異世界質屋、開店します!

ゆるっとさん

第1話 社畜、異世界に立つ

 カチッ、カチッ。


 会社の時計の針が正確なリズムを刻んでいる。

 照明は消され、暗い室内で不気味に光るPCのモニターを男は生気のない目で見つめていた。


「朝八時までに完成、朝八時までに完成させなきゃ!」


 まるで何かの呪文のように同じ言葉を呟き続ける男。

 彼の名前は、成瀬佑真なるせゆうま。見ての通り、完全に社畜である。

 彼は会社からすれば非常に使い勝手のいい駒だった。

 この日も課長から終業直前に無茶振りされたにも関わらず、彼はこうして深夜までサービス残業に勤しんでいる。

 そして時は過ぎ、もはや終電など存在しない午前二時。彼の見ているPCが突如としてブラックアウトした。


「はぁ? 待てよ、まだ保存してないんだが!?」


 慌ててキーボードを操作する佑真だったが、PCは壊れたかのように何の反応も示さない。

 資料が完成しなければ、課長に怒鳴られる。

 それだけじゃない、最悪の場合は取引先との契約がパァになる可能性だってある。

 頭を抱える佑真だったが、しかし、そんな彼の絶望は一瞬で終わりを迎えた。

 すぐに画面が復旧し、再びモニターが動き出したのだ。


「なんだよ、脅かすなよ。あれ、この画面は何だ……?」


 回復したモニターに映し出されたのは、佑真が先程まで作っていた取引先へと提出する資料ではなく、全く別の画面だった。



《異世界に転移しますか?》


 その画面に彼は絶句する。

 だがしかし、表示された文字列は激務に駆られる佑真にとって喉から手が出るほどに魅力的な言葉だった。


「異世界、行けるの……か?」


 恐る恐るマウスを動かし、《YES》を選択。

 すると画面が変わり、手に入れられるスキルの候補一覧が表示される。


「そう言えば昔に読んだラノベで鑑定が最強って作品があったな。ここは《鑑定》を選択、っと」


 マウスを動かす手にもはや迷いはなかった。

 そして再び画面が変わり、佑真はごくりと唾を飲み込んだ。


《異世界に旅立つ覚悟はありますか?》


 表示された画面には《YES》しか存在しなかった。


「いや、まさかな」


 こんなよく分からないバグを信じるなんてどうかしてる。思わず苦笑いを浮かべながら選択肢をクリックした直後、佑真は背後にドンッ、と重低音を立てて現れた扉に目を奪われた。


「マジ……?」


 次の瞬間、扉がひとりでに開く。

 そして決して人の力では抗えない吸引力に佑真の身体が宙へと浮かんだ。

 気分はまるで大空を舞う鳥のよう──ではなく、何かの化け物に補食される獲物のようだった。


「ふぎぎぎぎぃ!」


 必死に佑真は自身のデスクにしがみついた。不思議な事に謎の吸引力にデスクの上の書類は一枚も吸い込まれておらず、それは佑真にのみ作用しているようだった。

 そして数分後、ついに限界を迎えた佑真の手がデスクから抜け落ちる。


「うぉぉぉぉ!?」


 勢いよく佑真が扉の向こう側に吸い込まれた直後、重苦しい音を立てて閉じた。




 ◆




 車輪がカラカラとリズムを鳴らし、石畳の上を通る音で佑真は目を覚ました。

 露店の店主たちの威勢の良い声やエルフや獣人などの亜人種の姿、それらが佑真にこの場所が異世界だと言うことを突きつける。


「……本当に異世界に来たんだ」


 スーツ姿で明らかに周囲から浮いているのに誰ひとりとして佑真に視線を向ける者はいない。様々な種族や文化が混在するこの世界では、服装などは大して重要ではないようだった。

