観客は役者を殺す ~家出っ子ホームズ×法医学者ワタソン~

あろすてりっく

観客は役者を殺す ~家出っ子ホームズ×法医学者ワタソン~

男性0、女性1、不問0。声劇台本として40分相当


ホームズ:女性。18-20歳程度。

     帰る家がなく、ワタソンのもとに入り浸る。変装の天才。現在はJKに扮している

ワタソン:性別不問。年齢は20代後半以降で自由にしてよい

     大学で働く法医学者。独身

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  ――舞台は現代日本。物語はワタソンの自室内で完結する

  ――季節は冬。 夜はふけている

    ワタソンの自宅。電気はついていない

    ベッド、ソファーや机があり、少し離れてキッチン。いわゆる1Kの間取り


  ――ワタソン、玄関を開いて入室。スーツを着ているが、首元のボタンは外している

    癖のように首元に手をやりながら、明かりをつける


  ――家の中に人影


ワタソン  「誰だっ……! っまさか、モースタ……

       ってホームズか……勝手に家に上がるなって言っていたはずだけど……」

ホームズ  「死因は絞殺、凶器はネクタイ、犯人は彼氏だよ。あーでも、もう森の中で首を吊っちゃってるから、逮捕はムリ」

ワタソン  「……何の話だ?」

ホームズ  「ワタソン先生が今日、解剖した死体のはなし。R川に裸の女性があがったっていうウワサだけど。

      「先生んとこで解剖したんじゃないの?」

ワタソン  「……どうだろうな」

ホームズ  「僕の前で、守秘義務は意味ないよ」

ワタソン  「……あぁ、そうかい。でも、どうしてわかったんだ?」

ホームズ  「まず、先生、右目だけ赤くなってるよ。長時間、顕微鏡とにらめっこしていたんじゃない?

      「肺の中にプランクトンとか吸ってないか確認してたんでしょ?」

ワタソン  「そうだな、溺水反応(できすいはんのう)を確認していた」

ホームズ  「でも見つからなかった。見つかるんだったら、血眼(ちまなこ)になって探す必要ないからね」

ワタソン  「はぁ……。君の言う通り、ご遺体は、死んでから川に投げ入れられていたんだろうね

      「死因もそう、おそらくネクタイだろう。首に索条痕(さくじょうこん)が残っていた。でも、君は遺体を見ていないんだろう?」

ホームズ  「ワタソン先生、いつもはネクタイしてるけど今は外してる。今日ばっかりはさすがにイヤだったんじゃないかな?」

ワタソン  「一本取られた。犯人が彼氏というのは? 裸だったからか?」

ホームズ  「先生が気にしているのは、もう12月半ばなのに、裸だからだね。警察は性犯罪の線を追ってるけど、それも違う。たぶん、川底を引きずり転がるうちに、服が脱げていったんじゃないかな」

ワタソン  「確かに、打撲痕(だぼくこん)は多かったが、ほとんどは死後のものだった」

ホームズ  「ただし、流れが速い必要がある。市内でR川は比較的穏やか。服が脱げるほどの急流は、M山まで遡(さかのぼ)らないといけない」

ワタソン  「M山……」

ホームズ  「誰が行くんだろうね、あんな山奥。でも、山道に設置されたライブカメラの記録をAIに解析させたら、過去2日間で車が10台ほど通ってたんだよね。ほとんどはその日のうちに帰ってきたけど、一台だけ帰ってきてない」

