彼方の影から ~ヤンデレホラーな大精霊に愛され過ぎて逃げられない~

回道巡

序章

0-1

 真っ暗な草原。

 そうとしか表現できない場所のただ中に、黒髪黒目の青年、カナタは立っていた。

 

 「――? なんだ。……え? どこ、ここ?」

 

 とまどい、何度も左右を、後ろを見回す。

 

 「暗いな」

 

 訓練によってある程度の夜目が利くカナタにとってさえ光量が少なく、さらには緩く吹く生暖かい風が不快だった。

 

 「ん? ちぃっ」

 

 ほぼ無意識のうちに腰と腿にいつもつけているポーチを撫でようとして、カナタは思わず舌を打った。

 

 「丸腰で訳の分からない状況で……、最悪だ……」

 

 気が抜けるような愚痴を言いながらも、カナタの表情は険しさを増し、その身ごなしからは緊張感が滲み出る。

 

 ――ぁ

 

 ふと、呻りとも声とも判別し難い音がカナタの耳へと触れる。

 

 「どこから?」

 

 反応して腰を落としたカナタが首と目を忙しなく動かして辺りを探る、が、暗い草原にはやはり何もない。

 

 ――ぃたぁ

 「やっぱり聞こえる!? 何だ? ……それに、どこから?」

 

 強く戸惑い、狼狽えながらも、カナタの身体は迷いなくいかなる方向、手段の攻撃にも対処できるよう身構える。

 

 ――いた、ここにいた。やっと……みつけた

 

 はっきりと声が、そしてそこに込められたどす黒い感情が聴こえた瞬間、カナタは立ち竦む。

 背後から抱きすくめるように回された、白く、細い腕がカナタの首下で交差し、きつく握られていた。

 

 

 

 「ぁぁぁぁぁぁあああああっ!」

 

 その瞬間、カナタは布団をはねのけて覚醒した。

 

 「はぁ、はぁ、……へ?」

 

 全身くまなく滲んでいる脂汗、何事もない深夜の自室、それらが今見ていたものがただの悪夢であったことを示していた。

 

 「……、夢、なんだよな?」

 

 確認するように、カナタは自らの鎖骨のあたりを撫でる。

 そこには、鮮明かつ生々しく、つめたい感触が残っていた。

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