたたむ。
飛ぶ一本の弓矢のように、その道具は地面と平行をとる。
「いざとなったら、これで敵の顔面を突き刺す。正確じゃなくていい。首でも、胸でも、腹でもいい。一度相手がひるんだら、角でぶん殴って、とにかく滅多打ちにしろ」
「……野蛮な戦い方だな」
「そうだ。敵は甘くないぞ。とにかく生きることを優先しろ。負けそうなら、何もかも全部捨てて逃げちまえ」
「なぜ剣にしない」
「こいつなら穴が掘れる。木だって折れるし物だって壊せる。剣はたしかに強いが、使い道が限られる。なによりこっちの方が軽くて取り回しがいい」
しばらく剣先を見つめていたリーンは、やがてうなずく。
「わかった。歴戦の勇者であるお前がそう言うんだ。不本意だが、これにする」
「よし、次はマントだな。これなんかよさそうだ」
「それはマントではない。帆布だ」
「このくらい頑丈な布がいい。仕立ててもらおう」
「王子どころか、神殿の使徒とさえも名乗れないぞ」
「あー、その設定もあったな。どうするか」
あきれ顔の王子が、やがて諦めたように首を振った。
「刺繍を入れよう。シイカの紋章が入っていれば、それなりにみえるだろう。もちろん、相応の仕立屋に任せる必要があるが」
「それでいくか。おーい、すこしいいか?」
忙しそうに働く男の一人が、カズトの上げた手に足を止めた。
「ここの商品をもらいたい。支配人を呼んでくれ」
「お客様、ご購入であれば代理店を通していただく必要があります。当商会は個人との取引はしておりませんので」
旅装の男二人を見下した視線で、上品な店員は言葉だけで丁寧さを装ってみせた。
リーンは顔をしかめ一歩前に出たが、カズトが頭を掻きながら腕で制した。
「あぁ、そういうことじゃなくてな」
財布から一枚、王室金貨をとりだして掲げる。
「この倉庫の商品を、すべて買い受ける。外のバウバウも全部だ。それから、キャラバンの触れ込みを頼む。勇者一行が、海に向かうと広めてくれ」
店員は腰を抜かし、受け身もとれずにその場に崩れ落ちた。
背後から、更に上等な装いの男が目を血走らせて転がりこんでくる。
通された部屋には山盛りのフルーツと焼き菓子、酒瓶が置かれていて、しばし商談が行われた。
帰り道、空は分厚い雲で覆われ、時刻ははっきりとしない。
「正気か?」
「何が?」
「倉庫をまるごと買い上げた事だ!」
「おう、正気だが」
「何を考えている!? 内密の旅だと言っただろう、キャラバンを組んで移動するなんて、愚の骨頂だ!」
「リーン、俺は勇者だぞ」
「知っている」
「勇者ってのは、つまりは行商人だ。悪魔を倒して報奨金がもらえるなんて日は一度きり。普段は、土地から土地へ品物を運んで暮らしてる」
「王室金貨があるだろう。山ほどの銀貨にすれば不自由はないはずだ」
カズトは頭を掻く。
「理屈ではそうだが、物を運ぶってのはそうじゃない。なんて言うかな」
歩いている途中、広場にさしかかる。
女神像の見下ろす場所に、円形の人だかりができていた。
「道を変えるぞ」
「なぜだ? ちょうど処刑が始まるところだ、見ていけばいいだろう」
「俺は、好きじゃない」
人々がとり囲む中央の台に、袋をかぶせられた粗末な服装の男が登った。
左右の役人に押し込まれ、その首が木枠に嵌められた。
人々が口を耳に寄せ合う。
「あの人がまさかねぇ」
「禁書を持っているなんて」
「怖いわ、早くやってくれないかしら」
「女神に背くことだ。悪の死を祝わなければならんな」
「またそうやって、あんたは酒を飲む理由にするんだから」
「いいじゃないの、この世からまた一つ禁書がなくなったのよ」
カズトは黙って踵を返し、リーンは慌てたように後を追った。
「おい、どうした? 斬首刑などよくあることだろう」
「お前は、そう思うのかもな。俺は慣れない」
「怒っているのか? 何に」
夕暮れ時。カズトの顔は見えない。
「なんだろうな、多分、自分の無力さってやつだろうな」
「お前は勇者だ。蝿の王を倒した。誰に恥じることもない戦士だ」
「宿に戻ろう。明日は早い」
彼らの去る広場で、重い物が落ちる音と、水が吹き出す音がする。
空をトンビが飛んでいる。リーンは振り返った。
城壁に囲まれた都市が遙か後ろに見えた。
麦畑の間を続く道を、リーンたちの騎獣を先頭に、三十を超えるバウバウの荷車がゆっくりと続いている。
鳥を目で追ったリーンは、日差しに目をくらませて手をかざした。
「不安か?」
「馬鹿にするな。ただ、忘れ物がないかと思っていただけだ」
「おかしなことじゃない。俺も、旅に出るときはいつもそんな感じがする」
「勇者でも?」
リーンの隣を歩くカズトも振り返る。
「無事に戻れる保証はない。何かやっておけばよかったとか、誰かに会っておけばよかったとか、いつも考える」
「そんなものか。旅とはつらいものだな」
「だが、もう出発したんだ。これからの楽しみを考えよう」
リーンが、途方に暮れた幼子の表情をうかべた。
「わからない。俺は、こんな旅の経験なんてない。楽しみとは何だ? つらい旅に、何が待っているんだ」
「見たことのない景色、会ったことのない人、食ったことのない飯に、命を失うかもしれない危険」
「とても、いいものとは思えないが」
「そうか? なら、こう言いかえるのはどうだ」
カズトが、初めて笑みを浮かべる。
「今から始まるのは、冒険ってヤツだ。わくわくしといた方が得だぞ、リーン」
王城と太陽を背に、勇者と王子は地平を目指し旅立つ。
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