ワタソン  「もしかして、その車が……」

ホームズ  「そうだね。じゃあ、先生。問題です!」

ワタソン  「……はい、といって起立したらいいのか?」

ホームズ  「若い女性がある人物と一緒に車で山奥へ向かう。その人物はネクタイをつけており、被害者を殺す動機があった、あるいはできてしまった。どんな状況?」

ワタソン  「確かに奇異だ。山奥にネクタイ……

      「……降参だ」

ホームズ  「いろんな可能性はあると思うんだけど、実はね、とある筋から聞いたんだ~。元登山部の男女1組が行方不明なんだって~」

ワタソン  「登山部? 登山部ならなおさら登山服じゃないか?」

ホームズ  「この2人、もう数年は付き合ってたらしいよ。じゃあぁ、登山家カップルでも、わざわざ山でネクタイをするような大切なシーンってなーんだ?」

ワタソン  「……もしかして、プロポーズか?」

ホームズ  「ご名答。山好きは山でプロポーズをしたかったんだろうね。でも、上手くいかなかった

ワタソン  「それで衝動的に殺してしまった、と」

ホームズ  「でもさ~、もともとプロポーズするほど大好きな相手じゃん? きっと彼は、絶望し、首を吊る。たぶん、そっちもネクタイじゃないかな?」


  ――ワタソン、思わず拍手をしてしまう

ワタソン  「ったく、いつ聞いても見事だ。君が人殺しをしないことを祈るばかりだよ」

ホームズ  「安心して。僕が人を殺しても、法で僕は裁けないよ」

ワタソン  「それが心配だと言っているんだ」

ホームズ  「えへへ~」

ワタソン  「――さて、そろそろ聞いていいかな? どうしてホームズは今、金髪JKの格好なんだ?」

ホームズ  「女子高生だからだよ?」

ワタソン  「この間は、ノルマで女なぐってそうなバンドマンだったじゃないか」

ホームズ  「あっちが変装」

ワタソン  「この間はホンモノだと言っていた――ックソ、ホンモノの姿がわからないからこそ腹立たしい」

ホームズ  「僕は誰でしょう~?」

ワタソン  「教えてほしい。一体全体、どうやったらそんな見事な変装ができるんだ?」

ホームズ  「興味あるの?」

ワタソン  「断じてない!」

ホームズ  「本当かな~?」

ワタソン  「じゃあいいっ」

ホームズ  「うそうそ、教えてあげる。姿勢を変えるとか、響きを変えるとか、いろいろあるけど。一番大事なコトは……」

ワタソン (……ゴクリ)

ホームズ  「演じてるっていう自意識を消すことかな?」

ワタソン  「演じている自意識?」

ホームズ  「そう、観客を気にしない。無視する」

ワタソン  「観客……」

ホームズ  「今でいうと、パパ、かな?」

ワタソン  「バンドマンの次はパパ活かぁ……」

ホームズ  「タイパを追求した結果さっ!」

ワタソン  「さぞタイトなスケジュールなんだろうね」

ホームズ  「あぁ、思い出した! タイトルコールを忘れてたよ~」


ホームズ 『観客は役者を殺す』


ホームズ (指先を鳴らし)「次の晩」

  ――翌晩、ワタソンの家

  ―― ワタソン、ワイヤレスイヤホンをはめて机に向かっている

  ――ホームズはソファーの上、スマホを見ながらくつろいでいる

ホームズ  「ねぇねぇ、あの写真の人誰~?」

ワタソン  「……」(きこえていない)

ホームズ  「変な色の服~」

ワタソン  「……」(きこえていない)

