舞踏の王国
蓋
舞踏の王国 第一章
そこに立ち寄ったのは旅の道中だった。竜の国、火山の国、舞踏の国、そして「火薬の国」。呼び名は様々。しかしそのどれもが真実だった。夜空は大地を巡る溶岩の露出でほの赤く照らされ、星の明かりは鳴りを潜める。祭りを祝う花火など上がれば尚更、その輝きは些細になった。広場を埋める観衆が待ちわびるのは次の一発。それはどんな表情を空に映し出すのか。「最も美しい火薬の使い道」あちこちで聞くキャッチコピーは、その負の側面をも思い起こさせる。とりわけ豪勢だという今年の祭り。近年の情勢を思えば、今夜の熱狂は予兆のようにも感じられる。
私は広場に面したレストランの屋上席にいた。目の前には随分と高いやぐらが組まれている。それは国の権威と威厳を象徴するかのようで、周りには等間隔の衛兵がピッシリと並んでいた。こなれたアピールだ。
「やぁ、またあったね君」
視線を声に向けると、パンフレット振りながら初老の男が近づいてきた。臭い男だ。旅人に自分から声をかける目的など大抵の場合、褒められたものではないだろう。それも二度目だ。彼には街の内外を繋ぐ唯一の大橋で一度出会っている。
「楽しんでいるかい?それにしても凄いもんだよ。特に今年。王宮では海の向こうからも客人を招いているそうだ。あとこれ、君の分もある、受け取ってくれ。パンフレットだ。」
彼はお構いなしに私の向かいに座ると、テーブルの上にパンフレットを差し出した。「舞踏祭り」「夜空を彩る火竜の息遣い」「名物花火」「温泉」。これだけ人が賑わう理由も何となく分かる。
「ところであんたは旅人だろう?いったいどこから?この辺の服装じゃないな」
「私も海の向こうから来たんですよ。素晴らしい催しがあると聞いたもので…」
「なるほど海の向こうから!では相当顔も広いのでしょう。私はこう見えて花火商人をしていて…クレベという。もし機会があれば頼っていただきたい」
「なるほど…この臭いは火薬でしたか」
「ハハハ、お恥ずかしい。日中はずっと作業で…。ところで祭りの起源は聞いたかな?まだ聞いてないなら私に話させてくれ。
まぁ伝承だがね?その昔、ある国の姫様は恋に落ちた。相手は隣国の王子。しかし不仲の両国はそれを許さなかった。そこで姫は国で一番高い塔に登って、消えない竜炎のトーチの横で一晩中踊った。隣国の王子に思いを伝えるためにな。その行動が人々の心を打って両国は変わり、やがて2人は結ばれ国は一つになった。
舞踏の王国。その由来さ。
でも時に、この国は火薬の王国なんて呼ばれることもある。
ほらまた上がった。
あの花火、街のそこら中に仕掛けてあって、時間の経過と共にうち上がる。祭りの終わりは特にすごいぞ。ワシは舞踏よりもそちら側の人間なのだよ、ハハハ。ええと…今のが1,2,…9発目だから、そろそろ…」
クレベが指で花火を数えている間に、広場の観衆が突然静かになる。皆一様にやぐらを見上げていた。私もやぐらに目線を戻すと、この祭りの主役がそこにはいた。美しく艶めく白金の長い髪に、舞踏用の豪華なドレス。隣のトーチにはすでに火が灯されている。トーチの火では顔まで見えなかったが、パンフレットには美しい少女が描かれており、それは儚く神聖な儀式の色を失ってはいなかった。
「あれが末の姫?」
「そう。あれが末のティネ様。国王様が溺愛していらっしゃるから滅多にお目にかかれない。国王様の具合が優れないゆえ、今年の舞踏は無くなるかもしれなかったが…無事にこの時を迎えられて本当に良かった」
広場の雰囲気に合わせてクレベも声のトーンを落としていた。直前までうねるように広場を流動していた人の波が、徐々にスンとして歩みを止めていく。広場中の注目を末の姫が一身に浴びている。間違いなくそうだと感じさせる静寂だ。始まる。その場の誰もが直感しただろう。
