濁一色
@iRRe
第1話 鈍色
晴れているのか曇っているのか、判然としない空の下で、彼は今日も職場のオフィスに座っていた。いつもと同じ仕事、同じ時間、同じ空気。四階の窓際にある彼のデスクは、逃げ場もないほど外の景色を押し付けてくる。
今日は12月28日。つまるところ「年末」というやつで、気の抜けた緩い顔をして歩く人が増え、街全体が根拠もなく浮き足立っている。
そんな中、彼のスマホがうるさく振動した。この端末が音を立てるのは非常に珍しく、大抵ろくでもない用件のときだけだ。彼は反射的に席を立ち、個室トイレという安全地帯に逃げ込んでから、ようやく画面を確認した。
『林田 一輝:年末帰ってくる?久しぶりに弟の顔見たいな(笑)』
兄は相変わらず、こんな弟のことを気にかけてくれるらしい。その事実が少しだけ鬱陶しく、同時に、なぜか可笑しくもあって、彼は自分でも意外なほど穏やかな笑みを浮かべていた。帰省なんて微塵も考えていなかったが、兄に会うためなら帰省するのも悪くないかもしれないと思い、彼は返信を打たず、スマホをしまった。交通機関の運行状況でも調べながら仕事後にでも返そう。そんなことを彼は呑気に――あまりにも呑気に考えていた。
トイレから自分の机に戻り、自分の今日の仕事を確認した瞬間、「残業」という二文字が頭をよぎった。もし兄のような人間であれば、こんな安月給で残業まみれの生活を選ぶことすらなかっただろう。そう思った瞬間、胸の奥に鈍い嫉妬が沈んだ。
―――私の兄である
一方弟である私、
両親はそんな兄と私を大切に不平等に育てた。だが、そんな両親を私は恨んではいない。将来が明るい子に多く期待するのは自然だと思っている。しかし、居心地が悪いのも確かで、上京してから4年経った今もまだ一度も帰省していなかった。連絡だけは定期的に寄越すようには言われているが、おそらく心配というよりは監視や管理に近いものだろう。
職場からの帰り、視界に入るものすべてが鬱陶しかった。そんな中、また彼のスマホがうるさく振動した。彼は兄からの連絡に返信をしなければいけないことを思い出しながら、
「はい。」と口に出した瞬間、咽び泣いているとても母のものとは思えない声が耳に入り、只事ではないということがすぐにわかった。面食らっていると、母が嗚咽混じりにようやく言葉を発した。
「一輝が・・・死んだの。」
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