ホームズ  「ねえねえ」

  ――ホームズ、ワタソンの近くに寄り、肩を叩く

ワタソン  「うぉ! びっくりした!」

ホームズ  「へぇ〜全然聞こえてなかったんだ」

  ――ワタソン、イヤホンを外す

ホームズ  「結構いいイヤホンだね。いいなぁ〜」

ワタソン  「…………いいなぁ〜も何も、去年、君に押し付けられたやつだ」

ホームズ  「要らなくなったんだもんっ!♡」

ワタソン  「語尾にハートをつけても無駄だ……」

ホームズ  「で、何聞いてたの? Ôda?」

ワタソン  「『ホフマンの舟歌』。まぁノイキャン代わりだな」

ホームズ  「ノイキャン? 今夜は静かだよ?」

ワタソン  「君のことだよ。ホームズ」

ホームズ  「僕は別にうるさくな〜いっ!」

ワタソン  「うっせぇわ。口塞いで帰れ」

ホームズ  「どこへ?」

ワタソン  「……ここではないどこかへ」

ホームズ  「僕にとって、ここは自宅に最も近い場所だよ? 皮肉だよね~」

ワタソン  「何が?……あぁ、なるほど。両親を恨むんだな

      「何にしたって、とにかく私は、考え事をしているんだ今」

ホームズ  「T劇場俳優シャンデリア圧死事件でしょ? あの二次創作の舞台のやつ」

ワタソン  「あれは公式の舞台化だよ……さすがに知っているか」

ホームズ  「あったりまえじゃん、大バズ中だからね」


ワタソン  「悲劇が起きたのは本日夕頃、満員のT劇場である。舞台『町有名、源作(ちょうゆうめいげんさく)』の第56回公演、まさにクライマックスを迎えたその時、熱演中の主演俳優Aが落下した舞台装置、すなわちシャンデリアの下敷きになってしまったのだ」


ホームズ  「動画も出回ってるよ?」

ワタソン  「なんだってっ?」

ホームズ  「運営も頑張って削除してるけどね。『ケスト・フエールの法則』ってあるでしょ?」

ワタソン  「ネタが古くないかぁ!?」

ホームズ  「ぼかぁ華のJKだよっ! キラッ☆」

ワタソン  「……まったく。それより動画、見せてくれないか?」

ホームズ  「はいはぁ~い」


ホームズ  「ぽちっとなぁ~」

  ――ホームズ、動画を再生する

ホームズ  (映像を追うように読む)

      「舞台を見上げるような画角からして一階A席。確認できる映像の中で最も舞台に近い。幕が上がる。クライマックス開始。撮影OKだからか、スマホを掲げ始めている姿がちらほら。ただ、写真はOKでも、動画はNG。ほら、一瞬、注意書きが映った。撮影者もあわててアングルを変えたね

      「点滅は、客席からのフラッシュライトだ。スモークが焚(た)かれているからわかりやすい」

ワタソン  「改めて見るとひどいな」

ホームズ  「ターゲット層から類推するに、舞台を見るのが初めてという人間も多いだろう。マナーは浸透していないし、運営もうるさく言っていない。あ、オケが盛り上がってきたね。格調高いバイオリンの調べだ

      「登場したのが主演にして被害者、俳優A。歓声がすごい。容姿・技術ともに優れた天才で、ファンサも旺盛(おうせい)。撮影者も、熱烈なファンなんだろう。アップにして舐め回すように撮っている。耳の中になにかあるね。正面を見据え、両腕を広げて前へ進む。ちらっと、こっちを見たね。視線を戻す。うまく隠しているが右手にスイッチを持っている。シャンデリアの落下ボタンかな

      「ズームアウトしたからちょうどシャンデリアが見えたね。5列5灯(ごれつごとう)の計25灯。うちのひとつが外れて俳優の前に落下する計算だった」


ホームズ  「俳優Aが声を張り上げた。スイッチ。シャンデリアが落下

      「――」


  ――ホームズ、動画を止める

ホームズ  「で、グチャってわけさ~。会場は阿鼻叫喚(あびきょうかん)。続きは、推しが死んだ動揺しか伝わってこないから、時間の無駄だよ」

ワタソン  「好きなシーンだったのに……それで、ホームズはどう思う?」

ホームズ  「ん~殺人は無理じゃない?」

ワタソン  「ホームズもそう思うか。警察も同意見だ」

ホームズ  「それじゃダメなの?」

ワタソン  「んー……」

ホームズ  「ファンだった?」

ワタソン  「どうだろうね」

ホームズ  「本当は?」

ワタソン  「……ファンだったよ。初回公演から何度も行っている。……けど……」

ホームズ  「何か、引っかかる?」

ワタソン  「いや、気のせいだろう……」

ホームズ  「とりあえず、言ってみ?」

ワタソン  「……」


  ――ホームズ、キッチンへ移動。ワタソンは繰り返し動画を見ている。

  ――ヤカンに火をつける。

  ――ホームズ、お茶を淹れ、ワタソンに出す。


ホームズ  「粗茶です」

ワタソン  「……ずいぶん手慣れたな

      「昔はヤカンを爆発させていたじゃないか」

ホームズ  「おかげさまで……」


  ――ワタソン、お茶を口にする

ワタソン  「ズズッ、ブッ! ひどい味だ!」

ホームズ  「センブリ茶だよ〜ん」

ワタソン  「手慣れ過ぎだぁ!」

ホームズ  「……飲みたくなかったら、吐きなさい。この事件の何がそんなに気にかかってるの?」

ワタソン  「そうだな。いや、司法解剖の時に舞台の演出家の方が見えて、挨拶をされていったんだよ」

ホームズ  「え? お悔やみを申し上げに、とか?」

ワタソン  「それならまぁ、よかったんだが……」

ホームズ  「違うの?

