第12話 破局の序章 後編

 裂け目が閉じたあと、世界は耳鳴りのような静寂に包まれた。石畳は焦げて波打ち、建物はひび割れ、傾いている。私は息を整えようと深呼吸をするが、逆に心臓の鼓動がうるさくなった。




「……終わったのか?」


 ギルが戦鎚を肩にあげたまま、白い息を吐いた。額から顎へ汗が一本、煤に筋をつけて落ちる。




「終わりではない。測量はこれからだ」




 スレイは、いつも通りの平板な声。けれど、灰に沈む視界を一瞥した目に、わずかな緊張が走ったのをわたしは見逃さなかった。




 周囲では測量ギルドの測量士たちが慌ただしく測量道具を回収している。怒鳴りの視線が一つ、二つ、わたし達に向けられる。




「お前ら王国側のやり方が乱暴だからこうなるんだ!」




 煤だらけの顔で、若いギルドの測量士が怒鳴る。両手は震え、足元は泥で汚れている。わたし達とスレイのやり取りを聞いていなかったメンバーなんだろう。セレナが悲しそうに目を伏せた。




「言いがかりはやめろ。俺たちがいなきゃ、今頃、裂け目に全員まとめて落ちてたんだぞ」




 いつもなら、この程度の言動に目くじらを立てることは無いが、苛ついているのだろう。ギルが戦鎚の柄を突いて、地面に鈍い音を響かせた。火花が散るみたいに、空気が尖る。




「よせ。お前はあっちの作業を手伝っていろ」




「ギル、やめて」




 スレイとセレナが、慌てて二人の間に入る。生き残った市民の中にも、ギルド派、王族派にわかれて言い争いの声がきこえてきた。




「原因はまだ分からないけど、決めつけは危ないわ」




「まずは冷静になって復旧と原因の調査だ」




 私とスレイがその場を治めた。


 スレイが頷いた。




「理性的でよろしい。感情で地図は書けないからね、誰かさんとは違って」




 ◇




 わたし達と測量ギルドのメンバーは、倒壊を免れた市庁舎の会議室にあつまった。中央のテーブルには杭の位置が記された、アクシオン全体の地図が置かれていた。上書きされた数字は、わたしが書いた杭のズレ方向と距離だ。




「読みにくいな。もう少し丁寧に書けなかったのか?」




 スレイが呆れた顔で呟く。




 ――あの状況下で、丁寧なんて無理よ。




 頭の中で、舌をだす。




「こんな状況ですもの。情報の出し惜しみはなしにしましょう。私たちが聞いてた情報は、”白地図化の兆候はない” で、今回の測量の目的は”精度向上による予防的措置”よ」




 私は先に手の内を晒した。共同作戦を行ったことで、少なくともギルドの現場の人間に、陰謀に加担している者はいない、と確信できた。




「うちも同じだ。だから機材は最新だが、人員数は最低限に絞った」




 戦闘員が少なく、ギルの手を欲しがったのはそれが原因だと気づく。




「それなら短期間でこれだけズレた理由は?地脈のことはよくわからないけど、事前に起こり得ることなの?」




「これだけのズレが、短期間に発生した例はない」




 スレイが過去の事例をあげて、今回の事態が如何に異常か説明した。




「それにこれだけの人がいるんだ。ズレればなにか感じた人がいただろう」




 ギルも別の視点で疑問点を上げる。




「自然発生ではないとしたら、人為的に?でもどうやったらあれだけのズレを発生させられるのか、見当がつきませんわ」




 王族の魔法に関する文献にも、そのような記載は無いという。会議はそこで行き詰まってしまった。




 ――迷ったら、野帳を見直しなさい。




 小さい頃、地域の測量大会で失敗して、基準点に戻れなくなったとき、祖父が私に言った言葉だ。私はもう一度複写地図を見直した。




「旧市街区の端の杭のズレが一番大きいわ。その杭から離れるほど、ズレが小さくなっていない?」




 私が指摘すると、スレイが何かを思いついたのか、ペンを取り出した。そしてズレの大きさが近い杭を線で結んでいくと




「扇状に広がっていますわ」




「なるほど、この扇の中心になにかあるってわけか」




 スレイが、どうだ、と言わんばかりの表情で私を見る。




 ――わたしが先に気づいたのよ!




 わたしはズレの角度から扇の中心方向と距離を計算する。




「旧市街地の端の杭から、1/123方向、2340パッススよ」




 私たちは会議室を飛び出した。




 ◇




「何か埋まってるわ」




 私は短く言って、ギルに目配せした。ギルが頷き、私が指さした方にそっと近づいた。覗き込んで顔をしかめた。




「杭だ。くそ、これが原因か?」




 彼の声は思ったより小さかった。ひどく慎重で、それでいて怒りを含んだ声音だった。スレイも近づき、慎重に杭の上の砂を払う。現れた杭の頭には見慣れない紋章が掘られていた。その紋章を指でなぞる。眉がぴくりと動く。




「この紋章は、古代杭か!?」




 低い声。けれど彼の周りの空気は一段冷えた。聞き慣れない単語に私は思わず聞き返す。




「古代杭って?」




 セレナが説明してくれた。ずっとむかしに打ち込まれた杭が、劣化により効力を失い、人知れず埋まっていたものが、時々発見されることを。中には三賢者時代の、今となっては効果もわからない杭が見つかることがあり、貴重な歴史資料として高値で取引されることもあるらしい。




「一般的にはね。だが、どう見ても材は新しい。腐食もない。今現在も、何らかの効力を地脈に及ぼしているのは間違いない。」




 嫌な感触が喉元をすぎる。




「じゃあ、やっぱり人為的な...」




 セレナの顔が悲しげだ。




「議論は後だ。抜くのか? 抜かないのか?」




 ギルが短く言った。




「このままにしておけねえだろう」




「このままにしておこう。今のアクシオンの杭は、こいつがあること前提で打ち直されれている。今抜けばまた裂け目が発生するだろう」




 スレイが即答する。




「ただし放おってはおかない」




 と付け加えた。




「精密測量が必要ね。セレナ、ここからアクシオンの杭まで一気に測れる?」




「任せてくださいませ」




 私たちは、古代杭の精密測量、古代杭の紋章の写し取り、簡易的な柵作りを済ませてその場を離れた。交代でアクシオンの兵士が見張りに立った。






「王都に戻ろう」




 私は提案する。ここの復興支援はここの兵士にまかせて、私たちは一刻も早く、犯人を捕まえなければならない。今から馬車で夜通し走れば、明朝には王都につける。




「王都に戻るなら、城に入る前にギルド本部に寄らないか?」




 本部の図書館に古代杭に関する資料がある、とスレイが言う。情報は多いほうがいいだろうと。


 セレナとギルが頷き、私はスレイの提案を受け入れた。




 新月のくらい峠道を、2台の馬車が王都に向けて疾駆する。日中の戦闘で誰もが疲れているはずだが、寝ている者はいない。皆だまって前を見据える。先の見えないくらい山道は、この国の行く末を暗示していた。

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