第二部 第3話 調律と、噛み合いはじめるもの

 翌朝の治療所は、前日よりも静かだった。

 人が減ったわけではない。ただ、張り詰めていた空気が、わずかに緩んでいる。


 ゆうは台所を借り、鍋に火を入れていた。

 昨日と同じ、具材も変わらない簡単なスープ。それでも、火加減と塩の量だけは慎重に整える。


「……それ、本当に意味があるの?」


 背後から、控えめな声がした。

 エルナだった。白衣姿のまま、腕を組んで鍋を見つめている。


「正直に言うと、分かりません」


 ゆうはそう答えてから、少し考えて付け足した。


「でも、受け取れる状態にすることは、回復魔法の邪魔にはならないと思ってます」


 エルナは小さく息を吐いた。


「……理論的には、否定できないわね」


 その会話の最中、奥の寝台から苦しげな声が上がる。

 昨日とは別の患者だった。顔色が悪く、呼吸が浅い。


「魔力循環が、また乱れている……」


 エルナは即座に詠唱を始めた。

 淡い光が広がり、身体を包む。


 ――今度は、弾かれない


 だが、完全でもない。


「……あと一歩、足りない」


 エルナの呟きに、ゆうはスープを差し出した。


「飲めそうなら、少しだけ」


 患者は戸惑いながらも、口をつける。


 数口


 呼吸が、深くなった。


 その瞬間を、エルナは見逃さなかった。


 魔法と、調律

 どちらかが優れているわけではない。


 ――噛み合ったのだ。


「……今の、見た?」


 セレスが静かに言う。


「ええ」


 エルナは、はっきりと頷いた。


「私の魔法が“届いた”のは……その前が、整っていたから」


 自分の言葉に、少しだけ驚いたような表情で。


 ゆうは鍋を下ろし、苦笑する。


「料理人としては、褒められていいのか微妙ですね」


 エルナは、思わず小さく笑った。


 その笑みは、昨日までの硬さを失っていた。


 まだ答えは出ていない。

 それでも、進む方向は、確かに同じになり始めていた。

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