Life1の死霊使い!~前世の嫁を召喚したつもりが別人だった件~

るろ

第1話 嫁、召喚!


「マケド鉱石が少量、モモワラシの羽根が一羽分、それからハナバオオバチの蜜蝋……あとはどれだ。マダラガエルの唇で、足りるか」


 光を拒んだ暗室で、僕は呪文とも数え歌ともつかない独り言を転がす。

 石壁に吸い込まれていく声は、やがて自分の耳にすら届かなくなり、ただ沈黙だけが濃度を増していった。


 これから執り行うのは大魔術――死した魂を現世へ引き戻す、死霊召喚の術である。

 魔術師であれば誰しも眉をひそめるだろう。禁忌に近く、悪趣味で、実用性も乏しい。

 それでもなお、僕はこの術式を選んだ。


 ——一体、何を召喚しようというのか。

 この魔術社会において役に立つ博識な守護霊。

 右腕となる優秀な執事。

 あるいは日々の孤独を慰めてくれるサキュバス――。


 一瞬、それらの姿が脳裏をよぎる。だが次の瞬間、すべてを払い落とした。


 否。

 断じて否だ。


 それらを束ね、飾り立て、価値を天秤にかけたとしても、決して釣り合わないものがある。

 僕が欲しているのは、ただひとつ。


 最愛の人。

 前世の――嫁だ。


 僕の名はハトバ・イズヒト。

 かつてこの国を統べ、千年前に絶大な魔力とともに歴史に名を刻んだ王、

 カイス・イブン・アル=ウラキウス。

 その転生者である。


「よし、準備は整った。今度こそよみがえらせてやるからな――アーイシャ」


 胸の奥が熱を帯び、心臓が早鐘を打つ。

 僕は傍らに置いていた、天を噛み砕かんばかりの重厚で鋭利な牙を手に取った。

 雪原に棲む狂暴な飛竜の牙だ。


 「ください」と頼んだだけで、命ごと差し出してきた。

 神秘の象徴者ともなると、奉仕の精神に溢れているらしい。

 実にありがたい話だ。


 僕はためらいなく、その牙で自身の手の甲を切り裂いた。


っ……!」


 買ったばかりの調理ナイフなど比べ物にならない切れ味で、牙は一瞬にして皮膚を割き、真紅の血を噴き上がらせる。

 熱と鈍い痛みが遅れて押し寄せ、思わず眉をひそめた。


 ――この牙、量産できたらどうだろう。


 飲食業界から引く手あまたで、包丁ではなく飛竜の牙が主流になる未来も悪くない。

 今のうちに特許でも取っておくべきかもしれないな。


 そんな馬鹿げた考えを意識の片隅に追いやりながら、僕は床に刻んでおいた魔法陣へと手をかざす。

 滴り落ちる鮮血が、刻線をなぞるように流れ込み、陣は静かに脈打ち始めた。


 石床に描かれた円環が、まるで息を吹き返したかのように赤く染まっていく。

 ――ここからだ。

 


