美作家の奇天烈な日常

平山文人

第1話 言葉の意味の意味不明さ

「おい、俺は大変な事に気づいたぞ」

「朝からなんですか、早く食べないとお互い遅刻しますよ」ここはとあるマンションのリビングの食卓。夫婦らしき二人が向かい合って味噌汁をすすり白いご飯を口に運んでいる。

「朝食などどうでもいい。どうでもいいけど食べるけど、俺は昨晩眠りにつきながら世界を揺るがす大発見をしたのだよ」と、美作太地は興奮しながら話す。妻の朝香はいつもの事、とてんで取りあわない。この前は永久機関を作る方法を見つけた、などと言って妙な装置を作って部屋を水浸しにしていた、へんちくりんな男なのである。これでも一応小学校の図工の教師である。

「はいはい、今回はどんな発見なのですか?」

「言葉の意味をなくすと、全て崩れてしまうんだよ、数学の定義とか、哲学の概念とか、真理とか、宇宙も、神の存在さえも」

「どういう意味ですか」

「ええとだな、うん、例えば数字の1があるだろ。リンゴが一個、その通り。でもこれ、誰が決めたの?」

「えっと……数学だったらピタゴラスとかその辺の古代ギリシャの学者じゃないの?」

「俺もよく知らないけど、とにかく古代の誰かだよね。でもさ、それが1だ、って絶対的に言える? 今の話なら、リンゴは絶対にリンゴ、Appleだって言い切れる根拠ある?」

「ないかもね」

「だろ? ということは、言葉って恣意的に人間が意味付けしたものであって、正しいと言えるものなんて一つもないんだよ!」

「ほうほぅ」

「な、だからな、俺たちは何を考えても無駄なんだよ。人間世界の言葉遊びなんだよ、あらゆる学問という学問は。おお、全ては無駄、全てはお遊び、全て破壊して無に帰すのみ」

「言葉って最初は意志の伝達ツールだったんじゃないの?狩りとか木の実集めとかで役に立つから」

「む、それはそうかもしれぬ」

「それ以上の意味はないのかもね。分かったらさっさと学校行け」

「きみには俺の世紀の大発見の価値は分らないのだ」

 と太地は恨み言を言いながら靴を履いてマンションを先に出た。歩きながら、しかし、言葉の意味が意味不明であることは分ったが、の割には世界には何百個も言語はあるし、言葉もあるな、と思いを巡らし、誰も彼も意味のない言葉を使ってまことに愚かなものよ、とほくそ笑んでいると、駅前の混雑しているところで誰かにぶつかった。見ると、真っ黒なスーツを着たとても怖いヤクザ風の人である。

「す、すいませぬん」

「なんだお前それ。舐めてんのか。ちゃんと謝らんかい!」

 と、ビンタを喰らって吹っ飛んだ。ついでに腹を軽く蹴られた。うう……と太地は痛む腹を押さえながら、言葉はやはり大事だ、破壊してはならぬ、と理解したのだった。

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