私たちは新月を■■した。

秋月流弥

私たちは新月を■■した。

友坂ともさか明美あけみは十月三十一日の夜、友人たちと繁華街から少し外れた居酒屋で呑んでいた。

「かんぱーい」

明美の音頭に向かいに座る友人の奈帆なほめぐみもジョッキを掲げる。カチンと子気味良い音が鳴る。弾かれたジョッキは各々のもとへ戻り、明美たちは黄金色のビールを喉に流し込む。

「っはーっ。ビールが沁みる!」

「ね、めちゃうま」

「ちょっとあんまり二人して呑みすぎないでよー。ベロンベロンになったら私が困るじゃん」

この面子の中では比較的常識人の恵がぐびぐびビールを飲む明美と奈帆を見て言う。明美が言い返す。

「わーってるって。でもこれくらいしかはっちゃけられんじゃんハロウィン。今年は仮装パレードなしなんだから」


今年のハロウィンは繁華街での仮装パレードが禁止されている。

『渋谷には来ないでくれ』

年々マナーの悪い若者たちの暴徒化が進むこともあり、今年のハロウィンは原則控えめに楽しむ趣向にされている。雑誌での取り上げ方も縮小気味だった。

しかし、来るなと言われてはい来ませんと従うような若者は最初から交差点で大暴れしたりなどしない。この声明が反響しているのかは明美たちは知らない。

なぜなら明美たちが今日いるのは例の交差点のある街ではなく、そこから数駅ほど離れた路地裏にある酒場だから。


パレード禁止。

それでも仮装して大っぴらに歩いてマナー悪し現代の若者とメディアに晒し者にされるのは嫌だ。かといってこのまま何もしないのも癪。

明美たちがせめてでも反抗できることは、ハロウィンの夜に新たな呑み場の新規発掘だった。渋谷から数駅離れた人通りの少ない裏路地にある小さな居酒屋。目立たない立地から知る人ぞ知る名店っぽくていい感じ。

普段より濃いメイクに少し奇抜なアクセサリーを飾りハロウィンを主張しつつ、あとは呑む、食う、呑むのみ。

「ぶっちゃけ騒ぎたいだけだもんねウチら。イベントにかこつけて騒ぐのが好きなだけだし」

「ハロウィンである必要ないってね。酒呑んで騒げればいい奴らばっかだよ実際」

大学生にしてはしご酒が趣味の奈帆の周りには、いくつも空いたジョッキやグラスがある。


「でもいい店見つけたよね。酒もうまいし。……イケメンもいるし」


グラスを置いた明美が店内のカウンターの方をちらりと見る。

そこにはオーダーをとる青年店員の姿がある。なかなかのイケメンだ。重めの前髪だがよく見ると黒目が大きく顎が細い、均整のとれた整った顔立ち。

「ナンパってありかな。明美声かけてきなよ」

奈帆が顎で青年を指す。だいぶ酔いがまわっている。

「仮装パレードもなきゃナンパの遭遇もなし。出会いもなし。刺激ゼロだ今年のハロウィンは。こうして酒飲むしか」

「言うてもベロベロな酔っぱらいのナンパは嫌だよねぇ。仕事に懸命なイケメンと恋に落ちたいよねぇ」

注文の多い奴らだ。

酒を煽り、恋だの出会いだの宣う彼女らにとってハロウィンという行事は本当に騒ぐ口実でしかないようだ。

私も含め、だけど。



――去年のハロウィンは水をさされたようで嫌だった。



「去年のあの子には参ったよね」

明美が言うと、奈帆、恵も首肯く。

「あーあの子ね」

新月にいづきでしょ? 高校のとき同じクラスだった」

「そう、新月」


明美が笑いを含んだ声でその名を口にする。


「あの子明らかにウチらとノリ違ったよね。なのにあの日、私たちと一緒にハロウィンの仮装パレード参加したいって言い出して本気で仮装パレードの準備してたじゃん。自作の衣装作って。一人だけノリ違え~ってビビったよね」