ワタソン  「『せっかくだから司法解剖が見たい』っていうんだよ」

ホームズ  「……ふざけた人だね」

ワタソン  「だろう? もちろん丁重に断ったけど、普通、自分の同僚が死んでそういうかね?」

ホームズ  「……なんていうか、調子乗ってるクサい、よね」

ワタソン  「そう、いうなれば自分のトリックに自信があるミステリーの犯人、って感じでさ」

ホームズ  「あぁいうのって余計なことするなぁっておもうよねぇ~。マジ意味わかんない」

ワタソン  「怒りかたが珍しいな。でも、本当に君の言うとおり……」

ホームズ  「結果教えて」

ワタソン  「ん?」

ホームズ  「司法解剖、したんでしょ」

ワタソン  「あぁ、まあ。

ワタソン  「死因は窒息死。シャンデリアが胸部を圧迫して、呼吸ができなくなったんだろう。事故直後なら助かっていた可能性はあるけど、あれだけの大混乱なら救助が遅れるのも無理はない。頭に当たっていれば即死だっただろうから、何がマシかは本当によくわからないよ………」

ホームズ  「ほかには?」

ワタソン  「とくには。まぁ、胃の中から消化中の薬――本番前に飲んでいたんだろう――が出てきたけど、市販の痛み止めだった。メーカーにも問い合わせたが、大した成分は含まれていないよ。血液検査も異常なし。違法薬物の痕跡(こんせき)なし。ほかに知りたいことは?

ホームズ  「なんで痛み止めを飲んでたの?」

ワタソン  「今の所手がかりはない。私が知ってる限りではAさんは、独身で子供もいない」

ホームズ  「親や友達は?」

ワタソン  「両親は早くに他界し、親戚もいない。演劇学校時代は本以外に友達がおらず、卒業後、T劇場に所属してからはまだ2年も経っていない。天才は意外と孤独だったのかもな……」

ホームズ  「……」

ワタソン  「……ただ、近所のクリニックには通っていたらしい。問い合わせ中だが、返事は早くて明日だろうね」

ホームズ  「耳には?」

ワタソン  「両耳に耳栓が入っていた。ミュージシャンとか舞台俳優がよく使うような、目立たず、音質を保ってくれるタイプだ」

ホームズ  「へんな小細工とかはなかったの?」

ワタソン  「ただの市販品で、小型で透明。警察にも調べてもらったけど、加工する余地はない、だそうだ」

ホームズ  「すり替えは?」

ワタソン  「普段と同じだ、と同僚は証言した」

ホームズ  「右手は? 握手会はできたかい?」

ワタソン  「最悪の握手会だったよ。右手は無事、特に何もなかったよ。握られていたスイッチは、シンプルな装置で細工の可能性はない、という検証結果だ。シャンデリアも同じ。そもそも落下する事実も、タイミングも、落下地点も、これまで通り、脚本通りだった」

