03





 ――――お昼ごはんを買いに優里と教室を出て外に向かうと、学校の敷地内はどこもかしこもお客さんで溢れて賑やかだった。



 普通科と芸術科コースそれぞれのクラスが受け持つ店や、部活ごとの出し物があっちこっちで開かれている。


 通りすがったお姉さんが「高校なのに、私がいる大学より派手なんだけど」笑っていた。クレープの生クリームを唇の端につけてるのが豪快でかわいい。



「私、ああいう風に思いきりスイーツを食べる大人になりたい」


「今食べればいいじゃん」


「でも今は生クリームって気分じゃないよ」


「陽って以外に偏食ぅ」




 食べ歩きを楽しむ人達が持ってる焼きそば、たこ焼き、フランクフルト、カラフルなクッキーが載ったミニパフェをジャッジしながら、優里とあちこちと歩いていく。



 ひどかどの人物を輩出してる芸術科はおしゃれな食べ物や出し物を開いてて、普通科の学生は夏祭りでよく見る食べ物や出し物に振り切っていた。


 二つの国を行き来してるみたいで楽しい。ひとしきり歩いたあと、優里は芸術科のりんご飴を、私は普通科でバニラシェイクを買った。




「りんご飴があるなんて、ちょっと頑張りすぎだよね」



 私の隣を歩く優里が、丸いりんご飴を舐めて笑った。飴は、太陽の光を閉じ込めたように輝いている。優里がりんご飴に白い歯をたてると、小さくキュルキュルという音がしてから、パリッと表面が割れた。



 ツインテールの先が揺れて飴にひっつきそうになってたから、私はお嬢様のドレスの裾を持ち上げる従者のように慎重に優里の髪を持ちあげた(触るもの全てがダメってわけじゃない)。



「飴に髪くっついたら地獄だよ」


「やばい、それ絶対やだ。ありがと陽」




 優里のスマホが鳴ったのは、怖いと噂のホラーハウスを飛び出したときだった。



「もしもし颯(はやて)君? うん、今ね、陽と一緒に外にいるよー」



 颯君は隣のクラスのバスケ部員で、優里の彼氏だ。いつもニコニコ笑って、不正が嫌いな優等生タイプ。



 優里は中学の頃、ちょっと悪い先輩と付き合ってから、マナーを守れない人が死ぬほど嫌いらしい。『未成年でタバコと酒なんて、絶対無理。三億年の愛も冷めちゃうよ』が優里論だ。




「ごめん陽、颯君とこ行ってきていい?」


「いいよ。すぐに帰ってこないでね」


「こういうときは“すぐに帰ってきてね”って言うんじゃないの?」


「ちょっとひねくれてみた。いってらっしゃい」


「もー」



 ポケットからマスカットの匂いがするハンドクリームを手に塗りながら、優里がわざと口を曲げた。私はそれとなく両手を自分の背中に隠す。


 先月、「余ったハンドクリームもらって?」と、両手にべったりクリームをつけられてぞわっとしてから、優里がハンドクリームを塗るときは安全策をとるようになった。



 誤解ないよういっておくけど、優里のことは大好きだ。韓国アイドル好きで、憧れの彼女達に近づけるよう日夜自分を磨いている努力家の優里は、外見も中身も素直で可愛い。



 自分が気に入ったものはケチることなく、誰かにお裾分けできる女の子。



 でも、そんな無邪気な優里から繰り出される“突然”が怖い。


 突然、肌が密着するほど抱きしめられる。


 突然、ハンドクリームをお裾分けさせられる。


 突然、手を繋がれる。



 些細なことで容易く友情の糸は切れる。だから、ハンデなんて打ち明けられない。




 颯君の元に去っていく優里と別れて一人になった私は、人にぶつからないように密集している場所を避けて敷地内を歩く。



 自販機でジュースでも買って教室に戻ろうとしていると、「流太さん」と名前を呼ばれた。声がする方を見た私は――「あっ」と表情を歪ませた。



 グラウンドとコンクリートの境目に設置されてる長テーブルで、アンケート用紙を配っている秋澤理香子と目があった。秋澤理香子の側には、眼鏡をかけた男子生徒が立っている。



「やっぱり流太さんよね?」



 秋澤理香子に手招きされる。無視する度胸がなくて、私は作り笑いをしながら秋澤理香子の元に向かった。ずっとコンタクトを避けて生活してたのに……。



「久しぶり秋澤さん。身長、の、伸びたね」

 やばい、声が震える。



「びっくりした。流太さん、うちの高校にいるなんて知らなかった」


 世間話にのってこないクールな秋澤理香子、昔と全然変わってない。私は取り繕うように、ふふふと笑った。



「普通科と芸術科って校舎離れてるもんね。登校時間も私は普段、結構遅いし」


「そんなことより流太さんが普通科にいるのはなぜ?」


 猛禽類みたいに鋭く睨まれる。私は視線を泳がせた。



「なぜってそれは……受験したから」」


「全国ジュニアピアノコンクールで三年間も一位になった人が普通科の世界でおさまるの?」


「はぁ、マジ? 全ジュニで三年一位とったのこの人!」



 秋澤理香子の隣にいた眼鏡の男子生徒が突然、勢いよく長テーブルから身を乗り出してきた。

 あぁ嫌だ。ピアノの話なんてしたくないのに!!



「やばいでしょ、実質小学生の日本一じゃん。俺も何回か受けたけど、予選一回突破のみだよ。なぁ、いつとったの?」


「……小二の話だよ。そこから一応、三年間ぐらいは……」


「じゃあ国フェスにも派遣されたろ?」


「国際待遇は六先生からしかもらえないから……」



 じろじろ見られてぐいぐい迫られるから、私はじりじりと後ずさるしか術がない愛想笑いで、必死に返した。



「過去の栄光だよ。ピアノは小五で挫折してから一回も弾いてないし。エリーゼのためにも引っかかると思うよ。ヘ音記号も多分読めないし」


「挫折の理由は“触感”のせい?」



 秋澤理香子が私の指を見つめた。

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