シュトーレン

茶村 鈴香

シュトーレン

母はなかなか厳格な人で

いわゆるクリスマスケーキを

決して買ってくれなかった


真っ白な生クリームに

銀のアラザン

つやつやの苺が並び


サンタのマジパン人形

チョコの板に書かれた

[Merry Christmas ]


憧れ過ぎて

そばにも寄れなかった

華やかなショーケース


母が作るクリスマスケーキは

今思えばシュトーレン

ドライフルーツの焼き菓子


「お父さんはこれが好きなの」

クリスマス前に焼いて

少しずつ切っては食べた


美味しかったけれど

子ども心に地味だと思った

粉砂糖のかかった硬いケーキ


サンタも来なかった

プレゼントは手袋とマフラー

これも母の編んだもの


どういう訳か

父はクリスマスイヴには

絶対に家にいなかった


ちょっとした冗談を言って

笑わせる父がいない

口数の少ない母と二人の夕食


地味すぎる聖夜

静寂を破ったのは

滅多に鳴らない電話のベル


「あなた?大丈夫なの?」

珍しく慌てた母の声

「ニコルを行かせましょうか」


…って、何?私呼ばれた?


母は電話を切り

息を吸って吐き出して

「ニコル、信じられないだろうけど」


「お父さんの仕事を手伝える?」

「仕事?会社員でしょ?」

「セント・ニコラウス・カンパニーのね」


ジグソーパズルのピースが

すごい勢いで嵌りだした

「サンタクロースって事?」


お祝いの花火にびっくりした

赤鼻のルドルフが

列を離れてしまったという


恐らくは家の裏の森にある

彼らの小屋に戻るだろうから

連れてきてくれないかと


「ニコル、あなたはね

その気になったらトナカイと

空を飛べるの」


「そういう風に育ててきたの

今はね、女の子もサンタになれるのよ」


ルドルフは小屋で震えていた

「はじめまして、ルドルフ。

子ども達のためにもう少し頑張れる?」


ルドルフは私に頭を擦り付けると

真っ直ぐ前を見た

私を乗せ地面を蹴って 飛んだ


こうして僅か13歳で

私はサンタクロース見習いに

そう サンタクロースは世界中に存在する


私が重宝されるのは

ティーンエイジの女の子の部屋

急に小父さんがいたら問題な世の中


お願いはたいてい

バッグやアクセサリーや

新年に着るお洋服にコスメ


サンタクロースからも

卒業間近な娘たち

来年はきっと彼氏と過ごす


私は怖がりなルドルフと仲良し

彼に乗せてもらって

「大丈夫よルドルフ、とても役に立ってるよ」


ソリを操る父は本当の

ファザークリスマスだった

私は良くいえば手伝いの妖精


母は二十歳を過ぎて

サンタクロースの妻になった

トナカイと空は飛べないけど


だんだん白髪の増える母が

父は愛おしいのだという

似合いのカップルに近付いたと


いつか母は逝く

父は永遠に生きる

私の未来はわからない


出来れば白髪のきれいな

レディサンタクロースになりたい


恋人は当分諦める

ルドルフがいるもの


来年は母に習って

シュトーレンを作ってみようと思う


ドライフルーツとバターたっぷりの 

本当は贅沢なケーキを



















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シュトーレン 茶村 鈴香 @perumi

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