星命 〜太陽と共に輝く〜
猫様のしもべ
星命 〜太陽と共に輝く〜
淡い紅に輝く星、サンスティア。
星の煌めく夜空の下、ティアール帝国の城では、ダンスパーティが開かれていた。
招かれたのは、ティトゥーラ帝国の者たち。
長らく争っていた両国は、ついに同盟を結んだ。
今日の夜会は、それを祝して行われる。
弾むようなリズムと、漂う美味しそうな香り。
光と笑い声が混ざり合い、人々は舞い踊る。
「お母さま・・・」
ティアールの幼き王女ティエラは、母の手を握る。
初めて見る光景に、少し手を震わせた。
母である王妃は、優しく抱きしめる。
「ほら、星が綺麗に輝いているわ」
王妃の示す空には、無数の星が輝く。
ティエラは幼い笑みを浮かべ、母のひざに座った。
この場にいる誰もが、この良き日を祝っていた。
そのはずだったのにーー。
ドオォォン!!
轟音が鳴り響き、城全体が軽く揺れた。
誰かの悲鳴、何かが倒れる音、低い声。
幼いティエラには、何が起きたのかわからなかった。
ただ恐ろしくて、怖いことだけはわかった。
母の手が暖かくて、必死にそれに縋った。
その瞬間、扉が音を立てて開かれた。
「お逃げください!!」
1人の侍女が倒れながらも、そう叫んだ。
その後ろから、銀色の鎧に身を包んだ者たちが、足音を大にして入ってくる。
ティエラが母の手を、強く握った瞬間。
母はティエラを、抱き上げた。
そして父が腕を広げ、立ち塞がる。
「逃げなさい、ティエラ」
「お母さま・・・!」
「忘れないで。あなたは、独りじゃないわ」
必死に伸ばす手は、届かなかった。
母の姿は闇に消え、ティエラは瞳を潤わせる。
冷たい石の通路に、小さな灯りが点く。
小さな体がよろめき、転びそうになる。
それでも振り返らずに、足を前に動かした。
冷たい涙が、頬を伝うのがわかる。
息も切れて、足も痛いのに、まだ暗い通路。
そのとき、胸元で小さな重みが揺れた。
ーー独りじゃ、ない。
母から託された、たったひとつのペンダント。
それに手を当てると、ほのかな暖かさを感じる。
まるで母が、そばにいるかのように。
どれほど走ったのか、わからない。
足がもつれ、息が詰まって、視界が歪む。
着飾ったドレスの裾が、何度も引っかかる。
転びそうになった瞬間、風が吹きつけた。
焦げた灰のような匂いがして、思わず足を止めた。
だが止まった瞬間、それまでの疲れが一気に押し寄せてきた。
炎なのか、朝焼けなのかーー。
紅く染まった空が、ぼやけていく。
意識を手放す直前、静かな声だけが聞こえた。
「・・・1人にはできない」
なぜか暖かくて、心がふっと軽くなった。
そしていつの間にか、眠りについてしまった。
◇
次に目を覚ましたのは、温もりの中だった。
城の暖炉でもない、母の手でもなかった。
まるで日向ぼっこしている時のような、暖かさ。
ティエラはそっと、まぶたを開けた。
眩いほどの陽の光が、頬を撫でた。
まだ涙の跡が残る目をこする。
その瞬間、自分に触れる何かが揺れた。
「やっと起きたか」
「・・・えっ?」
飛び起きようとしたが、体が思うように動かない。
前のめりになった体を、支えるもの。
ふわりとした感触に、心地よさを覚える。
金と紅の重なり合う、大きな翼だった。
羽の1枚1枚が、柔らかい熱を帯びる。
ゆっくり振り返ると、そこにいたのは大きな鳥。
母に読んでもらった、絵本に出た姿にそっくり。
ティエラはふと、言葉を発した。
「フェニックス・・・?」
母から聞いた、太陽の神獣。
かっこよくて、綺麗で、憧れていた。
だが目の前にいるのは、絵本の中に描かれた存在よりずっと、大きくて、かっこいい。
「ああ。知っていたか」
その声は、低くて、冷たい。
けれど怖くはなくて、ひとつぶの涙が落ちた。
誰かがそばに、いてくれたからーー。
「独りじゃ、ない・・・?」
少し震えた、小さな声だった。
まるで確かめるような、そんな問いだった。
太陽の神獣は、すぐには答えなかった。
紅い瞳がティエラを見つめ、翼が少しだけ寄り添う。
静かに、けれどまっすぐに、答えた。
「ここにいる」
その答えだけで、十分だった。
胸のペンダントを、そっと握る。
それは淡く、小さく光を放っていた。
ティエラは翼に、体をそっと寄せた。
「ねぇ、フェニって呼んでいい?」