ホームズ  「立ち位置が悪かったってことでいい?」

ワタソン  「そうなる。警察にも確認済みだ」

ホームズ  「じゃあ結局、俳優はなぜ立ち位置を間違えたか。他人が誘導できるものなのか、という話だね」

ワタソン  「……まぁ、そうなるか……あースキャンダルで……脅されていたとか?」

ホームズ  「否定はしないけど、天涯孤独(てんがいこどく)の人物をどうやって脅すの? 恐喝ならともかく、自殺までしろって?」

ワタソン  「……うーん、キビしいな」

ホームズ  「まぁ実は恋人がいたとかならワンチャン?」

ワタソン  「やめてくれ」

ホームズ  「そっか。じゃあ、先生ぇにヒントをあげる」

ワタソン  「ありがとう、ってッヒントぉ!? まさかもう答えが分かったのか?」

ホームズ  「ううん、別に解けたわけじゃなくて、ただ、手がかりを見せたいだけ」

ホームズ  「はい、スマホ見て」

  ――ホームズ、スマホを掲げる

ホームズ  「これは、興行(こうぎょう)初日の映像、別の角度から撮られた映像だよ」

  ――動画を再生し、終了する。

ワタソン  「……さっっぱりわからん

  ――動画を巻き戻す

ホームズ  「ヒントはこれ。足元の目印がみえる?」

ワタソン  「この光っているやつ? 床に埋め込まれているみたいだ」

ホームズ  「役者の立ち位置を示すランプだね

ワタソン  「あっ! これが故障していたとか、ずれていたとか?」

ホームズ  「だいせい……。はい、ブブー!」

ワタソン  「うっるさいなぁ! 可能性はあるでしょ!」

ホームズ  「これ、事件と同じ日の公演、別の角度から撮ったやつ。床を這うようなスモークでかなり見えにくいけど、ちゃんと機能はしているようだよ。被害者の立ち位置が間違っていることは間違いない。先生の間違いだよ?」

ワタソン  「クソッ!

      「……でも振り返ってみると、初日はスモークの濃さも客足もずいぶんとおとなしかったんだなぁ」

ホームズ  「お! だーいせーかーい! 先生、それテストに出るよっ」

ワタソン  「っ君はっ、テストを出さないだろうがぁっ

ホームズ  「今回の舞台化、原作は有名だったけど、舞台そのものの人気は結構、最近っぽいんだよね~。客入りのいい公演の演出がアップグレードされた。これはべつに不自然じゃあない」

ワタソン  「じゃあ、なにが「だーいせーかーい」なんだ?」

ホームズ  「いったでしょ?」


ホームズ  『観客は役者を殺す』

ホームズ  「じゃ、日が変わる前に失礼~」

  ――ワタソン、ホームズを目で送る。ソファーに目をやり、落とし物を指で拾い上げる。

ワタソン  「あ…………あいつ、また忘れてる」


  ―― 翌晩、ワタソンの家。

  ――ワタソンがソファーでくつろいでいる。扉の方からカチャカチャと音がし、それから開く

ホームズ  「やぁ!」

ワタソン  「当たり前のようにピッキングすんな」

ホームズ  「こんなのピッキングとも呼べないよ」

ワタソン  「引っ越すか……」

ホームズ  「僕の思い出の場所が~~」

ワタソン  「よそでやって。頼れる友達とかいないのか」

ホームズ  「先生以外いないよっ! ねぇ〜ぇ〜」

ホームズ  「……|д゚)チラッ」

ワタソン  「……ケッ! ……まぁ、ゆっくりしてけ……」

ホームズ  「おっじゃまっしまーす。よっこいしょっ」

ワタソン  「……近所のクリニックから情報が届いた。君の言いたかったこともようやくわかってきた、気がするよ」

ホームズ  「片頭痛持ち、だったでしょ?」

ワタソン  「……ご名答。被害者は、様々な誘因(ゆういん)で発生する激しい頭痛に苦しんでいたようだ。ほかにも、見え方の異常や、閃輝暗点(せんきあんてん)の記載もあった。眼の前がろくに見えていなかった」

