第4話 古い物をリメイクし、高級ベッドと寝巻きを作る



 ぼくとアナスタシア(長いから『アナ』って呼ぶことにした)は、夕焼けに染まる白骨樹海を抜けて、拠点となる屋敷へと戻ってきた。


「ここが、リオン様の……お城、ですか?」


「うん。まあ、今のところは『廃墟』だけどね」


 目の前に聳え立つのは、屋根が半分抜け落ち、壁が苔むしたボロボロの洋館だ。

 扉は腐り落ち、窓ガラスは一枚も残っていない。

 隙間風がヒューヒューと吹き抜け、中からはカビと埃の饐えた臭いが漂ってくる。


 アナが、引きつった笑顔で固まっていた。

 無理もない。彼女は元公爵令嬢。こんなお化け屋敷みたいな場所、見たこともないだろう。


「あの、リオン様。わたくし達、今夜はここで……?」


 アナの声が震えている。

 彼女は不安そうに自分の腕を抱き、華奢な肩を小さくすくませた。

 海に捨てられ、死にかけ、連れてこられたのがこの廃墟だ。

 彼女の目には、ここが「絶望の終着点」に見えているのかもしれない。


 でも、ぼくの目には違う景色が映っていた。

(ばあちゃんが言ってたっけ。『家も道具も、人間と一緒さ。壊れてるんじゃあない、疲れてるだけなんだよ』って)


 前世の長野の山奥。

 雪深い田舎で、古道具屋を営んでいたおばあちゃんの背中を思い出す。

 ボロボロの鎌も、欠けた茶碗も、おばあちゃんの手にかかれば、また立派な「現役」に蘇った。


 今のぼくには、その魔法(スキル)がある。


「大丈夫だよ、アナ。家がちょっと疲れてるだけだから。今からぼくが肩を揉んであげる」


「か、肩……ですか?」


 キョトンとするアナの手を引き、ぼくは屋敷の中へと足を踏み入れた。


     ◇


 中はさらに酷い有様だった。

 床には腐った木材が散乱し、天井の穴からは一番星が見えている。


「よし、まずはお片付けだね! 全部しまっちゃおう!」


 ぼくは張り切って、床に散らばる瓦礫や、腐った家具に次々と手を触れた。

 まずは手当たり次第に【在庫(収納)】へ放り込み、後でゆっくり選別すればいい。


 そう思っていたのだけれど。


 ブブーッ!!


 突然、脳内でけたたましい警告音が鳴り響いた。

 ぼくは慌てて、スキルの詳細ウィンドウを展開する。


~~~~~~~~~~

【警告:倉庫容量オーバー!】


▼現在のステータス

 倉庫レベル:1

 最大容量 :四畳半(物置クラス)

 空き容量 :0%(満杯)


▼これ以上【在庫】にできません。

 続けて回収するには、以下のどちらかを選択してください。


 ①【在庫(キープ)】:倉庫の中身を整理して、空きを作る。

 ②【買取(売却)】:対象物をその場で消滅させ、ポイントに変える。

~~~~~~~~~~


「ええっ!? もう一杯!?」


 ぼくは驚愕してウィンドウを二度見した。

 容量が『四畳半』しかないことは知っていたけれど、まさかこんなに一瞬で埋まるとは思わなかった。

 家具や瓦礫のかさばり具合を甘く見ていた。調子に乗って詰め込みすぎたせいで、もうパンパンになってしまっている。


「うぅ……なんでもかんでもポケットに詰め込む子供みたいになっちゃった」


 ぼくがガックリと項垂れると、アナが心配そうに覗き込んでくる。


「どうなさいました?」


「ううん、なんでもない。……よし、作戦変更!」


 ぼくは気を取り直して、パンパンと両頬を叩いた。

 無限にしまっておけないなら、ルールは簡単だ。

「いるもの」はキープ。「いらないもの」はポイントに変える。

 ここからは、容赦ない「選別(断捨離)ゲーム」の時間だ。


「アナ、あの腐った床板は?」


「使い物になりませんわ」


「じゃあ、売却(サヨナラ)!」


 ぼくは床板に触れ、念じる。

 ――【買取(売却)】!


 シュンッ!

 手元からゴミが消滅し、代わりにチャリンという音が鳴る。

 倉庫を圧迫していた産業廃棄物が、一瞬にしてポイント(資源)に変わったのだ。


「すごい……ゴミが消えていく……」


「ゴミじゃないよ、アナ。これは『次の誰かの役に立つための旅立ち(ポイント化)』なの」


 おばあちゃんの口癖を借りて、ぼくは次々と不用品をポイントに変えていく。

 カビたカーテンは売却。

 でも、汚れを落とせば使えそうな銀の燭台はキープ。

 片足の折れた椅子も、直せば使えるからキープ。


 そんな風に、二人で宝探しのような掃除を続けること一時間。

 屋敷の中は見違えるほどスッキリし、ぼくの懐には掃除で稼いだ『450RP』が貯まっていた。


「よし、資金は十分。……アナ、今日の寝床を作ろう」


 ぼくは2階にある、かつての主寝室へと向かった。

 部屋の中央には、天蓋付きベッドの残骸が鎮座している。

 ぼくは、おばあちゃんが道具を慈しむ時のように、優しくそのフレームに手を触れた。


「今までお疲れ様。……さあ、もう一度綺麗になって、アナを温めてあげて」


 心を込めて、スキルを発動する。

 ――【商品修繕リペア】!


