【短編】お嬢様が何かを企んで、いえ、考えていらっしゃいます

翠雨

第1話

「エマ様~。ただいま戻りました」

 部屋の中を確認いたしますが、やはりエマ様はいらっしゃいませんでした。


 なんとなく、そんな気はしていたんです。


 私にお使いを頼んだということは、彼女が何かをいる・・・いえ、彼女なりのお考えがあるということで……。


 買ってきたリボンの小包を胸に抱き、キッチンへと向かいました。


 姿がお見えにならないときには、かなりの確率でここにいらっしゃいます。


「なんだそれ!?」


 キッチンからは、弟のバサル様の叫び声が聞こえました。


 やはり、エマ様はここにいらっしゃるようです。


 入り口から覗けば、エマ様がバサル様に丸いものを見せています。


 彼女は金髪碧眼の大変麗しい容姿のご令嬢です。今もふっくらとした唇が笑みの形を作っていらっしゃって、女の私でも見惚れてしまいます。


 しかし、中身はまったく別の方なのです。


 エマ様は元のお嬢様と、魂が入れ替わってしまわれたようなのです。それを知ったときは驚いておとぎ話のようだと思いましたが、今のエマ様は大変お優しいので、これでよかったと思っております。本当のことを申しますと、前のお嬢様のことはあまり好きではなかったのですよ。


「うえ~!」


 バサル様が、何度目かの驚きの声を上げられました。


「何をされているのですか?」


「あっ、ガーネ! 姉様が魔法を使った!」


「魔法じゃないって、化学なんだから」


 キッチンの上には赤や紫、青に緑の卵が転がっています。白いものもありますが、それがあまりにも平凡に見えてしまいます。


「変な色の卵ですね。何の卵ですか?」

「普通の卵ですよ。紫キャベツの汁に一晩漬けたんです。暖かくなってきたのでイースターをやろうかと思いまして」


「イっ?」


 聞きなれない単語が聞こえました。


「イースターっていうお祭りがあったんですよ。テーマパークがパステルカラーの卵で溢れるんですよ。バサルが喜ぶかなと思ったんです」


 彼女は入れ替わる前、ニポンという国で生活していたらしいんです。

 こちらの世界にはない単語をいくつか話されているようで、意味がわからないところがあります。卵で溢れるっていったいどういうことなのでしょうか? たくさんの鶏が、一度に産み落とすのでしょうか?


 私のおそらく見当違いな想像は置いておいて、エマ様の計画は成功したみたいですね。バサル様は顔を輝かせて卵を見ています。


「これを家の中に隠して探すんだけど、ガーネさんに買ってきてもらったリボンでラッピングするから待っててね」


 エマ様に小包を手渡すと、彼女は「ありがとう」受け取られました。


「姉様! それより! これ、なんでこんな色になるんだ? 紫キャベツだろ? 紫じゃないのかよ?」


「それはね、植物の中の色素には、・・・・えっ、何て説明したらいいんだ?」


 少し意外でした。エマ様でも困ることはあるのですね。彼女は元の世界で教師をしていたらしく物知りなんです。


「えっと、紫キャベツの液は加えるものによって色が変わって……」


 バサル様が、適当にごまかしたら許さないと言わんばかりの顔でエマ様を見ています。


「実際にやってみる?」


「やったぁ~!」

 バサル様は跳び跳ねたと思うと、エマ様の服を引っ張って「早く」と急かします。


「ちょっと待ってね。紫キャベツの煮汁を作るから、バサルは白い紙を探してきてくれない?」

「は~い!」

 エマ様の言葉を最後まで聞かずに、バサル様は飛び出していかれました。

「ちょっと大きめでお願い~!」


「は~い!」

 遠くから、いい返事が返ってきました。


 エマ様は紫色のキャベツを細かく刻み始めました。それを鍋に入れて火にかけていきます。


 バサル様が戻っていらっしゃいました。


「姉様、これでいい?」


「おっ! じゃあ、それを壁のところに立て掛けて、ワイングラスがいいんじゃないかな? この前に5つ並べようか」


「おう!」

「お待ちください。それは私にお任せください」


 万が一落としてしまわれたら、バサル様がお怪我をしてしまうかもしれません。それに貧乏な我が家では、ワイングラス一つでも惜しいのです。


 白い紙の前に、ワイングラスを5つ並べて差し上げます。その間にエマ様がキャベツをザルで濾していきます。さっきまで紫だったと思うんですけど、キャベツの色が変わっていました。


「そろそろいいかな」


 5つのワイングラスに粗熱を取った煮汁をいれていらっしゃいます。紫というよりは黒く見えるんですけど……。


 いえ、白い紙の前に置いたらちゃんと紫でした。


「ふふっ。これを入れま~す」

 エマ様が一番右のグラスに何かを注ぎました。


「うわ~! やっぱり魔法だ!」


 一気に液体の色は変わり、赤くなります。


「これは、ワインビネガーね。それで、これを入れると」


「わぁ~! なんで?」

 一番左のグラスが緑になりました。


「そしてちょっとだけだと~」

 隣のグラスをスプーンでくるくる回すと、青色になりました。


 なぜですか?


 私も近づいて、まじまじと見てしまいました。


「バサルもやってみる?」

 新しいグラスを渡しています。

「俺も魔法が使えるの?」


「これは、卵の殻を焼いて細かく砕いて水をいれたの。上の水だけ使うんだよ」


 バサル様は加減が難しかったらしく、どばっと入れてしまわれました。緑になっています。


「これに、ワインビネガーを入れると」


 また、どぼっと入りました。色が赤っぽくなっています。


「もしかして、またこれを入れると、緑になる?」

「そうそう。うまく加減できれば青になるよ」


「へぇ~。おもしろ~い」


 バサル様が、楽しそうです。青や緑にして遊んでいます。どんどん薄まっている気がするんですが。


 わ、私もやってみたいです!


「そろそろ、卵を……」


「卵はどっちでもいいや。姉様、新しいやつちょうだい」


 バサル様! 今度はちょっとずつ入れてみませんか?

 一生懸命心の中で訴えます。


「た、たまご……。まぁ、バサルが楽しければいいか」

 少しだけエマ様が悲しそうです。


 カラフル卵は茹で玉子だったようで、その日の夕飯に出てきました。

 どうもエマ様は夜中に何度も起きてきて、色の調整をしていたらしいのです。私くらい、なんとかっていうお祭りに付き合った方がよかったんじゃないかしら?


 でも、色が変わる方が面白くて……!









 エマ様を主人公にした小説を連載してます。

『転生したら没落寸前!? ~可愛い弟のためにも、建て直してみせます!~』

https://kakuyomu.jp/works/16818622175707085015/episodes/16818622176337116108

読んでいただけたら嬉しいです。

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