異世界統率概論
折亜子
異世界統率概論
これは確か、高校3年生の春頃に起きた話だったと思う。背中が板になったかのような感覚で、俺は目を覚ました。
「ここは……」
視界が霞んで、頭の中もはっきりしない。それでも見慣れた風景が、視界に入ってきた。
「坂の塚公園か」
小さな遊具と、最早いつから動かなくなったのかもわからないくらいに錆びた噴水。至ってシンプルな作りの公園。どうやら俺はそのベンチに寝そべって、うたた寝をかましていたらしい。
そのまま見上げると、真っ赤に染まった空が視界を占領し始めた。トマトジュースでもぶちまけたように、綺麗な赤色だった。
現代人の必需品、スマホを無意識のうちに取り出す。映し出された時間は18時27分だ。
「……帰るか」
バキバキの背中を伸ばしながら1人寂しく呟いたところで、ふと目に入る公園の時計。そいつは針を、3時きっかりに指している。しばらく眺めていたが、針が動く様子はない。故障でもしたんだろうか?
辺りを見渡すが、周りに人はいない。
公園どころか面した道路にも。
やけに寂しさを感じて、胃がキュと捻った気がした。大通りにでも出れば、流石に人はいるだろう。そう自分に言い聞かせて、歩き出した。
結論から言うと、人は居た。
ただ、何かがおかしい。
宙に浮かんだ青いパネルを指でなぞり、俺の知らない言語を自在に操る人々。
人々? これは、人間……だよな?
何が起こってるのか、理解ができなかった。夢なら覚めていい、と頬をつねるが普通に痛い。その痛みは、胸のざわめきへ変換される。見慣れた風景の筈なのに、日常に混ざったこの異物に、得体の知れない寒気がした。
「よっ」
「うわぁああっ!」
肩を叩かれ、心臓は止まりそうになる。
「なんだよ、そんなにビビんなよー」
ケラケラと笑う声。
「……速水」
見知った顔と日本語。それは高校の友人だった。迷子が逸れた親と再会出来たような、安堵。ぐすと鼻をすする俺。
「なんで泣いてんの⁉︎」
そう言って速水はまた、ケラケラと笑った。速水はグレーのパーカーに、制服のブレザーを羽織って立っている。いつも通りに。
その速水の背後にあるコンビニ。名前を見て、俺は目を見張った。血の気が失われるのが、直に感じ取れる。
《螳峨>繧ウ繝ウ繝薙ル》
――『異世界統率概論 第一章』抜粋
異世界からの来訪者は、各地に点在する時空の歪みにおいて到達する。公園、駅、マンションの一角等、人の行き来が多い地に発現情報アリ。ただしその歪みは、視認する事は不可能である。
なんて……書いてある? 日本語、いやこれはネットで時々見かける――文字化け?
「なぁ」
そこまで考えた所で、速水が俺を呼んだ。意識を速水へ戻すと、先程まで笑っていた顔は、いつになく真剣な表情だった。両肩をがっしり掴まれる。その手は腕相撲でもしているばりに、力強くなっていく。もがこうにも、俺の身体は言う事を聞いてくれない。心臓の鼓動が、加速する。
「い、痛いって」
「あごめん」
速水は手の力を緩めたが、それでも両肩から手を離さなかった。
「お前さ……早く帰れよ」
「……えっ?」
「案内するから」
帰宅先に案内するとしたら、それは俺の役目だろう。もっと他に重要な事を言われるのでは、とやけに身構えたが、そこまで大事ではなさそうだ。両肩が解放され、肩の力が抜けた。速水はこっちだ、と道案内をしだす。俺の家とは真逆の方向へ。足を進めて数歩。速水に声をかけようとした時に気付いた。
――喉が、異様に渇いている。なにか、飲みたい。何でもいいから、渇きを潤したい。今すぐに。
衝動に駆られて丁度良く、自販機を発見する。相変わらず何が書いてあるか分からないが、使い方は変わらないようだ。立ち止まる俺に気付いて、振り返った速水。
「なんだ、喉乾いてんのか?」
ケラケラ、と笑い声を上げる速水。
こいつの笑い方は、昔からヘンだ。
「絶対飲むなよ」
――『異世界統率概論 第三章』抜粋
「え、いやでも俺ッ……」
そこまで出た声が、潰れて枯れた。咳き込んでみるが、掠れた喉の音しか出ない。喉を直に抑える。風邪などひいた覚えはない。速水は、何も言わずに俺の手を掴み、歩き出す。突貫競歩大会でも始まったのか。たどたどしくも、俺は足を前に出した。
移り変わるいつもの街の中で、すれ違う人々はやっぱり、俺にとっては異物だった。なんだよその宙に浮かぶ青いパネルは。それに、こっちを見るな。気味が悪い。
「ヤバいな」
速水が呟いた。何がヤバいのか、聞こうとしたが無理だった。俺としては、声が出ない方がヤバい。平常心を保っているつもりだけれども、心臓は破裂しそうな程に唸っていた。
先程始まった競歩大会は、突如として終わりを迎える。速水が急に立ち止まったのだった。速水の視線の先には、全身が白くて、目であろう辺りに真っ黒なサングラスのようなものを着けている……多分、人。白いのがとにかく、2人いる。
その2人は俺らを凝視したかと思うと、真っ直ぐ向かってきた。得体の知れない恐怖を感じた時、人って動けないんだな。その時の俺は電信柱かってくらいに棒だった。速水が舌打ちをして、2人を見たまま俺に話しかける。
「いいか、お前絶対喋るなよ」
俺は声が出せないから、絶対喋る事はないよ、速水。そうして全身が白い2人は、俺らの前で停止した。多分、人生で1番か2番くらいだな。こんなに驚いたのは。
だってそいつらは平家の屋根かそれ以上、漫画の世界みたいにばかでかい長身だったからだ。絶対に、人間じゃない。
足が震える。速水がいなかったら、恐らく腰を抜かして立てなかっただろう。年甲斐もなく掴まれた手を、手汗でじっとりと握り返してしまった。
『縺昴>縺、縲√↑縺ォ?』
「縺薙>縺、縺ッ菫コ縺ョ蜿矩#」
『讖滄未縺ォ貂。縺励※』
なにやら速水と白いのが喋っている。俺にはさっぱりわからん。ぼーっと眺めていたが、急に速水がその2人に殴りかかった!