 その時、佑真の脳裏に機械的な女性の声が響く。



《鑑定》を獲得しました。

 対象に意識を集中させると自動的に発動されます。



「なんか本当に貰えたんだが!」


 試しに自身を鑑定してみると視界の端にステータス画面のような物が表示された。


「すげぇ、ゲームみたいじゃん!」


 かつて読んだラノベと同じような画面が表示された事に佑真の心は躍った。

 自身の能力値は最低レベルでもスキルが使える。佑真にはそれで十分だった。


「目の付け所が違うね、さすが魔法使いさん。こいつは所持者の魔力を少しだけ高める一級品の魔法具だ! 魔法使いのアンタにピッタリ、それがたったの金貨一枚! これは買わない手はないぜ!」


 街の喧騒が賑やかさを演出する中、ひときわ大きな野太い声が浮かれていた佑真を現実へと引き戻した。

 売り言葉を捲し立てられるように並べられているのは、白いフードが付いたローブを纏った少女だった。


 ツーサイドアップのコーラルピンクの髪、透き通った空色の瞳。フリル付きの白いシャツと赤いミニスカート。

 簡単に言えば、佑真が元の世界で見てきたどんな女性よりも圧倒的に可愛かった。

 だがしかし、誠実な取引を心掛けている佑真にとっては彼女の可愛さよりも今の店主の一言の方が気になっていた。


「金貨、一枚……?」


 店主の持つ赤い宝石が埋め込まれたブローチを鑑定してみると、それは銅貨五枚にも満たないガラクタだった。

 宝石と思っていた物も実はガラス玉で、耐久力も驚くほどに低い。


「へぇ、そうなのね」


 今にもコロッと騙されそうな少女に見て見ぬふりが出来なくなった佑真は意を決して彼女へ向かって小走りで近付いた。


「君、騙されてるよ」


 少女は背後から聞こえた突然の声に驚いた表情を向けた。あどけなさの残る瞳の奥が僅かに揺れ動く。 瞳には突然の事に対する動揺と疑念が含まれていた。


「おいおい、勝手な事を言うなよ! いい加減な事を言ってるとタダじゃおかねぇぞ!」

「待って。ねぇ、貴方の言葉が本当である事を証明できる?」


 腕を捲って今にも殴りかかってきそうな店主を制止した少女が真っ直ぐな瞳で佑真を見る。

 信用はしていないが、聞く価値はある。どうやら、そのように判断したようだ。


「俺は《鑑定》スキルが使えるんだ。その魔法具、壊れやすい上にはめられた宝石も実はガラス玉だって俺のスキルには表示されてる。それ、銅貨五枚程度の価値しかないぞ!」

「……どうせなら、もっとマシな嘘を付いたら? 《鑑定》スキルを使えるのって、世界でも四人しかいないの。その四人の中に貴方みたいな人がいるなんて聞いた事がないわ」

「だったら、俺を試してくれ。そうしたら君も俺が《鑑定》持ちだって分かると思う」

「ふーん、何だか面白そうね。いいわ、それなら私がテストしてあげる」


 勝負の匂いを感じ取ったのか、気付けば二人の周囲には人だかりが出来ていた。 通行人は足を止め、他の店の主たちも覗き込むようにして成り行きを見守っている。


「じゃあ、私がはめている緑の宝石が埋め込まれたこの指輪、その価値は? この指輪は以前、他の《鑑定》スキルが使える方に見て貰った事がある。誤魔化しはきかないわよ?」


 指輪がはめられた手を佑真の前へと差し出す少女は不敵な笑みを浮かべていた。

 そんな少女に苦笑いを浮かべつつ、佑真は指輪に視線を落とした。するとその瞬間、視界に指輪の情報が表示される。



【名称】 魔風石の指輪

【ランク】A

【価値】金貨十七枚

【備考】《名工》ダルタニフの作。風魔法を使用時、魔力消費を軽減する効果を持つ。



「それはダルタニフが作った指輪で金貨十七枚の価値がある。これ、合ってる?」

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