 幾重にも重ねられた大型魔法陣が、深紅の光芒を放つ。

 骸骨兵を一体呼び出す程度であれば、ここまで大仰な準備は必要ない。


 今回は違う。

 特定の人間を名指しし、なおかつ記憶までも前世のまま――完全な形でよみがえらせる術だ。


 いかに強大な魔力を誇る魔術師であろうと、求められるのは力ではなく精度。

 一つの符号のずれ、一拍の詠唱の狂いが、すべてを無に帰す。


「……いける。いけるぞ」


 喉の奥から、震えるような声が漏れた。


 魔法陣の光は次第に増幅し、やがて赤い閃光へと変わる。

 眩さに目を細めながら、僕は術式の中心を凝視した。


 光の粒子が渦を描き、人の輪郭を形作っていく。

 肩、胸、指先――失われたはずの存在が、確かな質量を伴って現れつつある。


 順調だ。

 少なくとも、ここまでは。


 だが――問題は、ここから先だ。


 僕は前世において“最強”と謳われた魔術師だった。

 しかし、その力のすべてを現世に持ち越せているわけではない。


 この術は、転生後の世界で十年以上、繰り返してきた。

 それでも、一度として成功していない。


 失敗の数が数千を超えたあたりで、数えることをやめた。


「……ここまでは、いつも出来る」


 歯を噛み締める。


「一体、何が足りない……!」


 完成しかけた“彼女”の輪郭が、わずかに揺らいだ。


 足元には、数多の失敗作──いや、人ではない何か──が転がっている。

 このままでは、狭い1DKの部屋が無秩序なガラクタの山に埋もれてしまう。

 大家に目を付けられたら、即座にホームレス行きだ。


 生活を賭けた緊張が、胸の奥で小さく爪を立てる。

 思考を必死に巡らせるも、いよいよ空間がガタガタと震え出した。


「やばい……やばいよ、これは……失敗の前兆だ……!」


 錯乱した声が、部屋の狭い壁に跳ね返る。

 昨日は水道管の破裂、そして一昨日はガスボンベの不調……。

 もはや言い訳の材料も尽き果てたのに、僕の口は止まらない。


「もう、もう爆発のネタがないんだけど、どうすれば……ゆで卵をレンジで加熱した……いや、そんな言い訳がまかり通るのか!?」


 絶望に近い焦燥と、どこか滑稽な自問が、部屋の空気をねじ曲げる。

 そんな時、不意に──足が床に転がる過去の失敗作の一つに取られた。



「うわあっ――あだっ!」


 そのまま情けなくひっくり返った。

 腰に走った鈍い衝撃は、僕が趣味で集めていた美少女フィギュアのディスプレイ棚からの、容赦ない制裁だった。


 視界が傾き、時間が引き延ばされる。

 強い衝撃に耐えきれず、が悲鳴を上げるように宙を舞い、床へと散っていく。その光景は、なぜだかやけに鮮明で、残酷なほどスローモーションだった。


「うあああ……こんな時に……!」


 慌てて起き上がり、床に散らばった彼女たちに縋りつく。


「ミチコちゃん……ユカちゃん……ああ、マリアちゃんまで……。だ、大丈夫だよね? 腕、折れてないよね……?」


 半べそをかきながら、一体ずつ丁寧にボディチェックをする。

 細いパーツ、繊細な塗装。どれも無事であってくれと、祈るように撫で回す。


 ――そこで、ふと我に返った。


「……じゃ、なくてガチ嫁ぇ!」


 声に出して、自分を叱咤する。


「 僕は一体、何のためにここまで来たんだ」


 床に座り込んだまま、胸の奥を強く叩く。


「ろくに学園にも通わず、普通の人生も投げ打って……全部、アーイシャと再会するためじゃないか……!」


 視線が、まだ赤く脈動する魔法陣へと戻る。

 震える空気。失敗の予兆。


「考えろ……まだ、やりようはあるはずだ」


 前世で、死に別れるその瞬間に託されたもの。

 アーイシャの魔力。彼女の温度と、記憶と、祈りの残滓。


「……それを全部、注ぎ込めば……形になるか?」


 呟きは、願いに近かった。

 無謀で、危険で、それでも他に道はない。


 床に散らばる“嫁達”と、赤く光る魔法陣。

 現実と狂気の境目で、僕は歯を食いしばった。


 アーイシャを蘇らせる計画は、前世の時代から温め続けてきたものだった。

 思いつきでも、狂気の産物でもない。長い時間をかけて研ぎ澄ませてきた、唯一の希望だ。


 あらゆる時を共に過ごした最愛の嫁、アーイシャは病で死んだ。

 王として、魔術師として、国を支配する力を持っていても――命ひとつ、救えなかった。


 だからこそ、死の間際に彼女の魔力を譲り受けた。

 転生し、再びこの世に生まれ落ちた時、それを使って彼女を呼び戻す。

 それが、僕と彼女が交わした最後の約束であり、当初からの計画だった。


 迷っている場合じゃない。

 今ここでアーイシャの魔力を使わずして、いつ使うというのだ。


 僕は胸に手を当てる。

 心臓のさらに奥――この身に宿り続けてきた、一際あたたかな魔力の源を、そっと引きずり出す。


 それは黄金色に輝く光の束となって現れ、やがて溶けるように形を変えた。

 光は液体へと変じ、手のひらにすくえるほどの量となって、静かに揺れている。


 懐かしい。

 この魔力は、彼女そのものだ。


 僕はそれを、赤い閃光のほとばしる魔法陣の中心へと、ためらいなく注ぎ込んだ。


「アーイシャ……」


 声が、震える。


