独りぼっちとライオン
金剛ハヤト@カクコン遅刻勢
第1話 解像度の悪い幽霊
昔から周りと同じことをするのが苦手だった。と言うより、周りに合わせることを美徳とする風潮が嫌いだった。十人十色、個性を大事に、みんな違ってみんないい。口では皆そう言ってるくせに、いざ自我を出して周りと違うことをすると大人も子供も異端者扱いしてくる。だから今まで友達と呼べる人間が出来たことは一度もない。
つまり俺はぼっちというヤツだ。中学にあがれば一人くらい友達ができるかもと期待していたけど、一年経ってもできなかった。だから高校大学でもぼっちという惨めな称号を背負いながら生きるのだろう。もしもに期待することもなく、漠然とそう思っていた。
日が傾き始めた頃、帰り道の交差点。青信号を待っていると気性の荒い風が吹いた。そのあまりの冷たさと激しさに耐えかねて俺は目を瞑った。風はしばらくの間交差点で暴れ回り、腹を空かせた猛獣が呻くような風切り音を響かせる。その間以外の音は天敵から逃げる草食動物みたいに何も聞こえなかった。
突然風はピタリと止んだ。風がいなくなった交差点はウソのように静かで、目を閉じているせいかその無音がはっきりと感じ取れた。まるで世界から俺以外の全ての生き物が消えたみたいだ。
学校でも同じだ。場所がどこであろうと、誰が何人いようと、俺を見てくれる人は誰もいない。独りぼっちがこんなに寂しいなんて思いもしなかった。
「惨めだな」
突然謎の声が聞こえた。目の前だ。目を閉じていてもはっきり分かるくらい近かった。誰かと思って目を開けると、そこには見えるはずのないものがいた。
「うわ」
一言で言い表すならライオンの幽霊だった。サバンナにいるあの四足歩行で、百獣の王とも称される動物だ。しかし目の前にいるそれは半透明、煙のような白い不定形な何かがライオンの形をしている。もっと言えば腹から下の部分が存在せず、ランプの魔人みたいになっている。俺に話しかけられると思っていなかったのか、捕食者らしい大きな目を人間のように見開いている。
「ま、まさかお前、俺様が見えるのか?」
「それはもう、バッチリと」
するとライオンの幽霊は嬉しそうな声で笑い出した。耳を塞ぎたくなるほどうるさい笑い声だったが、不思議なことに周りで信号待ちをしている人たちは一切反応しない。どうやらコイツの存在は俺以外には見えないし、声も聞こえないようだ。
「なぁお前。俺様を見てどう思った?」
人間のように腕を組んだライオンの幽霊がニヤリと笑う。
「えぇと……偉そうなライオンだなって」
思ったことを率直に伝えると、ライオンは満足したように笑みを深くした。
「100点だ」
「えっ今のが?」
「やはりお前は愚か者だ!
ライオンの幽霊が名乗ってもいない俺の名前を何故か口にする。この幽霊は一体何者だろうか? 俺に霊感のようなものはないはずだが、なぜ突然見えるようになったんだ?
「なんで俺の名前知ってんだ……あぁいや、知ってるんですか?」
「敬語などいらん。そういう仲でもあるまい」
「? はぁ……」
そういう仲?
「そういうことなら……で、なんで俺の名前知ってんだ?」
「俺様はお前の全てを知っている。三葉普、14歳。恋人もいなければ友達もいない哀れな中一。加えて父親の不倫が原因で両親が離婚し、一年前に兄が死んだことで今は母と二人で暮らしている。そうだろ?」
──気味が悪いというのは、こういうことを言うんだろう。こっちは何も知らないしいきなりの事態で困惑しているのに、相手は全てを見透かしたような言動と態度で俺の前で笑っている。理外の存在、まるで上位者のようだ。
「そんなにビビるな。俺は神でもなければ超越存在でもない。未練のせいで成仏出来なかったただの幽霊。お前を取って食おうとか、そんなことは微塵も考えていない」
「……俺が考えてることまで、お見通しってか」
「顔に怯えが滲んでいたからな。心を読むまでもない」
なんだよ、マジで心読めんのかよコイツ! 冗談のつもりで言ったのに!
「そんなことはどうでもいいんだ。大事なのは今この状況! お前が俺様を呼んだという事実だ!」
「呼んだ?」
「そうだ! だからお前は俺様が見えるようになった!」
ライオンの幽霊の言葉が妙に引っ掛かった。霊感の無い俺がこのライオンの幽霊を見えるようになったことは確かにそれで納得がいくが、俺は呼んだ覚えがない。そもそも霊感が無いのにどうやって幽霊を呼ぶというんだ。辻褄が合わない。
「お前みたいな妙ちくりんな奴を呼んだ覚えはないんだけど?」
「そんなこと言われても知らん。理性に抑圧されたお前の無意識が俺様を呼んだのだろう。深層心理というやつだ」
だとしてももっとマシな奴呼ぶと思うんだけど……なんでライオン?
「じゃあ帰っていいよ。何の心当たりもないけど、いきなり呼んで悪かったな。成仏しろよ」
「それは無理な願いだな。呼ばれた場合は相手が呼ぶに至った原因、若しくはその理由を解消しない限り元には戻れない。俺様にも理由は分からんが、そういう理が存在しているのは確かだ」
「めんどくせぇ〜」
こっちはただでさえ学校帰りで疲れてんのに、なんでこんなことになったのか。コイツを呼んだらしい俺の無意識とやらを恨みたかった。
「その原因とやらが俺にも分からねぇんだけど、どうすんだお前」
「言っただろう、俺様はお前の全てを知っている。お前自身ですら知らないお前についてもな」
「と、言うと?」
「誰より特別な人間になりたい。そうだろ?」
そのとき雲が外れ、斜陽の赤が街を染め上げた。赤い光に照らされ、影もまた黒を濃くさせる。大きく伸びた俺の影はライオンの幽霊をすり抜けていた。
「図星をつかれて黙ったか? なんでもいいが、沈黙は肯定と受け取るぞ」
俺は何も言えなかった。唐突すぎる邂逅、目の前にいる正体不明の幽霊、叩きつけられる奇妙の連続で逆に頭が冷静になって、自分が今置かれている状況の異常さをようやく理解できた。
「お前のその願い、叶えてやろう。その代わり──」
「言ったな?」
あぁ、俺は今非日常、普通ではない出来事の真ん中に立っている。今この瞬間、俺は世界の誰よりも特異で稀な体験をしている。
「お前、本当に俺の願いを叶えてくれるんだな?」
「……言っておくが、ただではない。どんな願いであれ対価は支払ってもらうぞ」
胸が高鳴る。期待に胸が膨らんで、呼吸を忘れそうになってしまう。退屈でありきたりな日々が裏返るこの瞬間を、俺はずっと待ってたんだ……!
「超能力は要らない。漫画の主人公みたいな、雲の上の存在になりたいわけでもない。でも俺の物語は俺のものだ。誰かの物語の脇役じゃない」
「つまり?」
「俺という存在を認めさせたい。クラスメイトに、先生に。三葉普を見てほしい。その為なら、魂でもなんでもくれてやる!」
それが俺の願いだ。
「結果死ぬことになってもか?」
「当然! 凡人のまま死んでたまるか! 俺は生きる価値が欲しいんだ!」
返答を聞いたライオンの幽霊は顔を顰めた。だが、叶えると言ったのはコイツの方だ。文句は言わせない。
「良いだろう。気に入らないが……お前の願い、叶えられるように協力してやる」
ライオンの幽霊は案外すんなりと承諾した。依然として嫌そうな顔をしているが。
「対価についてだが……まぁ、こんな場所で立ち話もアレだ。お前も俺様について聞きたいことはあるだろう。歩きながら話そうじゃないか」
────幽霊の名はレオ。生前は人間だったが交通事故で亡くなり、未練から成仏することができずに現世を漂っているのだとか。霊感のない俺には本来レオが見えることはないが、俺がレオを呼んだことで例外的に見えるようになったらしい。
結局“呼んだ”って言うのはどう言うことなんだ? 俺はいつレオのことを呼んだんだ? 来てくれなんて一言も言っていない。さっきも疑問に思ったが、存在すら認識してなかった奴を俺はどうやって呼んだんだ? 生前人間だったレオがライオンみたいな姿なのはなんでだ?
残念なことに俺の頭は次から次へと湧いてくる疑問を処理するには性能が足りていなかった。そんな俺に対して、レオは家に帰るまでの道中、意外な律儀さで俺に説明してくれた。
分かりやすく纏めるとこうなる。
*
1 さっき言った通り、レオは死んで成仏出来なかった魂。姿がライオンみたいになっている理由については、レオが人間だった頃一番記憶に残っていた思い出が影響している(その思い出については教えてくれなかった)。
2 レオは人間には見えないが、霊感が強い人なら姿が見える。また肉体を持たないため、透明になったり壁をすり抜けたりと幽霊っぽいことは大体出来る。
3 俺がレオの存在を認識できるようになったのは俺がレオのことを呼んだから。レオのような霊的存在を呼ぶと言うのは契約を交わすようなもので、対価を支払う代わりに力を借りることができるらしい。
4 これが一番重要で、レオの力を借りる場合は先に対価を支払う必要がある。ただしレオがやってくれるのは俺が願いを叶えるためにどうするべきかを示すだけ。回数制限はないが、それ以上の干渉は霊たちの理とやらで禁止されている(ゲームで例えるなら、何をすれば良いのかプレイヤーに教えてくれるガイドキャラ)。
*
「そういうことで、普よ」
一通り説明を終えた後、レオの体毛は威圧するように逆立っていた。
「俺様の力を借りたいときは『戒』と唱えろ。お前が俺様の力を借りた回数分、俺様は好きなタイミングでお前の身体を五分乗っ取る」
「それが対価か?」
「そうだ。あぁそうそう。俺様が『戒』と唱えたときも身体を寄越せよ? 言っておくがこっちは無条件だ」
「ちゃんと返せよ」
「当たり前だ。借りたらその都度ちゃんと返すし、その五分間お前の身体を傷付けたりもしない。ただし、その間の記憶はお前には引き継がれないがな」
「なんか裏がある気はするが……それでいい」
こっちはそのつもりで話に乗ったんだ。
「では、契約成立だな」
日暮れの頃、いつのまにか俺たちは我が家の前まで来ていた。まるで悪魔と取引をしたみたいな気分だ。日が傾いて赤黒くなっている空も相まって一層悪いことをした感じがする。俺は軽い気持ちでそんなことを考えていた。
「──戒」
身体が空に落ちていくような、形容し難い浮遊の感覚。レオの言葉を聞いた瞬間それは眠るよりも早く起こった。思考を置き去りにする浮遊感のなか、俺はいつの間にか気を失い、赤黒い闇にのみこまれた。
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