ホームズ  「様々な誘因って?」

ワタソン  「一つは不眠。軽いやつだが眠剤(みんざい)が処方されていた」

ホームズ  「悩み事は多いだろうね」

ワタソン  「それと、光と音にも弱かったようだよ。強い光や明滅(めいめつ)、歓声や甲高い楽器音は大敵(たいてき)だ」

ホームズ  「……うん。情報は揃(そろ)ったみたいだね。あとは考えるだけ」


ワタソン  「あぁ……。あ、そうだホームズ、話は変わるが」

ホームズ  「なに?」

ワタソン  「いや、音で思い出したんだ。君、またイヤホン忘れていったね」

ホームズ  「え〜ホント〜!? もう新しいの買っちゃったよ〜」

ワタソン  「ちゃんと探してから買え。毎年毎年、君はイヤホンを買うノルマでもあるのか」

ホームズ  「うーん……。じゃあ、新しいのは〜先生にあ・げ・る」

ワタソン  「もう結構だ」

ホームズ  「じゃあこっち、捨てといて。荷物は軽くしておきたくて」

ワタソン  「……そこまで言うならもらっておこう」

ホームズ  「安心して、未開封だよ」

ワタソン  「……ほう、イヤーカフ型か」

ホームズ  「持ってた?」

ワタソン  「いや……正直言うと、君のを見て気にはなっていたんだ」

ホームズ  「これでおそろいだね」

ワタソン  「ありがとう、忘れんぼうのサンタクロースさん」

ホームズ  「どういたしまして」


ホームズ  「それより、先生の推理を聞かせて」

ワタソン  「犯人は、被害者の片頭痛を利用した」

ホームズ  「根拠は?」

ワタソン  「被害者はフラッシュライトや舞台照明による光刺激、歓声やバイオリンなどによる音刺激で片頭痛の引き金が引かれていた。スモークも追い打ちをかけた」

ホームズ  「どうして?」

ワタソン  「ドライアイスだったから。ドライアイス、すなわち二酸化炭素は空気より重く、地面を這うように動く。しかしこれには、致命的な副作用があった。二酸化炭素は脳の血管を拡張させ、片頭痛をひどくする可能性がある」

ホームズ  「これだけ満席だと、もともと空気も淀(よど)んでただろうね」

ワタソン  「片頭痛に伴う視野異常。ドライアイスもあって、目印は見えづらくなっていた。見上げてみても、シャンデリアが25灯もあるとなんの参考にもならない」

ホームズ  「ふーん」

ワタソン  「演出家以外、ここまでできる人はいない。被害者の片頭痛をあらゆる方法で誘発し、立ち位置を見間違えさせたんだ」


ワタソン  「どうかな? ホームズ」

ホームズ  「んー、部分点、かな」

ワタソン  「どこが足りない?」

ホームズ  「まず、さすがに偶然頼りじゃない?」

ワタソン  「……まぁ、正直それは思っていた。ホームズはどう考えているんだ?」

ホームズ  「確率」

ワタソン  「ん?」

ホームズ  「これは不運な事故だった。でも、いつかは起こりうる事故だった」

ワタソン  「いつでもよかった、と?」

ホームズ  「メガヒット作品だと、舞台の回数が100回を超えることも珍しくない。1%の確率の事故でも、一度くらいは起きてしまう。だから公演回数が多いほど、観客が多いほどに、俳優は死に近づいていく」

ワタソン  「なるほど……そういう意味だったのか」

ホームズ  「二つ目。ワタソン先生は一つ大きな勘違いをしている」

ワタソン  (……ゴクリ)

ホームズ  「俳優Aはそもそも、目印を探していなかった。片頭痛なんて、関係なかった」

ワタソン  「っ! どうして、そう、言える」

ホームズ  「目線の動きも動画で確認したでしょ?」

ワタソン  「あっ」

ホームズ  「一度も、足元を確認していないんだ」

ワタソン  「……バカな……なんで……」

ホームズ  「……“見ちゃいけないもの”を見ていたからだよ」

ワタソン  「“見ちゃいけないもの”?」

ホームズ  「――フランスの作家・哲学者ディドロに曰く、

      「劇を『作るにせよ、演じるにせよ、観客は存在しないものとだけ思え。想像したまえ、舞台の端で大きな壁が、あなたたちを客席から隔てている。まるで幕が上がっていないかのように演じるのだ』と」

ホームズ  「――ロシアの演出家スタニスラフスキーに曰く、

      「役者は『演劇の最中、何千人もの群衆を前にしながら、自分自身だけの孤独に閉じこもることができる』と。

      「かつて孤独だった学生は、大衆に追従(ついしょう)すべきでなかった」

ホームズ  「でも、俳優Aは誰を見た?」

ワタソン  「観客を、見た……」

ホームズ  「もうわかったでしょ? 誰が役者を殺したか」

ワタソン  「……」

ホームズ  「答えは、

       君たちだ」

ホームズ  「また明日」


  ――翌晩、ワタソンの家。

  ――部屋の中は煙で充満され、窓から外へ漏れ、立ち上っている。ワタソンの姿はない

ホームズ  (驚いて)「火事っ!?」

  ――と、ホームズが走ってくる。窓から中へ呼びかける

ホームズ  (慌てた様子で)

ホームズ  「ワタソンッ! ワタソンッ! 大丈夫!? ワタソン!!!」

       よいしょっ……ごめんね、窓から入るよ!」

  ――ホームズ、窓を乗り越える

ホームズ  「ワタソンッ!」

  ――フザけた音が響く。プゥ〜〜〜〜〜〜〜〜ッ!!!

ホームズ  「なんだコレェ!?」

  ――ワタソン、看板を持って登場

ワタソン  「テッテレー、ドッキリ、大成功!」

ホームズ  「……なんだ……ビックリした…………」

  ――ワタソン、機械の電源を切って

ワタソン  「グリセリン式のスモークマシンをレンタルしたんだ。開いた窓から煙が漏れていれば、きっと君が飛び込んでくると思って、座布団の下にブーブークッションを仕込んだ」

ホームズ  「手の込んだマネを……」

ワタソン  「これでようやく君から一本取れた。思いの外(ほか)心配してくれて嬉しかったよ」

ホームズ  「くっ……」

ワタソン  「あとは、うさばらし、だよ」

ワタソン  「昨日の推理、警察に伝えたが、刑事事件にはできなさそうだって……」

  ――ホームズ、ふてくされたようにソファーに腰を掛けて

ホームズ  「言ったじゃん。『殺人は無理でしょ』って」

ワタソン  「法律の話だったのか」

ホームズ  「そうですよ~。ちな、民事も厳しい、遺族いないから」

ワタソン  「残念だ……。何かの糸口になるかと思ったんだがな……」

ホームズ  「何の?」

ワタソン  「演出家が今日、感動的な記者会見をしていた。『事故を乗り越え、むしろその死を糧に、舞台を続ける』だとさ」

ワタソン  「正直、あの演劇以外に興味がなく医学知識に乏しそうな演出家から、今回の計画が出てくるとは思えなかった。こんな、地球上の君以外に解けないようなスマートな犯罪計画が」

ホームズ  「うれしいこと言うじゃん」

ワタソン  「なぁ、ホームズ。君は犯罪のクモの巣、を知っているか?」

ホームズ  「かっこいい名前だね」

ワタソン  「悪事の大半に加担しつつ、そのほとんどは気付かれもしない。博識で、哲学者、抽象的な思考者。一級品の知能。クモの巣の、不動の要として据わり、つないだ無数の線の、そのあらゆる機微を知り尽くす」

ホームズ  「ふーん」

ワタソン  「今回の一件、アリアドネの糸と思っていたんだが……ダメだったよ」

ホームズ  「そんなやばい存在、関わり合いにならない方がいいよぉ」

ワタソン  「勝手にさせて」

ホームズ  「……」

ワタソン  「……話を変えるがホームズ。君は1つ間違っていて、1つ嘘をついていたね?」

ホームズ  「なんのこと?」

ワタソン  「登山家のカップル。彼氏の方は死んでなかったよ。首を吊ったまではよかったが、ネクタイをかけた木の枝が、登山部男子の体重を支え切れなかったようだ。意識を失ったまま警察に発見され、現在は入院中だ」

ホームズ  「支点不良に救われることってあるんだ……。たしかに、僕は間違っていたね」

ワタソン  「容体(ようだい)が安定してね、話を聞きに行ったんだ」

ホームズ  「何を?」

ワタソン  「これを……」

ホームズ  「どれどれ~、って、僕の歴代変装画像!?」

ワタソン  「撮らせてもらっていたよ」

ホームズ  「変態! 盗撮魔! 訴えてやる!」

ワタソン  「好きに言え……」

ホームズ  「あぁ、先生に見せたことないやつもあんじゃん信じらんない!」

ホームズ  「……もぅ、こうなったらっ!」

  ――ホームズ、ワタソンとのツーショットを撮る

ワタソン  「何をするっ!」

ホームズ  「写真を撮っただけ〜」

ワタソン  「それに何の意味が」

ホームズ  「せんせぇがぁ、JKをぉ、家に連れ込んでるぅ、写真が流出したら、どうなるとおもう?」

ワタソン  「…………醜聞(しゅうぶん)だな。脅したいのか?」

ホームズ  「ただの相互確証破壊(そうごかくしょうはかい)だよっ! ……で、彼は何か言ったの?」

ワタソン  「何も。でも、うち一枚を見せた時の反応が明らかに変だった」

ホームズ  「性癖にささったとか? 罪な女ね、ア・タ・シ」

ワタソン  「バンドマンの姿だ……。君はあくまでもシラを切るつもりかい?」

ホームズ  「シ~ラ~ないっ!」

ワタソン  「……まぁいいさ。君に話したかったのはこれぐらいかな?」

ホームズ  「そう? じゃあ今日はもう帰ろっかな~」

ワタソン  「そうだな……」

  ――ホームズ、窓から出る

ワタソン  「って、窓から出るなぁ!」

  ――ワタソン、追うように窓辺へ寄る

ワタソン  「ったく、急に静かになるな……」

  ――窓の外をみながら、

ワタソン  「……星空なんか見ないと思うけれども」

ワタソン  (※歌い上げるように)

      『美しい夜、あぁ、愛の夜、我が酔狂(すいきょう)を哂(わら)え』

  ――ワタソン、視線を室内へ戻す。写真へ目をやり

ワタソン  「……モースタン……君はいつまでも変わらないな……

      「……君の淹れてくれたお茶が、忘れられないよ……」


ワタソン  「――の正体をいつか突き止めて見せるよ」

ワタソン  「守屋(モリヤ)・ホームズ」


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本文中に引用した訳文はいずれも作者による訳である。以下、原文とともに示す。

1. ドニ・ディドロ(1758年)

出典:『演劇詩について』(De la Poésie dramatique)第11章

原文(フランス語):

«Soit donc que vous composiez, soit que vous jouiez, ne pensez non plus au spectateur que s'il n'existait pas. Imaginez sur le bord du théâtre un grand mur qui vous sépare du parterre : jouez comme si la toile ne se levait pas.»

日本語訳:

「作るにせよ、演じるにせよ、観客は存在しないものとだけ思え。想像したまえ、舞台の端で大きな壁が、あなたたちを客席から隔てている。まるで幕が上がっていないかのように演じるのだ」

2. コンスタンチン・セルゲーエヴィチ・スタニスラフスキー(1936年)

出典:『俳優の仕事』(Работа актёра над собой)第1部、第5章

原文(ロシア語):

«На спектакле, на глазах тысячной толпы, вы всегда можете замкнуться в одиночество, как улитка в раковину.»

日本語訳(カッコ内は本文中で省略):

「公演中、何千人もの群衆の目の前でも、いつでも孤独の中に閉じこもることができる」

※原文は「カタツムリが殻に閉じこもるように」と続く

3. アーサー・コナン・ドイル(1893年)

出典:「最後の事件」(The Final Problem)『シャーロック・ホームズの思い出』

原文(英語):

"He is the organizer of half that is evil and of nearly all that is undetected in this great city. He is a genius, a philosopher, an abstract thinker. He has a brain of the first order. He sits motionless, like a spider in the centre of its web, but that web has a thousand radiations, and he knows well every quiver of each of them."

日本語訳:

「悪事の大半に加担しつつ、そのほとんどは気付かれもしない。博識で、哲学者、抽象的な思考者。一級品の知能。クモの巣の、不動の要として据わり、つないだ無数の線の、そのあらゆる機微を知り尽くす」

4. ジャック・オッフェンバック/ジュール・バルビエ(1881年)

出典:『ホフマン物語』(Les contes d'Hoffmann)第3幕「舟歌」

原文(フランス語):

«Belle nuit, ô nuit d'amour,

Souris à nos ivresses!»

日本語訳:

「美しい夜、あぁ、愛の夜、

我が酔狂を哂え」

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観客は役者を殺す ~家出っ子ホームズ×法医学者ワタソン~ あろすてりっく @KTakahiro

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