技術転生。現代に錬成師として生まれた僕はやりたいように生きる。

空落ち下界

第1話 その高校生、発明のスケールがおかしい

 佐藤康太にとって、世界は『もっと効率化できる余地』に満ちていた。

「……よし。これでようやく、母さんの掃除が楽になるはずだ」

 築二十年の佐藤家のリビング。康太は、床に置いた円盤状の機械を満足げに見つめた。

 見た目は市販のロボット掃除機――通称『ルンバ』だ。

 だが、その中身は魔改造どころの騒ぎではない。

 康太が幼い頃から頭の中に響いていた『知らない誰かの声』

 成長するにつれ、それが高度な『錬成術』の構築理論であると理解した彼は、趣味の電子工作にその知見を混ぜ合わせるようになっていた。

「康太ー、そろそろご飯よ? また何か変なもの作ってるの?」

 台所から母・玲那が顔を出す。

「変なものじゃないよ。ルンバの改良型。ほら、うちの掃除機、ラグの段差でよく止まるだろ?」

「ああ、あの段差ね。買い替え時かしらってパパと言ってたんだけど」

「買い替えなくていいよ。これなら『段差』そのものが関係なくなるから」

 康太が起動スイッチを押す。

 通常なら「ウィーン」とモーター音が響くはずだが、リビングを支配したのは完全な静寂だった。

 次の瞬間、掃除機は床から数センチ浮かび上がった。

「えっ……浮いてるわよ、康太!?」

「うん。タイヤだと摩擦抵抗でエネルギー効率が悪いし、騒音の元だからね。簡易的な『重力中和陣』を組み込んだ回路を基板に焼き付けてみたんだ。これなら深夜に動かしても下の階に響かないよ」

 玲那は呆然と立ち尽くす。

 浮いている。磁力でも風圧でもない。掃除機は物理法則をあざ笑うかのように、滑らかに、そして音もなく空間を滑走し始めた。

「あと、ゴミを吸い取るのも非効率だから、吸い込み口に『物質分解・再構成』の術式を……ええと、ナノレベルの超振動カッターを組み込んでおいた。吸い込んだゴミは体積を一万分の一に圧縮して、内部のコンテナに収納する。一年間はゴミ捨て不要だよ」

「……それ、今の科学でできることなの?」

「さあ? でも、ネットで拾った回路図に、頭の中にある『文字』を少し書き足したら動いたよ」

 康太は屈託のない笑顔で言った。

 彼にとって、異世界の錬成術は「便利なツール」に過ぎない。電子回路に魔導の術式を「ハック」して書き込む作業は、彼にとってプラモデルを組み立てるのと同レベルの日常だった。

「康太……あなた、いつか本当に大変なことをしでかしそうね……」

 玲那は、音もなくフローリングの上を浮遊する掃除機を見つめながら、遠い目をして呟いた。

 その掃除機が、もし軍事関係者の目に留まれば、レーダーに映らない「完全静音浮遊技術」として国家予算並みの価値がつくことなど、この時の親子は知る由もなかった。


 翌日。

 私立聖鳳高校。康太が通う学校では、文化祭の準備が佳境を迎えていた。

「おい康太! ちょっと助けてくれよ!」

 校門をくぐるなり声をかけてきたのは、親友の工藤健だった。ガジェット好きで、新しい物好き。

康太の『少し変わった発明』を面白がる唯一の友人だ。

「どうしたんだよ、健」

「演劇部の衣装だよ! あいつら、演出で『空から天使が舞い降りる』とか無茶言いやがって。ワイヤーアクションは予算オーバーだし、かといってハシゴから飛び降りるわけにもいかねーだろ?」

 健はスマホの画面を見せながら嘆く。

「康太のその、変な技術でなんとかなんないか? ほら、前に見せてくれた『よく飛ぶ紙飛行機』の理屈とかさ!」

「ああ、あれね。……まあ、衣装を浮かせるくらいなら、ルンバの応用でいけるかな」

 康太は軽く頷いた。

 彼が思い描いたのは、着るだけで慣性制御を行い、着用者の意志で空中を自在に歩ける『魔法の繊維』。

「よし、ちょっと部室に案内してくれ。ついでに耐火性と絶対に汚れない加工もしておいてあげるよ。文化祭中に衣装を汚したら、あいつら泣くだろ?」

 この何気ない「親切心」が、後に世界を震撼させる『全領域対応型・超機動スーツ』のプロトタイプになるとは、この時の康太も、そして健も、全く予想していなかったのである。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る