竜と勇者と冷凍食品。

トウジョウトシキ

第一章 四人の金貨と一人の王子と。

第1話 四枚の金貨と一人の王子と。(1/3)

「嫌だー!!!」

 猫を思わせる尖った耳が小刻みにせわしなく動いて、そのたびに金の毛がふわふわと踊った。

「嫌だ嫌だいやだいやだいやだ! 俺にはできない、そんなことできるわけない、やりたくないやりたくない、なんで俺、なんで俺なんだよ 全部俺のせいじゃない、俺は何も悪くないし、世界とか未来とかどうとかより俺の方が大事だろ!? なんで俺が一番じゃないんだよぉ、理不尽だろ!! 見捨てないで、見捨てないでよぉ! 生きていけない、絶対に嫌だ、嫌だよ、嫌だ、ぜったいぜったいぜったいに……嫌だぁ!! 許してっ!! ……うむ、行くか」

 獣の耳は同じ色の髪の頭に続いていて、その人物は伏せていたベッドから起き上がった。

 歩き、薄暗い部屋のガラス窓を開く。



 ちょうど、夜明けだった。

 黒い世界。地平に白がにじみ、世界は影絵になり、光と共に色づいていく。

 藍と茜の混じる空を、小さな点が飛んでいる。

 トンビだ。

 高く、高く舞い上がるその鳥は、やがて都市を見下ろした。


 黒金と暗褐色の煉瓦で作られた街だった。

 建物からは黄色に黒龍と盾の刺繍のされた布が垂らされ、街路には白い花を散らす桜が並木となっている。

 大通りでは、パレードが行われていた。

 毛の長い六足の騎獣に乗った男を先頭に、楽器隊、それから踊り子と衛兵たちが後に続く。

 民衆のお目当ては、先頭の男のようだ。

 その髪は赤。

 誰もが視線を向け、押し合ってその顔を見ようとしている。


「お父さん、勇者さまはどこ、勇者さまはもう行っちゃった?」

「今きてるぞ、ほら!」

 父親に持ち上げられた幼児が、憧憬の瞳で見つめる。


「今代の勇者様は、またずいぶんと男前ね」

「うちの店にも来てくんないかなぁ」

 気だるげな半裸の女たちが、三階のアパートメントの窓から口笛を吹く。


「こりゃ石像を作らねえとなぁ」

「英雄譚の表紙に映えるお顔だこと。これは売れるわよ」

 店先で職人たちが腕をまくり、棒を持った子供たちが駆け抜けていく。


「蝿の王め、この勇者が退治してやる!」

「きゃぁ! ねぇ、かわってよぉ」

 人々の羨望の視線も届いているのかいないのか。

 無表情の勇者を乗せた騎獣は広場を通り抜け、二本の尖塔を持つ城へと向かっていく。


「あ、やられたっ!」

 うかつな見物客の一人から、トンビが串焼き肉を奪い取る。

 広場のギロチン台の隙間をぬって、巨大な女神像に糞を落した。

 その影は遙か遠く地平の彼方に向かい、やがて霞に溶けて消えた。




 謁見の間の床は、磨き抜かれていた。

 凪いだ湖面のような大理石に、整列する儀礼鎧姿の騎士たちの姿が逆さに映っている。

 両手で剣を正面に掲げ立つ彼らの奥、三段を経た高みに王座がある。

 冠を頭に乗せた白髪の老人が座り、背後には広場と同じ、小さいが今にも動き出しそうなほど精緻な女神が両手を広げて見下ろしている。

 王座へと伸びる白と灰色の市松模様の絨毯の上に、先ほどのパレードの主役である赤の若者が跪いていた。


「おもてを上げよ。救国の勇者」

 跪いていた男は、顔を上げ、王を見た。

 不必要に座面の高い王座と、その両側に椅子があった。

 左は空席で、右には金髪の男が座っている。

 その男は勇者と同じくらいか。

 二十歳ほどで、頭には獣の耳が一対生えていた。

「汝には勲功爵とその栄誉に見合うだけの褒美を与えよう。近くに」

 無表情の勇者が、膝歩きで王座に寄る。

「女神の言葉は汝の魂に刻まれ、その徳は王国に繁栄をもたらす。その肉は紙であり、血はインクであり、声は教えであり、それが広めるのは我らシイカの歌である。誓え」