 ヴィィィィン……ピカーッ!

 温かな光が部屋を満たし、カビ臭い空気が一掃される。

 光が収まると、そこには王族が使うような最高級ベッドが蘇っていた。


 磨き上げられた黒檀のフレームは濡れたような艶を放ち、雲のように分厚いマットが誘うようにそこにある。

 シーツは雪のように真っ白で、清潔なリネンの香りがふわっと漂う。


「……ふわぁ」


 アナが感嘆の息を漏らし、吸い寄せられるようにベッドへ近づく。

 そっとシーツに触れる指先が、その柔らかさに震えた。


「魔法みたい……。あんなにボロボロだったのに」


「言ったでしょ? 磨けば光るって」


 ぼくはエッヘンと胸を張った。


 でも、そこでふと気づいた。

 アナの華奢な肩が、小刻みに震えていることに。

 無理もない。彼女はさっきまで海に浸かっていたのだ。ドレスは生乾きで重く、肌も潮風でベタベタしているはずだ。

 これじゃあ、せっかくのベッドも濡れてしまうし、何より風邪を引いてしまう。


「ごめん、気が利かなくて。……お風呂はまだないけど、せめてこれを使って」


 ぼくはさっき【在庫】しておいた、虫食いだらけのカーテン(かつては高級なシルクだったもの)を取り出した。

 これをただ直す(リペア)だけじゃ、新品のカーテンに戻るだけだ。

 だから使うのは、もう一つのスキル。


 イメージするのは、吸水性抜群のタオルと、肌触りの良い寝間着。


「形を変えて、役立っておくれ。――【仕様変更リメイク】!」


 ヴィィィィン……ピカーッ!

 淡い光と共に、古びた布切れが、真っ白でふかふかのバスタオルと、滑らかな絹のネグリジェへと姿を変える。

 リメイクしたての商品からは、乾燥機から出したばかりのような、お日様の匂いがした。


「はい。これで身体を拭いて、着替えるといいよ」


「……あ……」


 アナは涙ぐみながら、温かいタオルを受け取った。

 濡れた髪と肌を丁寧に拭い、さっぱりとした着心地の良い服に身を包むと、彼女はようやく人心地ついたようだった。


「じゃあ、ぼくは隣の部屋で寝るから。おやすみ、アナ」


 ぼくは寝室のドアに手をかけ、振り返った。

 最高のベッドと着替えを提供した。これでもう不安はないはずだ。


「あ、あのっ!」


 背後から、服の裾をキュッと掴まれた。

 振り返ると、アナが真っ赤な顔をして、俯いている。


「……その、リオン様」


「ん? どうしたの?」


「い、いえ……ベッドは素晴らしいのですけれど……」


 彼女は言い淀み、それから蚊の鳴くような声で言った。


「……お一人だと、広すぎて……少し、怖くて……」


 アナは上目遣いでぼくを見つめ、恥ずかしそうに頬を染めている。

 その言葉を聞いて、ぼくはハッとした。

 裾を掴む彼女の手は、小刻みに震えている。

 昼間の恐怖――暗い海に沈んでいく感覚が、夜の静けさと共に蘇ってきたのかもしれない。

 こんな広い屋敷に一人ぼっちじゃ、心細いに決まっている。


(……そうだよね。物は直せても、心の傷はすぐには直らないか)


 ぼくは自分を恥じた。

 機能や効率ばかり考えて、一番大切な「安心」を忘れていたなんて。

 おばあちゃんにも笑われてしまう。


 ぼくはアナの手をギュッと握り返し、困ったように笑ってみせた。


「まー、わかったよ。主人が部下のメンタルケアをするのも、仕事のうちだからね」


「……いいのですか?」


「もちろん。背中くらい、いくらでも貸してあげる」


 ぼくがベッドに飛び込むと、ボフンッと心地よい感触が体を包んだ。

 続いて、アナも遠慮がちに隣へ潜り込んでくる。


「……温かい」


 アナがほっとしたように息を吐き、ぼくの背中に身を寄せてきた。

 背中越しに、彼女の体温と、トクトクという心臓の音が伝わってくる。


「おやすみ、アナ」


「……はい。おやすみなさいませ、リオン様」


 その夜、廃墟の屋敷に、小さく穏やかな寝息が二つ重なった。

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