勇者様、装備のローンが残っていますが? 〜踏み倒そうとしたので、国中の店で取引停止にしました。素っ裸で魔王と戦ってください〜
けーぷ
プロローグ:英雄の凱歌、あるいは債務不履行(デフォルト)の瞬間
第1話
「よって、貴様への借金返済は無効とする!」
王城の謁見の間。
豪奢な絨毯の上で高らかに宣言されたその言葉に、大商人ワイズ・コールマンは、手元の帳簿をパタンと閉じた。
彼の目の前には、伝説の聖剣を腰に差した金髪の美青年が立っている。この国の希望であり、明日、魔王討伐へ旅立つ予定の勇者アレクだ。
その隣には、彼に寄り添う聖女と魔法使い。そして玉座でふんぞり返る国王の姿があった。
「……陛下。今、なんと仰いましたか?」
「聞こえなかったのか? 勇者アレクの装備、ならびに遠征費用の貸付金、金貨にして三十億ガメル。これの返済義務を特例として免除すると言ったのだ」
国王は、まるでゴミを見るような目でワイズを見下ろした。
「勇者アレクは、世界の命運を背負って戦うのだぞ? その英雄から金を巻き上げようなどと、守銭奴にも程がある!」
「そうだそうだ! アタシたちの回復薬代もチャラにしなさいよ!」
「神の愛は無償です。よって、神に選ばれた勇者への奉仕もまた、無償であるべきなのです」
勇者、魔法使い、聖女。
ワイズがこれまで、最高級の装備と消耗品をツケで提供し続けてきたパーティーメンバーたちが、口々に罵声を浴びせてくる。
ワイズは眉間を揉んだ。
なるほど、そう来たか、と内心で独りごちる。
「つまり、踏み倒し……ということでよろしいですね?」
「人聞きが悪いな! 国策による免除だ!」
勇者アレクがニヤニヤと笑いながら、ワイズの肩を叩く。
「悪いなワイズ。魔王を倒したら、褒美の1割くらいはやろうと思っていたんだが……お前、態度が悪すぎるよ。俺たちに感謝がない」
「感謝、ですか」
「ああ。俺たちが戦ってやるから、お前ら商人は商売ができるんだろ? むしろ、お前のほうから寄付させてくださいと頭を下げるのが筋ってもんだ」
どっと、謁見の間が笑いに包まれた。
近衛騎士たちも、貴族たちも、その場にいる全員がワイズを嘲笑っていた。
金貸し風情が。
汚い守銭奴め。
勇者様の寄生虫が。
……ああ、なるほど。彼らは勘違いしているのだ。
ワイズが、「勇者の威光」を恐れて金を貸していたのだと。
彼らにへりくだらなければ生きていけない弱者なのだと。
「……はぁ」
ワイズは今日一番の、長いため息を吐いた。
そして懐から懐中時計を取り出し、時間を確認する。
正午。銀行のシステムが更新される時間だ。
「残念です、アレク様。そして国王陛下」
「ああん? 何がだ」
「貴方達は、商人という生き物を甘く見過ぎている」
ワイズは虚空に指を立てた。
その指先が、
「契約書第108条。『債務者が悪意を持って返済を拒否した場合、債権者は即座に担保権を行使できる』」
「はっ、何を今さら――」
勇者が鼻で笑い、腰の聖剣に手をかけた、その瞬間だった。
凄まじい音と共に、勇者の体が光に包まれた。
いや、勇者だけではない。魔法使いの杖も、聖女のローブも、騎士団長の鎧も。
「う、うわああああ!? なんだこの光は!?」
「きゃああああ!? 服が! 服が消えるぅぅぅ!?」
光が収まった時。そこに立っていたのは、見事なまでに素っ裸になった勇者一行だった。唯一残っているのは、局部を隠す最低限の下着のみである。
「な、な、な……!? 俺の聖剣が!? ミスリルの鎧が!?」
「あ、アタシの賢者のローブがない!? やだ、見ないでよ変態!!」
玉座の間は大混乱に陥った。
ワイズは冷静に、消滅した装備のリストを脳内でチェックしていく。
「ご安心を。消えたわけではありません。所有権が私に戻ったので、私のアイテムボックスに自動回収されただけです」
「き、貴様ァ……! 何をしたか分かっているのか!?」
素っ裸で震える勇者アレクが、顔を真っ赤にして怒鳴る。
ワイズは営業用のスマイルを崩さずに答えた。
「何って、回収ですよ。代金を払わないなら商品は返していただく。誰だってやるような当たり前のことを、どうして金貸しがやらないと思いました?」
「ふ、ふざけるな! これじゃ魔王と戦えないだろうが!」
「おやおや」
ワイズはわざとらしく驚いてみせた。
「『感謝が足りない』と仰っていたのは貴方達でしょう? 私ごときの支援は不要だそうですから、どうぞその身一つで戦ってください」
そして、彼は青ざめる国王に向き直る。
「ああ、それと陛下。先ほど私の商人ギルドカードを通じて、全店舗に緊急通達を出しました」
「つ、通達だと……?」
「はい。『今後、王国および勇者一行との取引を一切禁ずる』と。これを破った店は、私が今後一切融資しませんし、金銭的な援助もしません」
ワイズはニッコリと、止めの一撃を放った。
「つまり、この国ではもう、我々からはポーション一本、パンの耳一つ買えないと思ってください」
シン、と。
先ほどまでの嘲笑が嘘のように、謁見の間が凍りついた。
さあ、
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