第3話 世間の思う手裏剣とは何か



 世間の思う手裏剣とは何か、一旦そこまで戻して確認しましょうか、師範。ていうかお爺ちゃん。いえ、師範。くれぐれも宜しくお願い致します。



 そう。そうですよ。世間一般で手裏剣としてイメージされるものと言ったら、先ず第一に挙げられるであろうものは、漫画に出て来るような黒装束の忍者が投げる平たい刃物。金属製の投擲武器です。

 ギザギザだったり、絵本に描かれたお星さまみたいな十文字だったり。


 そう。その辺は世間様だって手裏剣と認識して下さいますでしょう。

 ええと、ああ、この稽古場にはひらな形状の手裏剣は無いのでしたね。

 何年か前に親戚の叔父さんがご自宅の稽古場で、これに慣れると本来の手裏剣が打てなくなるよ。これはそんなに稽古しなくても浅くなら取り合えずどこかには刺さるというだけの玩具おもちゃみたいな代物しろものだからね、とか言いながら見るだけの物として見せて下さった思い出が混ざってしまって。

 てっきりこの稽古場にもあったものだと思い込んでおりました。

 記憶違い、ってありますね。私にも。


 ええ、師範。そうですよ。師範も覚えていますよね。その時の事です。一緒に挨拶を兼ねて出稽古に行ったのでしたね。叔父さんの方のご自宅にあった稽古場も、この家の敷地にある稽古場と殆ど同じ造りになっていたものですから。

 本当、離れて暮らしているとは言っても親戚ですし、元は同門の流儀なのですから、自然と似て来るものなのでしょうね。一番稽古のしやすい場の建て方も。稽古に用いる道具や写本の置き方も。

 ええ。稽古場自体が、あまりにも似ていたものでしたから、驚いた事も覚えています。そう、私よりも年下の女の子も居ましたね。確かあの時、あの子も道着を着ていましたから。ええ、あの子も稽古を続けて居られたら良いですね。


 まあ、時代もありますし、他に興味の持てるものごとが見つかったのでしたら、そちらに励んで居られたとしてもそれはそれでよい事であると思われますが。



 ええと、ひらの手裏剣はここにはありませんので、では次に。


 棒手裏剣。これはここにもありますね。ああ、ありました。きちんと油で磨いておりますし風通しの良い所に保管しておりますので、錆も進んではおりません。

 傷んでしまうと新しく打ちなおして下さる鍛冶屋さんを探す所からになって、大変ですもの。

 今、この重心を再現出来る鍛冶職人の方って、滅多に居られないそうですね。こう、刀を振る感覚で振れて、放った先で刺さる対象までの間合まあいに応じてきちんと先端の側が重たく深く入り込むように、用いる術者にも空中で起きる剣の回転とその角度が手を離れる瞬間には感覚ではかれるような良い棒手裏剣を打てる鍛冶屋さん。

 職人さんの世界も、今は色々大変でしょうし。そもそも手裏剣の注文なんて元より少ないものだったのでしょうから、もしかしたら鍛冶屋さんの世界でもこれに等しい重心の棒手裏剣を打つ技は、伝承される方が居られなくなってしまうかもしれませんね。


 ええ。他人事ではありません。


 あ、いえいえ、師範、大丈夫です。私は稽古を続けますから。はい。大丈夫です。門下生にも教えられます。教えています。それよりも棒手裏剣です。


 太い金属製の針みたいな手裏剣ですから、これ、見た目よりも重たい、って入門者さんに言われる事にも慣れちゃいました。今の時代だと、こういった分野に嗜みの無い方が初めて見ると、先端が尖っているとはいえ、これが手裏剣とは思えない方も多いようですよ、師範。


 ええ、その通りです。目の前で見せれば。対象に突き刺さる姿から手裏剣である、と世の大人たちはすぐにも認識して下さいますね。

 子供たちだと納得するかどうかは分かりませんけれど。今の子は。


 はい。

 では次です。

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