 王の勺が、男の首筋を撫でる。

 顔を伏せたまま、勇者は口を開いた。

「シイカの言葉を広めることを誓います」

「よい。では次だ。本来であれば、二十一日間の宴でその功を労うべきだが」

 右に座していた獣の耳を持った若者が立ち上がる。

 王は視線を向けない。

「魔の山に悪竜が降りた。女神の信託により、朕が第一の息子が討伐に選ばれた。お前は我が子と共に旅をし、悪竜の元に届けよ」

 獣の耳を持つ若者が頷く。

「勇者よ。貴様に余の従者となる栄を与える。その身をもって尽くすがよい」

「朕が一人目の子よ。務めを果たすときだ」

「はい、この聖剣にかけて、悪竜からシイカを救うことを誓います」

「ゆけ。吉報を待つ」

 膝を突いたままの勇者は、王に頭を下げたまま背後に下がる。

 段を下がったところで立ち上がった。

 その横を通り抜ける獣耳の王子の後ろに続き、謁見の間を後にする。

 王は片肘を突いてそれを見送り、騎士たちは彫像のように動かなかった。



「過去イチ、やってられないな」

 王子の私室だろうか。

 狭く落ち着いた木調の部屋の扉を閉めると、勇者は頭を掻いてあきれ顔を作った。

「悪魔退治のご褒美に、王様の手駒にしていただいて、さらに次の仕事を押しつけられるってことか。光栄すぎてやってられない」

「おい、慎め。王城の中で従者がそんな口の利き方をしたら、俺の立場がないだろうが」

 勇者の肩ほどの背丈の王子がにらむ。

「お、よかった。まともなしゃべり方もできるんだな。町中で余なんて名乗られたらどうしようかと思ってたところだ」

「あの口調は臣民の前のものだ。王だって普段は朕なんて言葉は使わない」

「そうか、ところで座っていいか?」

「立ったままでも話ができるだろう」

「俺が座ればお前も座れるだろ」

「……それもそうだな」

 勇者は椅子に、王子はベッドに腰を下ろした。

 堂々とふるまいながらも、王子の耳はかすかに震えている。

 一方で勇者は淡々としていた。

「本当に行くのか、竜退治」

「当たり前だ。聖剣を授かり出陣すると誓った。今更おじけづくなど許されない」

「王子様は、旅の経験はどれだけある」

「祝典で、二度ほど王都を出たことがある」

「バウバウには乗れるのか?」

「当たり前だ。騎乗術の試験で落第したことはない」

「そうか」

「剣も使える。指南役を打ち負かしたこともある」

「なるほど」

「……俺にだってわかっている」

 王子は、額を押さえてテーブルに肘を突いた。

 金の髪の中から、獣の耳が垂れている。

「俺は世間知らずだ。旅などできるわけがない。だが、いかねばならない」


「出発は一ヶ月後でいいか?」

 王子が、目を見開いて顔を上げた。

「なんだよ。お前が行くって言ったんだろ」

「従者はお前だけだ。お忍びで、軍の援護も期待できない」

「そんな雰囲気だったな」

「報酬は約束するが、簡単な旅ではないぞ。魔の山は遠い」

「自称世間知らずよりは、地理感覚はあるつもりだ」

「お前には無理だとなぜ言わない。俺が王子だからか、王命で行けと言われたからか」

「お前が行くって言ったからだ。一人で行かせるのは不安だから、俺もついていく。それだけだ」

 勇者は表情を変えなかった。

 侮蔑も好奇も、冷たさもその表情にはない。

「俺はカズト。お前は?」

「リーン。シイカ第一王子の称号はつけなくていい。ところで、一ヶ月後というのはなぜだ。すぐにでも出発したいが」


「お前を鍛える時間が必要だからだ。リーン、昼飯はまだだろ?」

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