太陽の神獣は、答えなかった。
否定も、肯定もしなかった。
でもその翼が、少しだけ背を押したように感じた。
フェニックスは少し、ティエラに休む間を与えた。
近くの井戸から、水を汲み上げてくれた。
それを飲むと、少し疲れが癒やされた。
その様子を見たフェニックスは、体を少し伏せた。
まるで背に乗れ、と言うかのよう。
ティエラは幼いながらの好奇心に負け、背に乗った。
「ふわふわだね」
「しっかり掴まれ」
大きな翼が、1回、2回と上下に動く。
羽ばたくたび、暖かい光が舞った。
そしてティエラを乗せて、宙へと浮かび上がる。
フェニックスはゆっくりと、空を飛ぶ。
ティエラが落ちないように、気遣っているよう。
「フェニ、もうちょっと速くてもいいよ?」
そう言っても、ゆっくりなままだった。
ティエラは思わず、微笑みを浮かべた。
柔らかな風と、暖かい光に包まれる。
地上は見えないが、遠くの山が見えた。
空と山の境目が、今は繋がっているように見えた。
少し空を散歩し、ゆっくりと地上に舞い降りた。
そこにあったのは、天をも貫くような大樹。
雲に隠れて、天辺は見えない。
「おおきい・・・」
「ここが“フェニックスの巣”だ」
フェニックスの声は静かで、ただ真実を告げるような言葉だった。
城の中央塔ほどの太さがある幹。
空を抱くように広がる枝葉から、木漏れ日が差す。
地面には小さな花が咲き、まるで星空のよう。
木の根元には、扉がついていた。
フェニックスの翼が、トンと背を押す。
「ここが、わたしの・・・?」
「ああ。これからお前が住む場所だ」
扉を開けると、そこには部屋があった。
思ったよりも明るく、暖かな光が中を満たす。
小さな寝台、簡素な机と椅子、数冊の絵本。
それらはまるで、大樹の一部かのように自然に存在していた。
そして、ティエラのための部屋だった。
城の部屋と違って、豪華で大きなベッドはないし、侍女もいない。
けれど床は冷たくないし、柔らかかった。
「フェニ、ありがとう」
フェニックスは相変わらず、答えない。
それでも、尾羽が少し揺れただけで伝わる。
部屋の窓からは、空を眺めることができた。
ティエラはそっと、窓の外を見る。
木が揺らめき、花が踊った。
時が経つほど、空が紅く染まっていく。
たったひとつだけ、星が輝いて見えた。
フェニックスが言う。
「こちらへ来い」
フェニックスついていくと、果物が置いてある。
食べやすいサイズに切られていて、水も置いてある。
ティエラは目を輝かせ、さっそく果物にがっついた。
瑞々しくて、香ばしい。
甘くてとても美味しかった。
フェニックスは、ただそばで見ているだけだった。
太陽の神獣であるフェニックスは、太陽光があれば、食事が必要ないらしい。
ティエラは少し寂しくも感じたが、そばにいてくれるだけで顔が綻んだ。
「ごちそうさま」
「・・・もう夜だ。寝るといい」
フェニックスが静かに、そう言った。
空を見上げると、幾つもの星が煌めき、辺りは暗闇に包まれていた。
ティエラは少し、身震いする。
怖いな、と少し思った。
母と離れ、ひた走った冷たい通路を思い出す。
先の見えない、たった独りの暗闇だった。
その時、フェニックスの羽が揺れた。
大きな翼から、1枚の羽が舞い降りた。
それは風もないのに、ティエラの目の前で浮く。
「フェニ・・・?」
「それを持って寝るといい。少なくとも、体が冷えることはないだろう」
「・・・ありがとう」
ティエラは、その1枚の羽を持つ。
手のひらより大きな羽だが、とても軽かった。
大樹の中に入り、寝台に横になる。
フェニックスの羽は暖かく、少し明るかった。
心がふっと軽くなるのを感じ、眠りについた。
◇
まだ太陽が、地平線の下に隠れている頃。
風がざわめく音が聞こえ、ティエラは目を覚ました。
腕に抱える羽は、まだ温もりを持っていた。
扉を開き、そっと外に出る。
フェニックスは眠らず、どこかを見つめていた。
「フェニ、どうしたの?」
「・・・後ろに隠れろ」
フェニックスが翼を広げ、ティエラはその背後に姿を隠す。
風の中に、何かの音が混ざっていた。
重くて、乱れた足音だった。
ティエラは思わず、羽をぎゅっと抱きしめた。
夜会の日も聞いた、何かを奪う足音。
ーーまた、奪われる?