「君のためなら、僕は……僕の全てを差し出したって構わない」


 喉の奥が、ひどく熱い。


「……君に、会いたい」


 アーイシャの魔力を得たことで、魔法陣の中の粒子が激しく脈動する。

 人の形をなぞっていた曖昧な輪郭は、次第に意味を帯び、線を持ち始めた。


 肩の丸み。

 細い腰のくびれ。

 長い髪の流れ。


 ――女性の姿へと。


 それは、かつて何よりも愛した存在の面影を、確かに宿し始めていた。


「アーイシャ……!」


 声が、掠れて震えた。

 この瞬間を、どれほど待ちわびてきたことだろう。

 どれほど幾夜も夢に見て、幾度も同じ幻を追いかけてきたことか。


 前世では、死を司る悪魔のもとへすら赴いた。

 魂を差し出す交渉まで持ちかけ、それでも叶わなかった願いだ。


 視界が滲み、熱いものが瞼の裏に溜まり始める。


「……いや」


 僕は、ふと違和感を覚えて首を傾げた。


 あの死神は言ったのだ。

 ――たとえ僕の魂を代価にしたとしても、それは実現しない、と。


 なのにどうしてだ。

 アーイシャ自身の魔力を用いたとはいえ、あまりにも順調すぎる。


 目を細め、光の渦の中心にある彼女の姿を凝視する。

 一見すれば、完璧に見えた。

 だが、よく見なければ気づけないほど微細な歪みが、全身の輪郭を震わせている。


 魔力を帯びた肉体が、この世に定着することを拒んでいる――そんな震えだ。


 おそらく、死後の世界から無理やり引き戻された魂は、現世で長く形を保てない。

 あと数分もすれば、この光はほどけ、粒子は散り、

 またしても「人ではない何か」へと変じてしまうだろう。


 ――いつものように。


「……まだ、足りないのか?」


 呟きは、ほとんど独り言だった。


 もう、失敗は十分だ。

 恋い焦がれる時間も、喪失に身を浸す夜も、数えきれないほど味わった。


 過去に縋り、思い出に胸を抉られる生き方は、もう終わりにしたい。


 僕は、何のために生きてきた。

 この命を賭して、やるべきことは何だ。


 そう自問しながら、僕は唇を強く噛み潰した。



「僕は……!」


 喉が裂けるほどに、叫んだ。


「僕は、アーイシャと再会するためだけに、この世界を生きてきたんだああ!

 僕の魔力が欲しいなら、全部くれてやる!

 足りないなら心臓でも何でも持っていけ!

 それでも足りなきゃ、来世の僕から取り立てろ!

 この、欲張り女房があああ!」


 両腕を突き出す。

 差し出したのは魔力だけではない。

 命も、未来も、輪廻の先にある可能性さえも――すべてだ。


 全身が焼けるように熱い。

 内側から臓腑が煮え立ち、身体が今にも弾けて四散しそうになる。

 並の魔術師であれば、ここまでの消耗に耐えきれず、すでに塵と化しているはずだった。


 部屋中を黒い稲妻が駆け巡り、

 やがて鼻腔を刺す、鉄と腐臭が混じったような死の匂いが漂い始める。


 それでも――

 それでも僕は、アーイシャに会いたかった。


 やがて、音が消えた。

 世界が遠のき、耳鳴りだけが残る。


 視界が白く滲んでいく。

 眼球が溶け落ちたのか、それとも、すでに僕は死んだのか。

 何もわからない。

 触覚も、痛みも、熱も、思考すら輪郭を失っていく。


 ――n回目の失敗。


 今度こそ、終わりなのかもしれない。


 まあ、いい。

 ろくに友達も作らなかった。

 魔術演舞デュエロ・マギアに出場することもなかった。

 この世界に、僕の死を悼む者はいないだろうし、

 僕自身、後悔と呼べるほどの未練もない。


 そう思った。

 ――その時までは。



「……ス様、カイ……様……」


 耳の奥で、水に溶けるような声がした。

 不思議と胸が静まり、永い旅路の終わりに辿り着いたような安らぎがある。


 ――ああ、アーイシャ。

 君が迎えに来てくれたんだね。

 ようやく、会えた。


「カイス様!」


 乾いた音が弾けた。


 次の瞬間、頬に走る鋭い痛み。

 反射的に上体を跳ね起こす。


 ……叩かれた?

 今の、誰に?


「カイス様、良かった! 本当に良かったです!

 死んでませんね! あ、私はもう死んでますけど。えへへ」


「……アーイシャ、なのか?」


 視界がはっきりする。


 そこは、炭のように焼け焦げた一室だった。

 溶けた床、崩れた魔法陣、焦臭い空気。


 そして――

 僕の目の前に立つ少女。


 背中まで伸びる茶色の髪。

 琥珀色に澄んだ瞳。

 一糸まとわぬ、あまりに無防備な姿。


 彼女は、まるで春の陽だまりのような声で言った。


「はい。あなたのアーイシャ・ラフティマ・レジットですよ?

 地獄の底から、現世に戻ってきちゃいました」


 ――n回目の死霊術。

 ついに、嫁と現世で再会した。


 ……はずだった。


「……お前、誰だよ?」


 喉から零れた声は、自分でも驚くほど冷えていた。


 僕の目の前にいるのは、

 記憶の中のアーイシャでも、

 千年前に愛した妻でもない。


 ただの――

 本当に、見知らぬ女だった。




Life1の死霊使い!~前世の嫁を召喚したつもりが別人だった件~

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