「衣装を披露したいとかどうとかってパレード誘ってきた子でしょ。普段会話もしないのになぜ? って思ったよね」

「新月って手芸部らしいよ。洋服作るの好きでいつか自分で作った衣装着て歩くのが夢って言ってたわ」

「初お披露目がハロウィンのパレードとか飛ばしすぎだろって思った」

「逆にハロウィンだから周りが皆コスプレしてて安心するって言ってたよ」

「木を隠すなら森の中ってか。あの子の衣装お披露目とか関係ないし勝手に巻き込まないでほしいのが本音だったよね」

奈帆が意地悪い微笑みを浮かべる。

「だから置いてったんだよね、ウソの集合場所に」

「そーそー。明美・・が新月だけ嘘の集合場所教えようって提案して……」


――コト。


一斉に音のした方に顔を向ける。

「お冷が切れていたもので。失礼いたしました」

イケメン青年店員がグラスに水を注ぐ。

三人分のグラスの中身が満たされると、イケメン店員はにこりと笑い颯爽と去っていった。

「ビビった。間近にイケメン接近してるの気づかなかった」

「やっぱ格好良かったね。クールな感じも素敵だし」

奈帆と恵が惚けた顔で男性店員の背中を見つめる。明美も見つめていた。



新月にいづき琴葉ことは

高校三年生のときのクラスメイトだった。

大人しくて地味な印象。休み時間は一人で本を読んでいる。喋ってるのを見るのは授業のグループ課題だけ。

クラスで常に騒いでるような明美たちと真逆の立ち位置にいる子。

新月と初めて話したのがハロウィンが近い十月下旬のことだった。

『ねえ、友坂さん、私も友坂さんたちと一緒にハロウィンの仮装パレード行ってもいいかな』

新月は服をデザインし制作するのが趣味だと言った。

手芸部に所属しており、将来服飾の仕事に就きたいと。

そして、今度のハロウィンの仮装パレードで自分が制作したオリジナル衣装を着て出掛けたいという。

だが自分のデザインした服を一人で着て歩く勇気はなく、困っていたところを当日コスプレして参加する明美たちの話を教室で聞き一緒に参加したいと誘った。

厚かましい女。

『この赤いフリルの部分がお気に入りなんだ』

そんな明美の思いに気づかず衣装のデザインを嬉々として説明する新月に明美は苛立ちを覚えた。

奈帆と恵も同じ気持ちだった。

その日は三人で楽しむつもりだったのに、どうして飛び入り参加した奴と共にパレードに参加しなくてはならないのか。都合良く利用してる感じも腹が立った。


三人の不満は一致し、明美は奈帆と恵の二人に『当日は新月だけ別の集合場所を伝えて自分たちと会わないようにしよう』と提案した。志保と恵は賛同した。

ハロウィン当日、私たちは新月抜きの三人で仮装パレードを楽しんだ。




『――ハロウィンに起こったあの悲劇から一年……――』



テレビから突然そんな声が聞こえてきた。

映っているのは去年・・の渋谷の映像だ。

『去年の十月三十一日深夜。ハロウィンで溢れる人の多い繁華街から少し離れた路地裏で、当日十八歳だった高校三年生の女子が通り魔に腹部を刺され死亡しました』

『逮捕された通り魔によると“殺すのは誰でもよかった”と供述しており、無差別殺人として世間を震撼させました』

『こうした事件から今年のハロウィンは縮小傾向にあり――』


「……」

「まーたやってるよこのニュース」

テレビの映像を見て奈帆は呆れた声を出す。

「もう去年のことだよ。犯人も逮捕されてるのにまだ流すかよ」

来年も。再来年も。ハロウィンがある度に報道するのだろうか。


通り魔事件があった場所は、私たちが新月に教えたウソの集合場所だった。


この事件以来、新月は学校に来ていない。

被害者の実名は伏せられたことから彼女だという確証はない。しかし私たちは思った。殺されたのは……新月なんじゃないかと。

本当の集合場所を教えれば新月が通り魔に襲われることはなかった。


私たちが間接的に新月を殺した……?



ヒラ。



「え?」


視界の端でなにか見えた。

赤い、あの、ヒラヒラ。

見たことある。あの赤くて、三段重ねのあのフリル。


『この赤いフリルの部分がお気に入りなんだ』


脳裏で彼女・・の言葉がよぎる。

あれは、新月の着てたドレスだ。


「え、新月……?」

まさか。

だって新月は去年のハロウィンに……通り魔に……

テレビでは通り魔事件の報道は終わっていた。どこぞのアナウンサーがデパ地下の惣菜を食べて的外れなコメントをしている。奈帆も恵もテレビを見ながら笑っている。

気のせい……?

あんなニュースを見たから幻覚でも見た?

最悪。どうしてこのタイミングに流れるのよ。もう終わったことなのに。去年のことなのに。なんでいつまでも報道し続けるの?

