腹上死転生~不死鳥の精力と聖なる体液で、異世界ヒロインを理解らせる ~
蜷川
第1話 死因は「最高潮(クライマックス)」、転生先は「絶倫(チート)」
意識が遠のいていく。 走馬灯なんて気の利いたものは見えなかった。 ただ、視界が真っ白な光に包まれ、全身が痺れるような快感に支配されていたことだけは覚えている。
俺、相川カケル、享年二十八歳。 ごく普通のサラリーマンだった俺の人生の幕引きは、あまりにも劇的で、そしてあまりにも情けないものだった。
死因――
そう、アレの最中だ。しかも、過去最高に気持ちよかった瞬間に、俺の心臓は限界を迎えてしまったらしい。 「イクッ!」と叫んだ次の瞬間には、本当にあの世へイってしまったのだ。 相手をしてくれた彼女には申し訳ないことをしたな、と薄れゆく意識の中で思ったのが最後だった。
……はずなのだが。
「――ぷっ。くくくっ! いやー、見事な死に様だったねぇ! まさか現代で、ここまで綺麗な『昇天』を見せてくれるとは!」
真っ白な空間。上下左右の感覚もない場所に、場違いなほど明るい声が響き渡った。
「ん……? ここは……?」
俺は体を起こした。いや、体があるのかどうかも分からない。自分自身がぼんやりとした光の塊になっているような感覚だ。
目の前には、白いローブをまとった老人が浮いていた。長い髭に、後光が差すような神々しい見た目。これぞ「神様」というテンプレな姿だ。 だが、その顔はニヤニヤと下世話な笑みを浮かべており、威厳の欠片もない。
「やあやあ、カケル君。私はこの世界を管理している神的な存在だ。君の魂を呼び寄せたのは他でもない、君のそのユニークな死因に感銘を受けたからだよ!」
神様は腹を抱えて笑っている。感銘を受けたと言う割には、完全に面白がっているようにしか見えない。
「……もしかして、俺の死因を知ってるんですか?」
「知ってるも何も! 特等席で見ていたとも! いやぁ、まさか『あそこ』が限界突破して心停止とはね! 男としての本懐を遂げた、まさに名誉の死! 素晴らしい!」
神様が親指を立ててグッとポーズをとる。 恥ずかしい。死ぬほど恥ずかしい。いや、もう死んでるんだけど。 自分の人生の最期を神様に実況中継されていたと知って、俺は顔から火が出そうだった。
「で、だ。そんな面白い君をただ輪廻の輪に戻すのは惜しいと思ってね。どうだい? 異世界で第二の人生を歩んでみないか?」
来た。これぞ「なろう系」の定番、異世界転生のお誘いだ。 俺は生前、暇つぶしにネット小説を読み漁っていたので、この展開には覚えがあった。
「異世界転生……ですか。まあ、あのまま死ぬのも心残りでしたし、願ってもない話ですけど」
「うむうむ、そうだろう! で、転生にあたって、君には特別な『能力(ギフト)』を授けようと思うのだよ。君のその素晴らしい死因に敬意を表してね!」
神様はニタリと笑うと、空中に指で何かを描き始めた。光の文字が浮かび上がり、俺の目の前にステータス画面のようなものが表示される。
「えーっと、なになに……」
【付与能力一覧】
固有スキル:
効果:スタミナ無限。心臓負荷無効。二度と腹上死しない強靭な肉体。
「……あの、神様? これ、確かにありがたいですけど、名前が酷すぎません?」
「何を言う! もう二度と、あんな幸せな瞬間に死ななくて済むのだぞ? 昼も夜も、どれだけ激しく動いても息切れ一つしない! まさに男の夢ではないか!」
まあ、確かに。前世の死因を考えれば、これは必須の能力かもしれない。これで安心して夜の生活も楽しめるというわけだ。
「それから、もう二つ。君の死の瞬間の『エネルギー』を変換した、特別なチート能力だ!」
神様がさらに文字を書き足す。
固有スキル:
効果:対象に接触、または視線を合わせることで、使用者が死の間際に感じた「極限の快感」と「ショック」を相手に与える。
固有スキル:
効果:使用者から排出されるあらゆる体液(汗、涙、唾液、その他)が、万病を治癒し、傷を再生させる最高級の霊薬となる。
俺は絶句した。 表示された文字の意味を理解するのに、数秒の時間を要した。
「……は?」
俺の口から、間抜けな声が漏れる。
「ん? どうしたのかね? 素晴らしい能力だろう?」
「いやいやいや! ちょっと待ってください神様! なんですかこの変態スキル!?」
俺は思わずツッコミを入れた。
まず一つ目、『
そして二つ目、『
「神様、これ……剣とか魔法の才能とか、そういうオーソドックスなのはないんですか?」
「えー? そんなのつまらないじゃないか。君には君にふさわしい能力がある! その力で、異世界の女の子たちをトロトロにして……じゃなかった、幸せにしてやりたまえ! 君ならできる!」
神様は聞く耳を持たないようだ。俺の抗議を無視して、満足げに頷いている。
「さあ、善は急げだ! 新しい世界が君を待っているぞ! いってらっしゃーい!」
「ちょ、ちょっと待っ――!」
俺の足元(?)に巨大な魔法陣が出現し、強烈な光が視界を覆った。 神様の「楽しんでおいで〜!」という軽い声が遠ざかっていく。
俺の第二の人生は、こうして幕を開けた。 前世の死因を引きずった、とんでもないチート能力を抱えて。
***
鳥のさえずりと、木々の葉が擦れる音で目が覚めた。
「……ここが、異世界?」
体を起こすと、そこは鬱蒼とした森の中だった。 見上げれば、見たこともない形の葉をつけた巨木が空を覆い隠している。空気は澄んでいて、少し湿った土の匂いがした。
俺は自分の体を確認する。 服装は、現代のスーツから、簡素な麻のシャツと丈夫そうなズボン、革のブーツに変わっていた。ファンタジー世界の一般的な村人、といった格好だ。
そして、何よりも体の内側から湧き上がってくる「活力」が凄まじかった。 試しにその場で軽くジャンプしてみる。体が羽のように軽い。全力疾走しても、何時間動き続けても、絶対に疲れないという確信があった。
「これが『不死鳥の精力』……マジかよ」
俺は自分の手を握りしめた。前世の運動不足だった体とは比べ物にならないパワーを感じる。これなら、魔物との戦闘だって何とかなるかもしれない。
……問題は、他の二つの能力だ。
『絶頂の残響』と『聖なる賢者の体液』。 改めて思い出しても頭が痛くなるスキル名だ。
「……使い方がさっぱり分からん」
とりあえず、体液の方は置いておこう。今すぐ汗をかいたり泣いたりする用事はない。 問題は『絶頂の残響』の方だ。説明によれば「接触、または視線を合わせる」ことで発動するらしいが、どうやって?
「えーっと……『食らえ、絶頂!』とか念じるのか? それとも『気持ちよくなれ!』とか?」
誰もいない森の中で、一人で変な言葉を呟いてみる。何も起きない。ただ虚しいだけだ。 まあ、対象がいないと発動しないのかもしれない。
「とりあえず、人里を探さないとな」
俺は立ち上がり、森の中を歩き始めた。 方角も分からないが、じっとしていても仕方がない。無限のスタミナがあるのだから、遭難しても歩き続けていればいつかはどこかに着くだろう。
一時間ほど歩いただろうか。 やはり全く疲れない。息一つ乱れない自分に感動すら覚える。これなら、どんな過酷な冒険も余裕でこなせそうだ。
と、その時だった。
ガサガサッ!
前方の茂みが激しく揺れた。 俺は足を止める。野生動物か? それとも……魔物?
「グルルルゥ……」
茂みから姿を現したのは、体長二メートルはあろうかという巨大な狼だった。 体毛は黒く、目は血のように赤い。口からは鋭い牙が覗き、ダラダラと涎を垂らしている。 どう見ても、ただの野生動物ではない。ファンタジー定番の魔物、「魔狼」といったところか。
「いきなり戦闘イベント発生かよ……!」
俺は身構えた。武器は持っていない。頼れるのは、この身一つと、神様から貰ったふざけた能力だけだ。
魔狼が低い唸り声を上げながら、じりじりと距離を詰めてくる。 殺気が肌を刺す。前世では味わったことのない緊張感に、心臓が早鐘を打つ――はずだった。
ドクン、ドクン、と脈打つ鼓動は力強いが、恐怖で竦むような感覚はない。 これが『不死鳥の精力』の恩恵か。心臓への負荷が無効化されているおかげで、極度の緊張状態でも冷静でいられるらしい。
「よし……やるしかない」
俺は魔狼を見据えた。 逃げても追いつかれるだろう。無限のスタミナがあっても、足の速さで勝てる保証はない。
魔狼が後ろ足に力を溜めるのが見えた。飛びかかってくる気だ。
「ギャウッ!」
咆哮とともに、黒い塊が俺に向かって跳躍した。 速い。だが、今の俺の動体視力なら捉えられる!
俺は反射的に半歩横にずれて、魔狼の突進を躱した。 目の前を巨大な毛玉が通過していく。
チャンスだ。
俺は躱した勢いのまま、魔狼の横っ腹に手を伸ばした。 武器はない。だが、俺にはアレがある。
『対象に接触することで、死の間際の快感を与える』
これしか方法はない。 俺は意識を集中させた。あの時、死ぬ直前に感じた、脳が溶けるような、魂が抜けるような、あの感覚を思い出せ――!
「頼む、発動してくれ……!」
俺の指先が、魔狼の硬い毛並みに触れた。 その瞬間。
ドクンッ!!
俺の体の中で、何かが爆発した。 指先から、熱い奔流のようなものが、魔狼の体へと流れ込んでいく感覚があった。
それは魔力でも、気でもない。 もっと根源的で、暴力的なまでの――「悦楽」のエネルギー。
「――ッ!?」
俺の指が触れた瞬間、魔狼の体がビクリと大きく跳ねた。 空中で体勢を崩し、そのまま地面に無様に転がり落ちる。
「キャ……ウンッ!?」
魔狼の口から、聞いたことのないような情けない鳴き声が漏れた。 それは威嚇の唸り声でも、痛みの悲鳴でもない。
まるで、何かとんでもないものを感じてしまったかのような、困惑と……微かな陶酔が混じったような声だった。
魔狼は地面に伏したまま、ピクピクと痙攣している。 赤い瞳が焦点が合わずに彷徨い、口からは涎が泡となって溢れ出していた。
「……え? これ、効いてるのか?」
俺は恐る恐る、痙攣する魔狼を見下ろした。 完全に戦闘不能だ。いや、それどころか、白目を剥いて気絶しかけている。
たった一度、指先で触れただけで、あの凶暴そうな魔狼がこの有様。
「嘘だろ……威力高すぎじゃないか?」
俺は自分の手を見つめた。 何の変哲もない、ただの手だ。だが、この手には今、とんでもない力が宿っている。
『
それは、対象を強制的に「絶頂」へと導き、そのショックで精神と肉体を破壊する、最強にして最悪のデバフ攻撃だった。
「……これ、人間相手に使ったら、どうなるんだ?」
想像して、俺は少し背筋が寒くなった。 と同時に、これから始まる異世界生活への奇妙な期待感が、胸の内で膨れ上がっていくのを感じた。
(続く)
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