遠くから時計塔の鐘が鳴り響く。1分ほど掛けて沈黙の中を10回の鐘の音が駆け巡る。そして余韻が空に掻き消えたタイミング。一発の大きな花火が上がる。街のどこからでも見える大きな花火。同時に街中を音楽隊のメロディが包み込み、途端に街は再び賑やかな熱量を取り戻した。そして姫の舞が始まる。力強く響く音色は炎をも想起させ、その揺れ動く熱をかわすように姫の舞はしなやかだった。足を止めて姫に見惚れる者。屋台を巡ることにしか興味のない者。光の影で奔走する者。様々だ。
「よし!花火のタイミングは完璧!見栄えも最高!」
隣ではクレベが拳に力を込めて喜んでいた。
「もしや花火は貴方の?」
「その通り!あんたにもワシらの技術が伝わっただろう?」
確かに美しい花火だった。色とりどりの光が空中で弾けて消える。ほの赤く照らされ、星も目立たないこの空にあっても強烈な音と光だ。
「確かに美しい。この街に立ち寄ってよかったと思いますよ」
鮮烈なイメージはいつか心に響く。物語。私の旅はその為にある。今では強くそう思うようになっていた。生の感覚、生の空気。私は外套に忍ばせていた手帳にイメージを書き込む。今夜の美しい景色と音の体験を言葉として保存する。それがささやかな旅の楽しみだ。この習慣が後になって役立つことをこの時の私はまだ知らない。しかし運命めいた物を今となっては感じてしまう。まぁ、混乱させる内容はここで切り上げよう。
私は手帳にパンフレットを挟み込んで閉じた。
「おや?随分と使い込まれた手帳だ」
「いや。すいませんね。あなたの様な素晴らしい花火商人がいる事を忘れたくなかったもので」
クレベの表情が分かりやすく上機嫌になる。いずれにせよ忘れられない男になりそうだ。私がそんな事を思っていると、かなり遅れて私の席に料理が運ばれてきた。おいしそうな肉料理。やや小さなラウンドテーブルはその一皿とパンの一皿で埋まった。
「そういえば、この国は火竜で有名なようですが、竜を食べる文化は無いようですね?」
「竜を食べる?ハハハ、この辺りの竜を狩れる人間がいれば見てみたい。いやはや人の食への執着は侮れないな。竜は眺めるもの。今夜も大群が飛び立つだろう。口から漏れる炎で夜空は絶景になる」
「なるほど、それは楽しみですね」
私は少し硬い肉料理を口に運ぶ。無難な味。まぁこんなものだろう。それか選ぶべきメニューを誤ったか…。私はたまらず辺りを見渡す。料理はまちまち。ならばこれも好みの範疇だろう。私がそう思うことにして、視線を戻そうとすると目につく男がいた。不似合いな程に美しい身なり。所作や雰囲気が高貴な出を証明するようだ。彼の向かいには深くフードで顔を隠した人物。かなり小柄。いびつな組み合わせ。観光客まみれのこの街では注目に値することではないのだろうか。私はふたたび料理を味わう。やぐら側を見れば、姫の舞も雰囲気が変わっている。徐々に荒々しく激しく体を揺り動かせて、表現は過大になっているように見える。トーチの火も心なしか強く大きく盛っていた。その揺らぎは遠くに見える姫の顔を一瞬鮮明に照らし出す。さぞ美しいであろうその顔は、パンフレットで見た物よりも寂しげで不安げに思えた。音楽が強く大きくリズムを刻む度に、明暗は強く深くなっていくようだった。
そして最高潮。打楽器のような鈍く腹の底に響く音。肌で感じる衝撃。閃光は視界の端で弾け散った。足元に崩れ落ちる少女。大きく揺れるやぐら。広場の喧騒は悲鳴に変わる。遅れてやってくる熱。爆発だ。
「崩れるぞ!」
誰かが叫ぶ。いや誰もが叫んだ。
「まずい…。これでは台無しだ…。」
クレベは目の前の現実が受け入れられないようだった。私もそうだ。やぐらの足元に倒れる衛兵たちも、慌てふためく群衆も、皆突然の事態にそれぞれの動揺を示している。やぐらの足元が爆発で吹き飛ばされている。これはまずそうだ。私は慌てて席を立ってしまう。あの高さから落ちれば姫は無傷で済まない。音楽の止んだ広場にはやぐらの軋む音が痛々しく鳴っている。しかし完全に手遅れではない。まだ辛うじて立っているやぐらに少女はしがみついていた。長くもたない事は一目で分かる。だが私は…いや、その場にいるほとんどの人間が、見ているだけで近づけすらしなかった。しかし明確に1人は違っていた。