目の前に立ち塞がる、大きな温もり。
その存在と、離れたくなかった。
その翼にそっと触れた瞬間、声が聞こえた。
「我はここにいる」
ティエラはその声に、縋りたくなってしまった。
その時、小枝を踏む音が、近くで響いた。
木と花の奥から、声が聞こえる。
「確かここのあたりだ」
「ああ。あいつが嘘をついてなければな」
その声が、少しずつそばに来る。
何かを捜すような、言葉だった。
ティエラには、それはまるで自分に向けられているように聞こえた。
その瞬間、草を踏む音と共に、金の輝きが覆った。
「邪なる者よ、ここを立ち去れ」
低く、重い言葉が響いた。
けれどそれは、ティエラにはとても暖かく感じた。
森に踏み入った人間たちは、言葉を失っていた。
それでも人間たちは、前へ踏み出す。
恐怖が沈黙を作り、欲が言葉を紡いだ。
「・・・太陽の神獣だ」
「だが、ペンダントを・・・」
その言葉は続かなかった。
フェニックスの紅い瞳が、強く光る。
その瞬間、人間たちを熱風が襲う。
攻撃ではなく、警告だった。
地面も木も、燃えてはいない。
フェニックスはもう一度、低くつぶやく。
「森を去れ。さもなくば、骨も残らず灰と化そう」
「ひっ・・・!」
たったそれだけで、人間たちは退いた。
いくつもの足音が、慌ただしく遠ざかる。
森にまた、静かさが戻った。
フェニックスは少しの間、森を見つめていた。
そして何かを確かめたあと、翼をそっとたたむ。
翼から、ティエラが覗く。
その小さな姿を見下ろした時、翼が動いた。
「・・・怖かったか」
初めて聞いた、問いかけるような言葉だった。
フェニックスも、少し戸惑っているように見えた。
母とは違う、隠された優しさ。
ティエラは少し微笑んで、答えた。
「フェニが、いたから」
フェニックスは、安心したように翼をたたむ。
何も返さなかったけれど、一歩近づいてくれた。
2人の間で、ペンダントが淡く輝いた。
その瞬間、木々の隙間から光が差し込む。
夜の黒が、太陽の赤に溶かされていった。
星がひとつ、またひとつと呑まれていく。
ティエラは小さく、つぶやいた。
「わたしは、ここが好き。フェニが大好き」
フェニックスは羽を揺らし、幼い言葉を心に留めた。
小さな手に握られた羽が、寄り添うように見えた。
まるで、フェニックス自身の想いを表すように。
「・・・ティエラ」
灰の中で、ひとつの命が、星のように瞬いていた。
その輝きを、見過ごしてはならないと、感じた。
けれど今は、別の想いが胸にあった。
幼き心を奪われないように、守りたい。
フェニックスは、つぶやいた。
「星の輝く限り、家族も友も、そなたを見捨てない」
ティエラは目を見開いたあと、小さく笑った。
幼なさの残る笑みは、失ったものを忘れはしない。
それでも、星の輝きだけは失わなかった。
その瞬間ーー
空から光でできた、ひとつぶの雫が、静かに落ちた。
星命 〜太陽と共に輝く〜 猫様のしもべ @ceresia
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