令和サヴァイヴ

鷹山トシキ

第1話 ​飛騨の残光、憑依の産声

 西新宿の雑居ビルにあるコールセンター。楯弘樹たてひろきは、鳴りやまないクレーム対応の電話を切り、深く溜息をついた。29歳、派遣社員。貯金もなければ、未来の展望もない。

​「……何やってんだろ、俺」

​ 2025年11月1日。世間は三連休の初日に浮き足立っていたが、彼には関係のない話だ。そんな彼のスマートフォンに、一通の奇妙なプッシュ通知が届いた。

​【「戦国・レガリア・プロジェクト」を開始します。最初の欠片は、黄金の茶室を愛した名匠の地に。】

​ 画面には地図が表示されている。指し示された場所は、岐阜県高山市。

「スパムか?」と舌打ちして消そうとした瞬間、画面から眩い光が溢れ、弘樹の意識は一瞬だけ遠のいた。気がつくと、彼の手の中には、プラスチックでも紙でもない、鈍く光る黒鉄のカードが握られていた。

​ そこには金泥でこう記されている。

『金森 長近かなもりながちか

​「金森……長近?」

​ その名を口にした瞬間、鼓動が激しく波打った。脳裏に、雪深い飛騨の山々と、整然と並ぶ高山の町並みが、自分自身の記憶ではない映像として流れ込んでくる。喉の奥が熱くなり、これまで感じたことのない「理知的で冷徹な高揚感」が全身を支配した。

​「……表を歩くには、少し身なりが奔放すぎますな、あるじ

​ 自分の口が、勝手に動いた。低く、落ち着いた、しかし威厳のある老練な声。

 弘樹は慌てて洗面所に駆け込み、鏡を見た。鏡の中の自分は、相変わらず冴えない顔をしている。しかし、その瞳だけが、獲物を定める鷹のような鋭い光を宿していた。

​ その時、背後で気配がした。

 非常階段の踊り場。そこに、自分と同じように黒鉄のカードを掲げた男が立っていた。男のカードには、荒々しい筆致で『柴田勝家』の名が踊っている。

​「10人のうち、一人はもう見つけた。金森長近か……小賢しい策士は、俺の突進(チャージ)で粉砕してやるよ」

 ​男の身体が膨れ上がるように見えた。いや、実際には変わっていない。男の背後に、巨大なイノシシの幻影を背負った、鎧武者の残像が見えるのだ。

​「……やめろ、俺はそんな争い……!」

 弘樹の叫びを無視して、男が突進してくる。

​その瞬間、弘樹の脳内にカードが囁いた。

『案じ召されるな。つわものの道、この長近がお教えしましょう』

​ 弘樹の右手が勝手に動き、手近にあった清掃用のモップを掴む。それは、ただの清掃用具ではなく、敵の突進をいなす「槍」へと、彼の意識の中で変貌していた。

 2025年12月31日まで、あと61日。

 全国を舞台にした、魂の奪い合いが幕を開けた。

 物語の鍵を握る最初の武将、**金森長近**について解説します。

​ 彼は戦国時代から江戸時代初期にかけて生き抜いた武将であり、信長・秀吉・家康という「三英傑」すべてに重用された稀有な実力者です。単なる武力だけでなく、**「行政能力」と「美的センス」**に長けていたのが最大の特徴です。


 ​1. 基本プロフィール

​ 出自:美濃国(現在の岐阜県)出身。元は織田信長の側近である「赤母衣衆あかほろしゅう」の一員。

​ 功績:柴田勝家の与力として北陸平定に従事し、後に飛騨国(高山)を平定。初代高山藩主となる。

​文化人としての顔:千利休に師事した**「利休七哲」**の一人に数えられる茶人。


 ​2. 物語の設定に活かせる「3つの強み」

​ この物語において、楯弘樹に憑依した長近がなぜ強いのか、その根拠となる史実の要素です。

 ① 「城下町の設計者(アーバン・プランナー)」

​ 長近は現在の高山市の基盤を築いた男です。京都を模して町を碁盤の目状に整備し、宮川を鴨川に見立てるなど、ゼロから理想の空間を作り上げる能力に長けていました。

​ 能力への反映:何もない空間に自分の領域(テリトリー)を上書きする、あるいは敵が作った結界の「構造」を理解して解体する能力。

 ② 「戦う茶人」

​「茶の湯」は単なる趣味ではなく、極限状態での精神統一や外交の手段でした。長近は秀吉の軍師・黒田官兵衛とも親交が深く、知略に長けていました。

​能力への反映:敵の殺気を茶室のような静寂で包み込み、無力化する。あるいは、相手の精神的な隙を突く「おもてなし」という名の心理攻撃。

 ③ 「驚異の生存能力」

 ​織田家が本能寺の変で混乱し、柴田勝家(上司)が羽柴秀吉(後の敵)に敗れた際、長近は巧みに立ち回り、滅亡を免れて飛騨の領地を守り抜きました。

​ 能力への反映:圧倒的な強者(柴田勝家カードなど)に対しても、正面からぶつからず、理詰めで生き残る「生存戦略」の天才。

 3. カード「金森長近」の固有キーワード

​ 物語の中で弘樹が能力を発動する際のトリガーとなりそうな史実ワードです。

​『飛騨の匠』:長近が保護した技術者集団。カードの力で、周囲の物品を即席の武器や道具に造り替える。

​『黄金の茶室』:秀吉と共に茶会を催した栄華の記憶。一時的に絶対的な聖域を作り出し、敵の干渉を一切遮断する。

​『素玄そげん』:長近の号。戦闘モードから離れ、冷徹な観察者として敵の弱点を見抜く精神状態。

 

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