「いつやるんだ?……いまだにやってねえよ!
志乃原七海
第1話「いつやるんだ? いまだろ!」
そんな叫びが、春のうららかなキャンパスに空しく響いた。
おれの名前は、山伏慶太(やまぶし けいた)。今日、このT大学を卒業する。
四年前、おれは燃えていた。
「大学に入ったら、絶対アメフトをやるんだ!」
その一心で、名門アメフト部『ダイヤモンドバックス』の門を叩いた。
おれの体格は、自慢じゃないがガッシリしている。高校時代は帰宅部だったが、土木作業のバイトで鍛えた筋肉は本物だ。入部案内なんていらない。向こうから「ぜひ君のような人材が欲しかったんだ!」とスカウトされる……そんな青写真を描いていた。
入学式の翌日、おれは練習場へ向かった。
「あの! おれ、山伏っていいます! 入部したくて……」
ヘルメットを被った主将らしき男に声をかける。
「ああ、いま忙しいんだ! あとにしてくれ!」
主将は練習メニューの確認で血走った目をしていた。
「あ、はい……」
一週間後、再び。
「すみません! アピールに来ました!」
今度はマネージャーらしき女子に。
「ごめん、いま試合の登録作業で修羅場なの! 落ち着いたら声かけて!」
一ヶ月後。
「あの、今日こそは……」
「悪い、今から遠征なんだ! また今度な!」
……そんな「また今度」を繰り返しているうちに、気づけばおれは二年生になっていた。
後輩たちが次々と入部していく。おれは相変わらず、練習場の端っこで「いつでも入れますよ」というオーラを出しながらスクワットをしていた。
三年生。
おれはもはや、部のOBか近所の不審者並みに顔を覚えられていた。
「あ、山伏くん。悪い、いまリーグ戦の真っ最中でさ。またあとでいい?」
「……了解です」
四年生。
もはや誰も、おれに入部案内を渡そうとはしなかった。おれも、声をかけるタイミングを完全に失っていた。練習場の隅っこで、おれのベンチプレスの記録だけが部員平均を超えていた。
そして今日。卒業式。
アカデミックガウンを羽織ったおれは、最後にもう一度だけ、あのグラウンドへ向かった。
ダイヤモンドバックスの連中が、引退セレモニーを終えて記念撮影をしていた。
四年間、一度もそのユニフォームに袖を通すことはなかった。
けれど、おれの心の中にある情熱の炎は、一度も消えていなかった。
おれは、ガウンを脱ぎ捨てた。下に着ていたのは、四年間温め続けた、自前で買ったダイヤモンドバックス仕様の(勝手に作った)Tシャツだ。
「おい、みんな!」
部員たちが一斉におれを見る。主将(今はもう代替わりして三代目だ)が不思議そうに首を傾げた。
「えっと……いつも隅っこでトレーニングしてた、プロレスラー志望の人?」
おれは拳を突き上げ、最高の笑顔で叫んだ。
「いつやるんだ? いまだろ!!(笑)」
おれはそのまま、誰もいないエンドゾーンに向かって猛ダッシュし、見えないボールをキャッチして豪快にダイブした。
卒業式、快晴。
おれのアメフト生活(実質ゼロ日)は、たった今、最高のタッチダウンで幕を閉じたのだ。
……なお、このあと警備員にめちゃくちゃ怒られたが、それもおれの「現役生活」のいい思い出である。
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