一番近くて遠いキミ

湯沢綾汰

きっと何か間違っている

高校生活最後の夏。私は、初恋を経験した。


それは、どこか熱っぽいのに決して叶うはずのないもの。

私には、到底届く訳ない。そんな男に恋をしていた。


♦︎


早宮琥珀ハヤミヤこはくは、宝生高校の3年生であった。

勉強も運動も芸術もそこそこ。標準。

決して、できるわけでもできないわけでもない。

平凡な女子高生。


人と違うのは、彼女は恋をしていること。


その相手は、瑠璃垣遼太郎ルリガキりょうたろうという隣の席の男子である。

彼は、彼女と違って学力は上から一位二位を争うほど。

運動神経もよく、体育祭ではアンカーを務めた。


しかし、彼は人と会話をすることがない静か目な生徒である。

いつも連んでいるのは、所属している男子バレー部の男子。

クラスメイトからは地味と評される男子高校生だ。



早宮もなかなか人と会話をしない。

そのため告白も受けたことがなかった。(もちろん告白することもない)


彼に好意を抱いたのは、前から知り合いだったこともある。

彼とは幼稚園が同じなのだ。要するに幼馴染となる。


そして隣の席。アプローチすれば砕けることもない…。が、そんな簡単にはいく訳がない。


遠くから見ているだけ。ほとんど諦めている。

が、友人の君嶋紅花キミシマこうかはそうでもないらしい。


「どう?最近の調子は?」


「そこそこだよ」


彼女は、クラスの中でも一際目立つ少女だ。外見も可愛く、男子からモテる。けれど、はっきりした性格なため女子たちからは嫌われたりすることも少なくはない。


しかし、早宮にとっては唯一の大親友だ。自分が我慢している部分を何も躊躇うことなく、ぶつけてくれる。それだけで十分楽になれるのだ。


君嶋は、恋愛に興味を持たなかった早宮が突然初恋を経験していることを知ると、とても楽しそうに今の状況を聞いてくる。


「巡ってきた運命はしっかり利用しないと。あいつならすぐに琥珀に落ちるよ!!だって琥珀は清楚系美人!!イケる。絶対にイケる!」


「私よりやる気だね。楽しそうでなにより」


「最後の夏よ!!来年は大学が違うかもだよ!?そうだ。恋のアドバイスでもしてあげようか?」


「アドバイス?」


「そう!!恋を発展させる戦略よ!」


♦︎


「まずは、王道の角からぶつかりにいくの!角からゴッツンコ!!」


「…怪我しちゃうよ」


「いいの。そこで心配してくれるのが、本当のいい男。それ以外はダメ男よ」


君嶋がいうと、なぜか説得力がある。


「ここはいいポジションよ…角も柱も死角もよし!!準備できた?」


「いっいつでも突撃できるよ」


特攻隊のような気分である。覚悟は正直ない。


「自然にいくのよ!無意識を意識するの」


「それはもう意識してるよ」


反対側の角から瑠璃垣が談笑しながら向かってくる。


「今よ!!」


「…!!」


ドスッッ!!

ドンガラガっシャン!!パラパラ…


「おい金剛と早宮がぶつかったぞ!!」


「先生呼んでこい!!」


生徒たちが騒ぎまくっている。


「おい、大丈夫か?気をつけろよ」


瑠璃垣は、呆れたように金剛に言う。

まもなく、学年主任が来た。


結果。他の生徒が巻き込まれ、それどころではなくなった。


♦︎


次の授業は、体育であった。


「あいつは、バレー部。バレー上手くなれば、交流が増えること間違いなし!!」


「なるほど…」


体育館にて。バレーボールの練習中。


バッッッッッッッ!!ピューン!!


「いっっっっ…!!」


「そんなんじゃだめ!!舐められるだけよ!!」


手首が赤くなってきている。素人にはとても痛い。


ゴッッ!!


「膝曲げて!」


ガバッッッッッッ!!


「腕をもっと振り上げなさい!!」


「おーい。そろそろサーブ打つぞー」


コートの向こうから声がする。

男子バレー部エース。金剛尋弥コンゴウひろや


バシッッッ!!


ボールが自分めがけて飛んでくる。


(いける…!!高さ…スピード。膝を曲げること、腕の振り!!)


バッッッッンッ!!!


