三姉妹とリユニエの星環
ケミパパ
プロローグ① 女王の決断
1.
アマリリスは報告書を閉じ、深く息を吐いた。
また、だ。
今年に入ってから、大嵐と山火事の報が途切れない。
紙の上で読み返すだけで、焦げた土の匂いが喉に貼りつく気がした。
各地の街が風と火にさらされ、山々が崩れ、海辺の村が沈む。
農地は干からび、豊かな実りを育んできた谷は今や焦げた灰色をしている。
リユニエ王国の支援もむなしく、異常気象は止まらない。
復興のために費やした財は底をつき、配給の食料は細り、
職を失った者たちの嘆きが宮廷にまで届くようになっていた。
――どれだけの嘆きを、記録してきただろう。
どれだけの祈りを、書類に変えてきただろう。
王家に生まれ、神器を継ぎ、民を守ると誓った。
それなのに彼女がしているのは、崩れていく国を書類越しに追認することだけ。
「女王」という肩書が、いつの間にか"記録係"へとすり替わっていく錯覚。
その鈍い痛みが、胸の奥に巣を作っていた。
神器に宿る十二の守護霊たちは、各地に散って災厄の抑制に尽力している。
だがそれも限界だ。
世界は静かに、だが確実に壊れていく。
机上の蝋燭が、ふっと揺れる。
それに呼応するように、胸元の時計型結晶が微かに震えた。
王家に代々受け継がれてきた中核――《ユニエ・コア》。
神殿に設置された十二宝石の"歯車陣"と連動する、神器機構の心臓部。
鼓動。
いや、鼓動に似た"違和感"だ。
女王は指先で結晶を押さえた。
冷たいはずなのに、今夜は熱を持っている。
――来る。
耳の奥へ、いつもの"声"が差し込んだ。
優しく、けれど、どこか冷たい。
「女王様。いま一度、神器の力を解放し、この地を"浄化"するのです」
“浄化”という言葉が、祝福ではなく封印に近い響きを持って胸に残った。
その提案は以前から幾度となく、彼女の思考の隙間へ忍び込んでいた。
それが本当に自分の意志なのか――もはや判別がつかない。
けれど。
窓の外には、配給を求める群衆のざわめきが遠く響いている。
宮廷にまで届く嘆き。枯れた農地。崩れた山。沈んだ村。
――もう、やるしかないのか。
アマリリスは目を閉じた。
「……もう、やるしかない」
胸元の《ユニエ・コア》が、震えた。
それはまるで、何かが目を覚まそうとしているような――
三姉妹を呼ばねばならない。
彼女たちと――
封印の調律を、完遂するために。
三姉妹とリユニエの星環 ケミパパ @Chempapa
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。三姉妹とリユニエの星環の最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
参加中のコンテスト・自主企画
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます