第8話「**真面目な話に戻しましょう、富樫さん**」


シリアスな事件の相談から始まり、安藤ありさのトリックスター的な行動、そして二人の関係性が描かれるエピソードを執筆します。


***


### 泣いているメーターと悪質な診断


例の「影がない事件」から数日。

おれは再び、生活安全課の富樫さんのデスクの前に、神妙な顔で立っていた。


「**真面目な話に戻しましょう、富樫さん**」


おれがそう切り出すと、富樫さんはわざとらしく大きなため息をついてみせた。


「なんだよ、またか。言っておくが、君の過去告白とか、しょうもない冗談とか、そういうのには**もう驚かねーぞ!** 俺の心臓は鋼鉄になったからな」


「いえ、今回は純粋に事件の相談です」


おれは一枚の報告書をテーブルに置いた。

「佐藤さんというお宅なんですが…検針に向かったら、ご主人がひどく体調を崩されていて」

「ほう」

「話を聞くと、『電気メーターの針が不安定にビリビリ震えてる』んだそうです。それが始まってから、家で静電気が起きやすくなったり、物が落ちたりするポルターガイストみたいな現象が頻発して…。近所でも『おかしな家』だと噂され、心労でご主人が寝込んでしまった、と」


富樫さんの目が、刑事のそれになる。

「よくある話だな。家の欠陥か、あるいは思い込みか」

「ぼくもそう思って、メーターの故障を疑い、新品に交換したんです。でも数日後、『治ってない!』とご主人からクレームが入りまして…」


おれは一度、言葉を切った。


「それで、再び佐藤さん宅へ向かったんです。そうしたら…」


おれは忌々しげに言葉を続ける。

「電気メーターの前に、**あの女**がいたんですよ!」


富樫さんは一瞬きょとんとした後、すべてを察した顔でニヤリと笑った。


「なるほどな。**安藤ありさ**、だね?」

「**はい!**」


おれは思わず声を荒らげた。

「彼女、メーターの前にしゃがみこんで、指一本触れずに、楽しそうにメーターの針をビリビリ揺らしていました! まるで指揮者みたいに!」

「…はっはっは」

「笑い事じゃありません! 佐藤さんは本気で苦しんでるんです! あれはもう立派な嫌がらせですよ! **罪に問えないんですか、あれは!**」


おれが息巻くと、富樫さんは頭を掻きながら答えた。

「うーん…器物損壊にはあたらないし、彼女の能力が原因だなんて、法廷で証明するのは不可能に近いな。で、本人には何て言われたんだ?」


おれは、ありさに問い詰めた時のことを思い出した。

彼女は悪びれもせず、こう言ったのだ。

『あのメーター、なんだか泣いてるみたいだったから。あやしてただけ』


その言葉を富樫さんに伝えると、彼は腕を組んでうなった。

「泣いてるメーターを、あやす…ねえ」


富樫さんは、じっとおれの目を見た。

「山伏君。君は、彼女がただの愉快犯だと思うか? あの、生き埋めにされても歩いて帰ってくる女が、そんな単純な悪戯をすると思うか?」


その言葉に、おれはハッとした。

そうだ。彼女の行動は、いつも突拍子がないが、その裏には必ず何か意味がある。

『泣いてるみたいだったから』…?

あのメーターは、何かに反応して「泣いて」いた? ありさは、それを揺らしていたんじゃなく、その「泣き声」をおれに教えるために、動きを真似てみせた…?


「…まさか」


おれは血の気が引くのを感じた。

原因は、メーターじゃなかったんだ。

メーターはただ、家の中で起きている本当の異常を感知して、震えていただけなんだ。


「富樫さん! もう一度、佐藤さん宅を調べさせてください!」

「…だろうと思ったよ。行ってこい」


おれは礼も言わずに課を飛び出した。


---


佐藤さん宅に着くと、家全体が重く、よどんだ空気に包まれているのがわかった。

ありさが言っていた「泣き声」に耳を澄ます。

メーターじゃない。もっと、家の奥深くからだ。


おれは佐藤さんの許可を得て、寝室を調べさせてもらった。

ご主人が横になっているベッドの、その真下の床板。

そこから、微弱だが、明らかに異常な磁場の乱れを感じた。


「ここだ…!」


床板を剥がすと、そこには古いブリキの箱が埋められていた。

中に入っていたのは、一枚の古い写真と、錆びた軍隊認識票。

佐藤さんに尋ねると、それは彼が幼い頃に戦死した、顔も知らない伯父さんの遺品だという。先祖代々の土地に家を建てた際、父親が供養のつもりで埋めたものらしかった。


その遺品が、再開発工事の影響か何かで、土地の磁場と共鳴し、家全体の空気を乱していたのだ。ご主人の体調不良も、ポルターガイストも、メーターの異常も、すべてがこれに起因していた。


ブリキの箱を丁重に取り出し、近くのお寺で供養してもらうと、家の空気は嘘のように軽くなった。メーターの針も、ピタリと静止している。


帰り道、電柱の陰から、ひょっこりとありさが顔を出した。

「やっと気づいたんだ。鈍いなあ、検針員さん」

「…お前な」

「診断料、高いわよ?」


悪戯っぽく笑う彼女に、おれはもう怒る気力もなかった。

ただ、深い、深いため息をつくだけだ。


「お前のやり方は、悪質すぎるんだよ、まったく…」


結局、彼女はいつもそうだ。

遠回りなヒントしかくれない。

だが、そのヒントがなければ、おれは決して真実にたどり着けない。


本当に、厄介で、かけがえのないパートナーだ。


(了)

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