立ち尽くす私の真横を駆け抜け、屋上を飛び出す影。踏み台にされた私のディナーは見向きもされない。小柄な人物はそのまま軽やかに受け身を取って一直線。やぐらに向かって人の波を跳ねるように進んでいった。そしてついに波を抜ける頃、同時にやぐらが崩壊を始めた。
「あれは…」
私の手元にはフード付きの無地の外套が残されていた。仄かな香水の香り。柔な手触り。脱ぎ捨てるにはやや上等な品。あれは何者だろう。
小柄な人物は崩れる骨組みを器用に避けた。鮮やかな足取り、跳ぶようなステップ。しまいには投げ出された姫をそのままキャッチしてみせた。背後にはついに残骸となったやぐらが残り、奇妙な静寂と感心が混ざった空気が場を満たす。トーチから燃え移った炎が背景を照らしていた。その人物が振り返ると、仮面がゆっくりと映し出される。
「仮面?」
クレベが一人騒ぎ出す。私は少し遠く、背を向けて姫を抱える小柄な人物に目を凝らす。悪趣味な仮面。あの軽業に反射的な判断。私はサーカス団でも来ているのではないかと疑う。広場にはやがてまばらな拍手が起こる。だが不思議と仮面の人物は姫を抱きかかえたまま、その場に立ち尽くしていた。衛兵たちも異変に気がついたのか緩く周囲を取り囲んでいる。どうやらこれは一筋縄でいくヒーローの登場ではないし、勧善懲悪のわかりやすい物語でもないらしい。
仮面の人物は騒ぐクレベに釣られてか、こちらに顔を向けた。奇抜な色に奇抜なシンボル。見たことのない部類の面。一言で言えば怪しい仮面。衛兵たちはどうするか考えあぐねているようだ。しかし全容は掴めない。この位置では遠すぎるし、瓦礫の向こうが見えにくい。
「ええい、ワシは降りる」
「ご一緒しても?彼の外套を預かってしまったようです」
私たちは人混みをかき分けて、やっと広場まで降りてきた。鶏肉たかが数口にコインを払うのは癪だったが仕方ない。せめて踏みにじった本人にわずかばかりの良心とお詫びの心があればいいのだが。
「ワシは爆発の原因を調べてくる…あんたは好きにするといい。おい!お前たち!何があった!」
クレベは誰かを呼びながら瓦礫の方へ向かっていく。花火を仕掛けていたのがクレベなら、焦る気持ちも分かる。危うく手違いで姫を殺すところだ。
私は群衆を抜けて衛兵の背にまで迫る。民衆は誰一人その見えない線を越えようとはしない。私も今軽々しくこれを越えるのは良くないと直感した。だが瓦礫の陰には既に、その一線を軽々しく越えた人物がいた。先ほど見た美しい身なりの男だ。一目で分かる。王侯貴族の振る舞い。だが彼がたった一人でいるのは、不思議な光景に思える。フードを脱ぎ捨てたあの仮面が配下なのだろうか?衛兵の一人と話す彼は時折、仮面の様子を気遣うように伺っていた。それどころか衛兵が近づきすぎないように、言葉巧みに場をコントロールしているようにも見える。
「彼は私の連れだ。仮面は顔の酷い火傷の為である。お引き取り願いたい。」
「いや、信用ならないですね。どこの貴族か存じませんが、あなたや彼が首謀者という可能性もある。同行いただけないなら、この場でイヤンバナ様の到着を待ってもらいます。姫も受け渡してください。」
「いや、その肩で姫をエスコートできるようには見えない。周りを見ても重傷者が多いようだ。君もお仲間のように彼らの救出に専念するといい。姫は丁重に扱う」
話は平行線。私は外套を小脇に抱え、手帳を取り出す。いつものように私のペンは動いていた。突如変貌した祭り一色の空気。危うい色、危うい香りも悪くない。
「失礼、衛兵殿。仮面の方の外套を預かっておりますので、届けに参りました」