「金剛。あれ顔面当たったぞ」


瑠璃垣はおかしそうに金剛に言う。


「何してんだお前」


バレー部員が次々に金剛に野次を飛ばす。


「普通にやったよ!?俺、力加減ミスってないから」


「大丈夫かー」


やる気なさそうに体育教師が、フォロー?してくれた。


♦︎


「今日は調子悪いのかも…」


君嶋は頭を抱える。


「紅花は気にしなくていいよ」


「私、正直男好きになったらLINEでやり取りだからさー」


と、思い出したかのように顔を上げた。


「褒めまくればいいのよ!!」


彼女は、前のめりになる。


「誰でも褒められることは大好きよ!!その褒め方が的確だったら一言で相手に興味を持つわ!!」


「褒めるところ…」


瑠璃垣の褒めるとこといったら…

いつも無表情なのに少し笑顔になるとこ。頭いいのに、ふざけて先生に呼び出しを食らうとこ。あと、顔…。


だめだ。内面を気にしたことがない。何せ、話したことがあまりないからだ。


しかし、実行すること以外選択肢はない。


五時間目の理科にて。


「この月の周期のずれについて、自分の予想を隣の人と話し合ってください」

教師は言う。


「自然に自然にー!笑顔で笑顔で」


彼女は念を押し、ジェスチャーをしてくる。


「地球も自転、公転してるし、そしたら月が同じ軌道に乗っても、地球の位置がズレてるから…」


彼は即答だった。別に目を合わせるわけでもない。

プリントを見ながらスラスラ説明している。


「あ…そっかー。すごいわかりやすい。やっぱ頭いいなー。すっごい努力してるんだね」


とびきりの笑顔…をしてみたが、相手にどう映っているかわからない。

棒読みすぎたか。日本語が変だったか。そんなことばかり後になって考える。


だが、瑠璃垣を見ると、彼はもう既に机に向かいプリントを書いていた。


上手くいっていない!!まぁ聞かれなくてよかった。

安心と不安が頭を駆け巡る。

理科をのうのうとやっている訳にはいかなかった。


♦︎


今日は最悪なことばかりだ。

廊下で違う男子とぶつかり、先生に怒られた。

バレーで顔面ボールを食らった。

瑠璃垣に変なことを言った。


何も上手くいっていない。恋愛ってこんな難しいのか…。


「どれもいい案だと思ったのにー、なんでそんな会話を拒むの?隣の席じゃん。話しかけやすいじゃん」


「私は…」


(私は、私が嫌い)


私を知って欲しくない。

私のことを知ってしまえば、多分裏切られるのは時間の問題だ。

私には取り柄になるものが一つもない。私に興味がなければないでちょうどいい。

私は相手を好きなままでいい。片思いのままでいい。

私は告白なんか絶対にしない。……愛されるのが怖い。


「おーい、琥珀?」


「んっ?」


「ボーッとしちゃって、次数学。もうチャイム鳴るよ」


キーンコーン。


「はーい授業始めまーす」


呑気な声が教室に響く。


「今日は証明をしてもらう。証明解けたやつからもってこい」


数学は苦手だ。証明ももちろん苦手だ。

数字を見ると恐怖症が蘇る。

後、解けたらもってこいも苦手だ。

解けないからだ。


ものの数分。

隣の席の瑠璃垣が立ち上がった。

そうして、プリントを教師に渡す。


「当たってる。自習…と言いたいところだが…」


鬼畜教師はこっちを見ている。


「早宮に教えてやれ。あいつ、数学嫌いなんだとよ」


「わかりました」


「えっっ?」


声が漏れた。小声だったため他の人間には聞こえてないだろうが、声が漏れた。


瑠璃垣は、自分の椅子をこちらに近づけ早宮のプリントを見ている。

君嶋の方を見ると、彼女はニヤニヤしていた。


「証明は大体構成を覚える。最初は比べるもの、仮定、結論。伝わればいいからそんな難しく考えなくていいと思う」


「はい!!」


だいぶ恥ずかしい…。とても恥ずかしい…。

だが、真顔で言われた通りプリントを解く。


クラスメイトは次々、鬼畜教師のもとに行くがそれがいつもより気にならなかった。


「できた!!」


なんとなくの証明が、空白だった枠の中一面に書き表されている。


「ありがとうございます!!」


「どういたしまして」


早宮は前に行き、鬼畜教師にプリントを渡す。


その後、瑠璃垣と話すことはなかった。


♦︎


今日は、るんるん気分で家に帰っていた。


今日は揺れて擦れる葉の音が心地い。

今日は街灯がキラキラ綺麗。


「ただいまー」


「なんでお前はいつもそればっか言うんだ!!」


「あんたもじゃない!人のこと言えない癖に!」


怒鳴り声がリビングから聞こえる。

目の前に黒い渦が迫ってくる…。


あぁ。幻覚だ。


ゾワゾワと虫が廊下を歩いている。

そしてその音も十分聞こえている。


幻聴か…。


毎回毎回、飽きないものだ。

頭ん中がおかしくなっているか。


部屋に戻る。鞄を置きその場で寝転んだ。

長袖を捲る。そこには、古傷と瘡蓋があった。


カッターを取り出す。

刃を肌に突きつける。


そこで止まった。赤い血は流れて来なかった。


(彼に見られたらどうしよう)


彼は、驚くか。心配してくれるか。見ないふりをするか。


彼を好きになってから精神が安定している気がする。

彼がいたから今日も生きて来れた。


明日も学校に行きたい。


そう願うばかりである。























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