ハロウィンを楽しむ私たちを牽制するかのようだ。

「明美大丈夫? 汗すごいよ」

「え、ああ……平気」

「店混んできたし熱気ヤバいよね、出る?」

「……出よ」


明美はイスから立ち上がった。

他の二人も明美に合わせて席を立つ。

お会計へ行くとイケメン青年店員がレジを担当していた。

「ありがとうございました。またのお越しを」

最初は胸をときめかせていたのに、今はそういう気分ではなかった。

あの赤いヒラヒラを見たからだ。


「あー寒い!」

奈帆と恵が口々に叫ぶ。外はひんやり冷たい風が吹いていた。

ハロウィンなのに、静かで物悲しい。

閑散とした路地裏を歩く。人はまばらにいるものの、私たちと同じようにただ酔いたい騒ぎたい者のグループが数組といったかんじだ。

「カラオケでも行く?」

「そうだね。このまま帰るのも物足りないし。明美はどう?」

賛成だ。気分をどうにか切り替えたい。

「私もカラオケ賛成……――!?」

振り返って返事をしたとき、



ヒラ。



揺れる赤いフリルが、見えた。


「え、なにどうしたの」

私は二人の手をひいて、今いる場所から更に奥の路地裏まで走った。

「明美! どうしたの!?」

奈帆が叫ぶ。走ったせいで恵も息絶え絶えだ。

「あいつがいた」

「え? あいつって」

「新月」


その名前に二人が凍りつく。


「新月って、あの?」

「そんなわけないよ。あの子は去年の通り魔事件で」

「いるのよ。見えるのさっきから。居酒屋でも見えた。あの赤い衣装を着た新月がいる。きっと私たちのあと追ってるのよ!」



ヒラ。



その場の全員が息を呑む。

カチカチと点滅しかしない死んだ街灯が並ぶ真っ暗な路地裏で、なにかが動くのが見えた。


ヒラ。


ずっと遠くにある月明かりの下、ゆらゆらと赤いドレスが揺れている。

月の光を受け、ぼんやり浮かぶ赤色を見つけた明美たちは一斉に血の気がひく。背中に冷たい汗が伝う。

「明美さっき新月が私たちのあと追ってきてるって言ったよね」

奈帆が言う。

「それって私たちのこと恨んでるってことじゃないかな」


ゾッとした。


「私たちへの復讐が目的なんだよ。じゃなきゃお店でもここでも会わないでしょ」

「ふ、復讐って、どうして」

泣き出す恵に奈帆が言う。

「私たちあの子に酷いことしたじゃん。復讐したいって化けて出るほどには憎んでると思う。あれは新月の亡霊だよ」

ひっ……

ひきつった悲鳴は恵のものか自分のものか。

「どうして復讐するの。だって、新月を殺したのは私たちじゃない。通り魔の男じゃない」

「直接はそうだよ。でも、嘘の集合場所なんて教えられてなければあの子は死んでなかった。新月の死を誘導した」

「そ、そんな! 私は首肯いただけだよ! 率先して新月に酷いことなんてしてない」

「私だってそうだよ。間接的にあの子を殺したのは――」

奈帆の目線が明美の方へ向けられる。

「な、何よ! 私が殺したっていうの!?」

「嘘の場所教えようって言い出したのは明美でしょ。『あの子、ウチらとノリ違うから一緒に行きたくない。どうにか来れないようにできないかな』って言ってた」

「嘘の集合場所考えたのは奈帆でしょ! 私あそこがいいなんて提案してないから! 可哀想に新月、あんな場所じゃなければ通り魔なんかに遭わなかったのに!」

「擦り付けないでよ!」

「そっちこそ!!」

「やめてよ。こんな時に仲間割れなんてしないでよ」

「恵は気が楽で良いわよね。首肯くだけで自分から何もしないんだから」

「いつも人にひっついてばかりで他人に責任押しつけるだけだもん恵って。この卑怯者!」

「卑怯者はお互い様でしょ! 今日選んだお店だって、本当は事件現場近くに近づきたくなくて遠ざけたんでしょ。新規開拓なんて言ってあそこに近づくのが怖かったんでしょ」

「あんたたちだって賛成したじゃない!」

全員どこかであの場所に近づくことを心の奥で拒否してた。三人で罵りあう声が路上に響く。



ヒラ。



赤いフリルが先ほどより近い位置に見えた。

ぼんやり見えてた赤色が、先ほどよりはっきりして見える。

……こちらへ近づいてきている。

「どうしよう私たち殺されちゃうの」

恵の言葉に動機が速くなる。殺される。どうして。

恨まれことをしたから? 嘘をついたから? 新月を見下してばかりで相手にしなかったから?