「部外者は…」
「君!助かるよ。こちらへ来たまえ」
衛兵を遮った高貴な男は自らをアルトジャンと名乗り、私を渦中へ招き入れた。名前、雰囲気、言葉遣い。私はすべてを書き留める。仮面の男は姫の足だけを地面につくようにして屈み込んでいた。小柄な彼にとって姫を抱きかかえ続けるのも容易ではないのだろう。私は外套を背中からかけてやるついでに、声もかけてやる。
「先ほどの身のこなしは圧巻でした。あなたと姫の無事に祝福を」
仮面の男は私に頷いてみせた。誇らしげな様子が仮面の裏から伝わってくる。だがそれと同じくらい緊張も伝わる。すき間から漏れる息はやや荒く、しきりに周囲を見渡している。それは姫を救ったカタルシスとはほど遠い。
「何事だ!」
私は視線を上げる。複数の衛兵を従えて現れたのは、背が高くガッチリとした男だ。歩く度に白金の長髪が揺れている。なるほど彼が。大通り全体にぞろぞろと衛兵たちの金属の足音が鳴っている。身が引き締まる気分だ。広場の注目は間違いなく彼の一声に向かっていた。仮面の男ですら、姫を抱えて再び立ち上がっている。
「イヤンバナ様が到着なされた。その場を動かぬように」
私は言われるがままその歩みを見つめる。やがて彼はアルトジャンの前で止まった。そして一声。後方の一段豪華な装備の衛兵たちは、彼の号令で散り、手際よく広場の惨状を制御し始めた。
「さて、まずはアルトジャン殿。このよう場でお会いするとは…来られるのであれば王宮にお招きしたものを…」
「いえ、そのような場は性に合いません。あなたもそうなのでしょう?」
「ハハハ!お見通しですな。おとなしく座ってなどいられません。今宵は自ら街の見回りを買ってでたのです」
「それは頼もしい。特に物騒な近頃ではあなた程に信頼の置けるものはそうそういないでしょう」
笑顔で話すイヤンバナの瞳が鋭くこちらを見つめる。私はこの場において部外者。怪しまれるのは当然だ。そして今度はそれが仮面に注がれる。
「仮面の男が気になりますか?彼は私の連れ。ティネ様を助けたのは彼です。ひどい火傷のために仮面を外せないのです。もう一人は観光客でしょう、いっとき外套を預かってもらったまでです」
「ほう?」
イヤンバナは仮面の男にゆっくりと歩み寄る。仮面の男は半歩ほど身を後ろに後ずさった。ただでさえ小柄な体だ。気持ちは分かる。じっくりと吟味するような視線が落とされた。仮面から漏れる呼吸が嫌に目立つ。そうしてしばらく凍りつくような時間が流れた。姫は気を失ったまま動かないが、その体は温かく脈動している。目立った外傷もない。イヤンバナが手を伸ばす。それはゆっくりと目線の先へと迫っていった。しかし触れる前に姫を抱えた男は一歩後ずさる。
「ずいぶんと小柄な…」
イヤンバナがそこまで言った所で、瓦礫の山が音を立てた。辛うじて立っている残骸が再び崩壊を始める。喚くようにザラついた不快な音。それが夜空にこだまする。合わせて遠くで花火が上がった。それは順々に連なって、少しずつこちらに近づいてくる。まずいと私は直感した。仮面の男は走り出し、私も咄嗟に広場に背を向けて伏せ込もうとした。
そして轟音が再度、広場を直撃する。熱と悲鳴、軋む音。花火がやぐらに向かって放たれ、残骸は崩れ倒れ込んだ。私は背後から衝撃を受け倒れ込む。その拍子だった。私の手帳は前を行く仮面の男に向かって飛び、その被られていないフードに吸い込まれるように受け止められた。その光景がスローモーションのように目に焼き付く。だが、声を上げる間もなく私は地面の硬い感触に体を打った。残骸が崩れ、断片は広場と通路を隔てるように炎上している。私は迷わなかった。路地へと遠ざかる仮面の男を追いかけて、夜の街に身を投じるのだった。
舞踏の王国 蓋 @zerutanananohe
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