第2話 風紀委員最恐の女。その名は——
日差しはまだまだ夏真っ盛りな夏休み明け最初の登校日。
校門を抜ける生徒たちの弾ける笑顔が視界の端を流れていく——
「おはようございます〜……服装を正して登校してくださいね〜……」
気持ちの入り切らない声が喉の奥から出ていくと、次いで小さなため息が漏れてしまう。
俺は
この私立
そんな俺がなぜ朝から校門に立ち挨拶運動をしているのかといえば、答えは簡単。風紀委員だから。
なんで風紀委員なんかやってんの?という疑問が湧いた人もいるかもしれないが、その理由は風紀委員の先輩に一目惚れしてしまったから——ただそれだけ。
でも、リア充ではないので安心してほしい。夏休み中にその思いを先輩に告げた俺は、見事玉砕したので。
『なーくんはいい人、だけど今は付き合えない』という、いい人あるあるのアレを頂いた。
いい人って恋人にはなれないんだよ。しかも無駄に真面目ならなおさら。面白みのない男代表ってやつ。もう過去の話だからこれ以上えぐらないで……心ぺしょぺしょだから。
話が逸れてしまったが、そんなわけで風紀委員をやってるってわけだ。
しかし、動機は不純といえど自分でこの仕事をやると言い出した以上、最後までやり切るつもりだ。それが筋ってもんだろう。
ただ心が折れそうになる瞬間は多い……というか今がまさにそれ。
夏休みというのは、カップル製造強化月間のような側面を持ち合わせており……一ヶ月前は赤の他人のようだった男女が、当たり前のように手を繋いでキラキラした笑顔で歩いている。
正直、結構メンタルにクる——
「くぉぉぉらぁぁぁーー!!そこのふたり組ぃぃぃ!!なに堂々と朝っぱらから手を絡めてくれちゃってんのかしら!?ここは学び舎よ!?勉学を学ぶ場所よ!?そんなんで何を学ぼうっていうのかしら!?ネクタイもゆっるゆるで、風紀が乱れまくって限界突破してるじゃない!今すぐ正しなさいぃぃぃ!!それとも私がその不埒なキスマークのついた首ごとギュッって締めてあげようかしらぁぁ!?」
ぼーっとしていた俺の横から突然、ドスの効いた鋭い声が耳を貫く。
反射的に声の主へ視線を向けると、そこには、その言葉尻からはおおよそ想像もつかないほどのS級美女が凛と立っていた。
整った眉にかかるようにぱっつんと揃えられた前髪と、腰まで届く枝毛ひとつない艶やかな黒髪が風にふわりと揺れる。少しだけ切れ長の目には澄んだ墨色の瞳が宿り、すっと通った鼻筋と淡く潤んだ薄い唇が、まるで日本人形のような美しさを醸し出している。
少し高めの身長に、無駄のない細身のボディラインから浮かび上がる控えめだがふっくらした形のいいバスト。そんな彼女の体を乱れのないパリッとした
ひときわ目を引くのは左腕に安全ピンで留められた朱と白の腕章。そこには堂々たる書体で【風紀委員長】の5文字が鎮座している。
彼女は
俺のクラスメイトであり、同じ風紀委員で……今日から正式に風紀委員長の役職を引き継いだ新しい風紀委員長だ。
((はっ!?はい!すいません月城さん!!すぐに直します!!))
注意された二人組の声が揃い、絡んだ手を慌てて振りほどいて急いで服装を整えたのち、足早に去っていく。その背中を見送りながら、俺まで身が引き締まる。
だってマジで怖いもん。でもこれが彼女の平常運転。
その美麗端正な容姿からは想像できない迫力と性格を持つ月城さんは、一部の生徒からは【鬼の月城】【最恐堅物女王】なんて呼ばれるほど恐れられていて、この高校で知らない人はいないほどの名物風紀委員なのだ。
性格が清楚やほっこり系なら、多分この学校で誰よりモテること請け合いなのだが、当の本人はそんな事は全く興味が無いのか、色恋の噂など一切聞かない。
まあ、月城さんと付き合おうなんて猛者はまずいないだろうが……
(怖っ……あんな美人なのに、ほんと月城さんもったいねぇよなぁ……)
(わかるぅ……)
——うんうん、わかるわかるぅ……って……!?
周囲に漂うヒソヒソ声に心の中で共感していると、それに続いて落ちた低い舌打ちと底冷えするような呟きに、思わず背筋が凍りつく。
「……あなたたち……聞こえてるわよ?どうやら内申点が惜しくないようね……?全員生徒手帳だしなさぁぁぁい!!!!」
(((!?すっ、すいません!なんでもありません!失礼します!)))
蜘蛛の子を散らすように月城さんの周りから人が離れていくのもお約束。
「……はぁ……まったく、余計なお世話だわ……」
冷たく言い放った月城さんの表情は硬い。
思い返してみても、一年の頃から彼女はずっとこんな調子だった。
月城さんの厳しさは風紀委員としては確かに向いていると、そう頭では分かっている。でも隣に立つ側は正直しんどい。結果として、俺以外の同学年の風紀委員はみんな辞めてしまったのだから。
それでも俺は月城さんが仕事に打ち込む姿勢と真剣さを尊敬しているし、先生や同性からの信頼が厚い彼女から学べることは多いと思っている節もあり……あと一人にするにはちょっと可哀想にも思えて……苦手でも、少し距離を置きながらこうやって一緒に風紀委員を続けているわけだ——
そんな事を考えている俺の目の端で月城さんがふっと一息つくと、靴音を抑えてこちらへ近づいてくる。
「ねぇ並樹くん。そろそろ時間だし今日はこれくらいで切り上げましょ?」
「あっ……ああ、そうだね月城さん」
先ほどとは違う澄んだ声色が響く。
そしてどこか美しく冷淡に見える表情のまま、月城さんは踵を返してその場を離れようとする。が、彼女は何かを思い出したみたいに足を止め、もう一度振り返り表情を崩さず一言。
「そうだ、並樹くん。今日の放課後ちょっと時間あるかしら?」
「ん?放課後……?」
「そう、放課後よ」
「時間は……あるけど……」
正直に答えると、月城さんがほんの少しだけ眉を動かす。
俺は部活もしていないし、彼女もいない。放課後に予定なんてあるわけない。あえて言うなら夜更けにゲーム友達とネトゲに勤しむくらい。
「そう……それならちょっと付き合ってもらってもいいかしら?風紀委員の仕事があるのよ」
「仕事?ああ……それならもちろんいいよ」
——断れるはずがないだろ……怖いし……
「ありがとう並樹くん。それじゃ放課後お願いね……さっ、教室に戻りましょ?予鈴が鳴ってしまうわ」
「ちょっ、月城さん!?切り替え早くない!?」
このなんとも温度の低い会話もいつものこと。
しかし、月城さんはそんな事気にする様子もなく颯爽と身を翻し、その乱れのない背中がまっすぐ校舎の方へ向かって歩みを進め、俺は少しだけ距離を空けてその背中についていく。
足並みを揃えすぎないように、でも離れすぎないように。これが俺と月城さんのちょうどいい距離なんだ——
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奥付
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