08
流太家のリビングのソファで目を覚ますと、起き手紙が置いてあった。
『起こしても起きなかったので、先に学校にいきます。鍵は今度あったときに返してください。 流太陽』
俺はテーブルに置いてある流太家の鍵を持って、学校に向かった。着いたのは、ちょうど三限目が始まったところだった。
クラスメイトの邪魔をして教室に入るのも憚られたから、授業が終わるまで時間をつぶすことにして芸術科の校舎に向かった。
絵画コースのアトリエAの中を覗くと、むき出しのパイナップルをじゃぶじゃぶかじっている月島がドアの窓越しに見えた。
壁にたてかけた家族連れの絵を、離れた場所からじっと見てる。バランスや色味が崩れてないか確認してるんだろう。鍵の壊れているドアを開けて、中に入った。
「さぼり仲間発見。なぁ、他になんか買ってねえの?」
制作スペースの机の上にビニール袋が置いてある。中を覗くも空だ。がっかりしてる俺を見ずに月島が言った。
「昨日流太さんからもらった最後の一個の羊羹ならその横にあるよ」
「昼に羊羹か」
文句を言いつつ羊羹の個包装を剥がしてかじる。中の密度がずっしりで、蜜を含んだ栗が入っていた。まぁまぁ美味い。
「これ久しぶりに食べたわ。お中元によく届くんだよな」
「僕にきたのはお中元じゃなく、学祭トラブルのお詫びだったけど。それよりペアコンサートの進捗どうなのさ」
ペラペラの皮だけになったパイナップルをゴミ箱に投げ捨てる月島に訊ねられる。俺は自分のカバンの外ポケットに手を突っ込んだ。中にはなにも入ってない。よし!
「多分、陽ちゃんが申込書出しに行った。急かしたのが正解だったな」
「辛抱強くよく待てたね。僕なら流太さんの了承なんか待たないで、勝手に名前書いて、勝手に生徒会に出しちゃうけど」
「陽ちゃんが自分で決断して、自分で提出しにいくことに意味があるんだよ」
「さすが経験者だ。挫折した人の扱いがうまい」
「うるせえな」
俺は月島の隣に立って、デパートの中を歩いている家族連れの絵を眺めた。青好きの月島はいつも絵のどこかに青をいれて、それが評価されている。
満足いく仕上がりだったのか、月島は立ち上がり絵の梱包作業をはじめた。
「イロモノ作家は大変だな」
「これから正式な人気作家になる予定だから、まぁ見ててよ。僕はちゃんと評価されるよ」
月島は自信ありげに笑った。でも、突然真剣な顔になる。
「余計な回り道をしないようにね志麻。タイムリミットがあるんだからさ」
「わーってるよ、ご心配なく。でもこんな状況になってつくづく思うね。家庭のいざこざや学校の悩みを持たない人間でよかったわー俺。そのおかげでこれから十月まで心おきなく、陽ちゃんと行動できる」
「……そう」
クラフトマスカーで絵を保護する作業に集中しはじめた月島は、それ以上なにも言わなかった。羊羹を食べ終えた俺は、欠伸をするフリをして机に突っ伏した。
カバンの外ポケットに申込用紙が入ってないのをもう一度確認してから、月島にばれないように涙を拭った。
俺はここから、自分のために全てを懸けなければならない。
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