第5話続・エピローグ:富樫明生の爆笑と「歩いてきた女」


富樫警官が安藤ありさの壮絶な過去(武勇伝)を語り、山伏慶太が絶句するシーンを構成します。

これまでのコメディタッチな雰囲気に、彼女のキャラクターの深みを加えるエピソードです。


***


### 続・エピローグ:富樫明生の爆笑と「歩いてきた女」


「磁気ネックレス事件」から数日後。

おれ、山伏慶太は、またしても生活安全課の富樫さんの元に呼び出されていた。

もちろん、事件がらみだ。最近、どうも普通の検針業務より、こっちの「課外活動」の方が忙しい。


「…で、今回の磁場の乱れは、駅前の再開発エリアですか」

「ああ、そうだ。古いビルを取り壊してるんだが、作業員が妙なものを見たとか、機材が勝手に動くとかで騒ぎになっててな。まあ、よくある話だが…一応、君たちの意見も聞いておこうと思ってな」


富樫さんはそう言いながら、分厚いファイルをデスクに置いた。

表紙には「安藤ありさ」と書かれている。


「あの…富樫さん? これ、今回の事件と何か?」

「いや、事件とは関係ない。君に渡しておこうと思ってな。彼女のこれまでの…まあ、調書みたいなもんだ」


おれがファイルに手を伸ばそうとすると、富樫さんはニヤニヤしながらそれを止めた。


「その前にな、山伏君。君は安藤君のこと、ただの『ちょっと能力が使える、ひねくれた女』くらいに思ってるだろ?」

「え…まあ、はい。面倒くさいですけど、根は悪い奴じゃ…」

「はっはっは! 甘い! 甘いな、山伏君!」


富樫さんは突然、腹を抱えて笑い出した。涙目になりながら、デスクをバンバン叩いている。


**「あのな? 山伏君よ。聞いて驚くなよ!」**


富樫さんは咳払い一つして、声を潜めた。


**「彼女、安藤ありさな? 10代の頃、奥飛騨の山中に生き埋めにされたことがあるんだと」**


「…………は?」


おれの思考が停止した。

生き埋め? 奥飛騨? なんだそれ。


「とあるカルトまがいの団体に色々あってな。まあ、詳細は省くが、とにかく雪深い山の中に深々と埋められたらしい。普通なら一巻の終わりだ」

「…………」

「だがな、彼女は自力で穴から這い出してきたんだとよ」


富樫さんは、もう笑いを堪えきれないといった様子で肩を震わせている。


「で、だ。驚くのはここからだぞ。彼女、そこからどうやって帰ってきたと思う?」

「…さあ。誰かに、助けを…」

「違うね! 彼女、奥飛騨から東京までだぜ?**『歩いて来ました』**って交番に駆け込んできたんだとよ!」


富樫さんはついに堪えきれず、椅子から転げ落ちそうになるほど大爆笑している。


「はっはっは! どうだ、すごいだろ! GPSもスマホもねえ時代だぞ! 標高何千メートルの雪山から、野生の熊よりタフな生命力で、何百キロも踏破してきたんだ! もう人間じゃねえよ、あれは!」


おれは声も出なかった。

ただ、目の前で腹を抱えて笑い転げる中年刑事と、「安藤ありさ」と書かれたファイルの文字を、呆然と見比べていた。


あの、気まぐれで、すぐに拗ねて、時々寂しそうな顔をする彼女が。

奥飛騨の雪山から、東京まで、歩いて…?


おれは自分の首にぶら下がっている磁気ネックレスに、そっと触れた。

肩こりがどうとか、磁場をブロックしたいとか…なんてちっぽけな悩みだったんだろう。


彼女が持つ、あの凍てつくような孤独と、底知れない生命力。

その根源を、ほんの少しだけ、垣間見た気がした。


「…富樫さん」

「ん? はーっ、笑った笑った」

「そのファイル、やっぱり読ませてください」

「おう。だがな、山伏君」


富樫さんは笑い涙を拭いながら、真面目な顔で言った。


「彼女の磁場に、二度と逆らおうなんて思うなよ。生き埋めにされても歩いて帰ってくる女だ。君ごときの磁気ネックレスでどうにかなる相手じゃないぞ」


その言葉は、奇妙な説得力を持っておれの心に突き刺さった。


(了)

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