赤いフリルが点滅する街灯をひとつ、またひとつと越え近づいてくる。月夜が赤い幽鬼を照らす。


あの顔。

新月だ。

間違いない記憶のままの彼女だ。

背中まで垂らした長い黒髪は、過去に見た在りし日のクラスメイトの姿と同じものだ。

新月琴葉の亡霊が、こちらに向かって歩いてくる。私たちへ復讐を果たすために。


「殺すしかない」

復讐するため?

知るか。こっちはまだ生きてるんだ!

明美は近くのゴミ捨て場に置かれていた瓶ケースの中からガラス瓶をひとつ引き抜いた。

そして近づく新月の亡霊に向かって振り下ろす。

ゴン、と鈍い音が響いた。


倒れて血を流す彼女に恐る恐る近づき、見ると、違和感を覚えた。

「血……?」

当てようとは思ったものの、幽霊がこんな血を流して倒れるか?

「え……?」

倒れる彼女の身体に触れる。温かい。人間の体温だ。


生きている?

いや、生きていた?

新月は、生きていた?


「やだ、私たち殺しちゃったの?」

幽霊なんかじゃない。倒れる新月は明らかに生きている人間だった。

静まり返る場所と裏腹に胸の鼓動は破裂するくらい高鳴っている。

時が止まったように誰も動かなかい。自分が呼吸しているかもわからなかった。


「またお前たちなのか」

後ろから低く重い声がした。

振り返ると居酒屋にいたイケメン店員が後ろに立っていた。その形相は恐ろしい。

「お前たちから解放されて、やっと妹は本当の友達と穏やかに過ごせるはずだったのに」


「え?」


隣で何かが倒れた。

奈帆だ。

奈帆が頭から血を流して倒れてる。

「やだ、嘘でしょ奈帆」

言いかけた恵にゴン、と鈍い衝撃が加わり恵は倒れた。

残された明美は鈍器を持つ男を前に立ちすくむ。

月夜の下、月光が鮮血に染まる男を照らす。

「妹? 新月が? 知らない、私たち何も、何も知らないッ!」

「黙れ」

途端に、真っ赤な色が視界を染めた。



■■■



『――亡くなったのは友坂明美さん、伊上奈帆さん、長沼恵さん、新月琴葉さんの四人です』


居酒屋のテレビではハロウィンの夜に起きた殺人事件について報道が流れていた。殺された四人の人間の姿が映っている。


『その内新月琴葉さんの殺害の凶器に使われたビール瓶から友坂明美さんの指紋が判明したところ、新月さんを殺害したのは友坂さんで間違いないとのことです。新月さんの知人によると新月さんを除く三人は同じ大学に通っており、過去に新月さんとも面識があったようで四人に何らかの因果があるとみて捜査を続けています』


「B子来れんて」

「マジなんで?」


待ち合わせしていた友人からのキャンセルメールを見て、隣で既に一人串カツを頬張りオレンジジュースでよろしくやっているA美に声をかける。

「テレビでやってる事件の殺された子と仲良くってハロウィンの日の夜もB子の家に向かう途中事件に遭ったから事情聴衆受けてるって。新月って子」

「ああ、大学で知り合ったって子ね」

「B子から聞いた話だけど新月って高校生の時にクラスメイトからハブられて不登校になったんだって。やっと気の合う友達に会えたのに、こんな事件に遭うなんて……」

「まさか一緒に死んでた三人って同級生だったりして」

「思うね。新月って年の離れたお兄さんいるみたいだし、お兄さんも妹がこんなことになってかわいそう」

「あの事件から二ヶ月かあ」


二人でテレビの画面を見る。


『……また、新月さん以外の他の三人の死亡については現場にあったガラス瓶が凶器である可能性が低いことや友坂さんら三人は新月さんより遺体の損傷が激しかったことから別の人物に殺害された可能性もあり、警察は他の殺人事件も視野に入れて捜査を慎重に続けています。

四人が亡くなった路地裏殺人事件は未だに謎が多く、今年のハロウィンも縮小傾向が続きそうです……』


「怖いね。うかうかこんなところで食べていられないよ」

「犯人逃走中ってことでしょ。この辺にいたりして」


――コト。


「お冷やが切れていたもので。失礼しました」


いつの間にか男の店員が立っていた。顔立ちが整っているイケメンだ。


あれ? でも誰かに似ているような……?


「どうぞごゆっくり」

テレビに目を戻すと他のニュースに変わっていた。

お冷やを去る男の後ろ姿は笑ってるようだった。



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私たちは新月を■■した。 秋月流弥 @akidukiryuya

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