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「ねぇ、瑠衣たん。此処で一度降りよう」
そう言われて降り立ったこの街は、鏡花が愛して止まない街であった。もう幾度となく降り立った街であった。何故今更? と思うまでもなく、鏡花は歩き出していた。
鏡花の個性は極めて奔放である。興味を持ったものにまっしぐら。それ以外には目を向けない。つまり、何かに夢中になると此方の静止を振り切って行動を初めてしまう。
今更何か言っても無駄だろうと着いて行った先はギラギラとしたネオンが輝く純喫茶であった。幾人か待ち人がいる様で、鏡花はその最後尾に並ぶ。
「いやはや〜!! この間の飲み会帰りにふらっと発見して、次は絶対此処に来ようと思ってんだ」
なるほど。だが俺への説明ゼロで此処に来るのはどうかと思うぞ。
「純喫茶と言えば、私にとっては本の街だけど、拠点は増やしたいからね」
愛すべき土地があるならそこに住みつけよ。
そんな会話をしているうちに、一人、また一人と並ぶのを辞めた者が去っていく。今は昼時で、すぐに腹に収めたい人にとっては、やや長く感じるのは当然であろう。
そうこうしているうちに店の中へと割とすんなりと案内された。
輪を描いたシャンデリア、中心に鎮座した換気扇、ボルドーの革張りソファ、バブル期のキャバレーの様なギラギラとした華やかな空間に、昭和歌唱が延々と流れている。ほんのりと漂う煙草の煙の匂いは此処が、全席喫煙である事を示している。
ちらりと鏡花を見ると、そこまで舞い上がっては居なかった。ただ理性のある瞳がくるくると動き、周りの様子をさり気なく観察している。
店員が水を置いたあと、俺は話を始める事にした。
「何が気に入らない。ワガママ娘」
「気に入らないとは言ってないじゃんっ」
不貞腐れた様にそっぽを向くが、視線の動きから刺さってない事は明白だった。
「……気に入らないとは思ってないって。ただ想像していた以上にソワソワして落ち着かないと言うか……」
「お前、ホストにハマりそうでハマらないタイプか」
「ごめん。今回ばかりは何言ってんのか分からない」
「あ、珈琲美味しい。結構柔らかいね。酸味も苦味もふわっと。重くない。ただ。……うぅ」
「なんだ」
「お値段は可愛くないね……。うーん……土地柄かなぁ?」
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