2人は強そうで弱かった。緑色の液体を噴出して、ぶっ倒れた。血のように見えて、ゾッとした。ここは確実に、俺のいた世界ではない。
「よっしゃ行くぞ!」
またあのヘンな笑い声を上げて、俺の手を引っ張り走り出す。変わってないなお前は。生活指導の先生のヅラを引っぺがした、中学生の時を思い出すよ。速水だけが、この世界の俺の唯一の救いだ。
3日は立ち上がれないくらいに走り切った先に見えたのは、学舎の姿だった。ここで一体、なにをするのだろう。
空は相変わらず真っ赤に染まったままで、敷地内に人の気配はなさそうだ。速水は躊躇いなく校舎へ侵入。俺も後へ続いた。誰もいない校舎は、本当に静かだった。床が軋む音が、肌を逆立てる。
俺らの登校先、3年2組の教室に入った。速水が自分の席へ、着座する。
「お前は変わらないよな」
そんな事をぽつりと呟いて、はにかんでいる。俺は突っ立ったままだ。俺も速水も、何も変わっちゃいない。変わったとしたら、この世界だけだ。
「そこに、入っててくれないか」
指差す先は、掃除用具入れ。なんでだよ。
絶対嫌だ、と首を横にめちゃくちゃに振る。ケラケラと笑いながら速水はもう、何も言わなかった。話は進まないしずっと見てくるし、ヤケクソになって入ってやった。雑巾のあの独特な香りに包まれる。速水を見た時、速水は急に立ち上がり扉を勢いよく閉めた。
「……ありがとな」
その言葉が本当にそれで合っていたのかは、わからない。扉が閉まると同時に、俺は急激な眠気に襲われて、意識が飛んだからだ。
「――――速水!」
身体がビクっと強張り、反射で飛び上がる。開かない目をなんとかこじ開けて辺りを見渡すと、そこは教室。クラスメイトが全員、俺を見ていた。
「授業中に居眠りとは、いい度胸だな」
古典教師が眼鏡を光らせながら話しかけてくるが、そんな事よりも速水に聞きたい事がある。今見た出来事が、夢にしては鮮烈すぎたからだ。さっきまで速水が座っていた席に視線を向ける。
「……速水?」
「え? はやみ? 僕、長谷川だけど」
教室中に笑い声が響き渡る。なんで笑ってんだよ。長谷川って誰だ。速水はどこだ。一際大きく心臓が跳ね上がり、ばくばくと鳴る音は口から飛び出そうだった。
俺は教室を飛び出して、3年全ての教室を開けて、校舎内の全ての部屋を開けて、そして外へ出た。走ろうとしても足がもたつくのは、さっき速水と一緒に走ったからだ。そうして、俺は坂の塚公園に辿り着く。
目を覚ました時に寝転がっていたベンチに座り、震える右手を左手で押さえながらスマホを取り出す。連絡先の一覧に、『速水』の文字は1つもなかった。
――記憶が正しければ、こんな感じだったと思う。そのまま家に帰って、中学の卒業アルバムも勿論見たさ。親にも聞いた。でも、どこにも無いんだ。速水という人間がいた証拠が。あの真っ赤な空も、あれ以来、二度と見ていない。
なぁ、速水。俺はもう30超えて、姪にはオジサンなんて呼ばれてるよ。
お前は今、どこで、何をしてるんだ。
この世界に、速水だけが、存在しない。
――『異世界統率概論 終ゅo繧翫↓』抜粋
いくつもの線に豢セ生した譎る俣軸を、一本に縺吶k事は閾ウ髮」縺ョ讌ュであろう。だが、我々縺ッ譌「縺ォ次のステップ縺ク縺ィ向かっている。それが統率縺吶k縺ョ縺ォ相応しい荳也阜か否か、取捨選択縺励※いき縺ェ縺後i。
異世界統率概論 折亜子 @oririoririo
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