純然たる「パシリ」の爆誕である! いち!
全身に強い浮遊感。脳がキーンと音を立て、世界がチカチカ明滅をする。僕の抵抗虚しく、意識が奪われ飛ばされていく。
「なんなんだ!!今日は一体!!・・・はっ!!!」
開口一番の愚痴が駆け抜け、僕は五感を取り戻す。
ーどうやらちゃんと手があり、足もあり胴もあるようだ。
カッと開かれた僕の目に、慌てて景色が飛び込んでくる。
・・・え?なんだココは!?
眼前には、鬱蒼とした世界が広がっていた。
光を奪い合うように、さまざまな木々が空に向かって枝葉を茂らす。風が吹き、サラサラと揺れれば、わずかに逃れた陽光が、仰向けに寝転ぶ僕の瞳をチラチラさした。
まさか、ここって、森の中・・?
「ヨォ!!ヨォ!!ヨォ!!!」
・・・この声は、鳥かな?・・耳もちゃんと聞こえてるはず。
でも紛らわしいのでやめてください。
「ここは、どこ?」
混乱が口から溢れでる。
上半身をゆっくり起こせば、冷ややかな空気でハッとする。どうやら僕の体には、布をかけられていたようだ。
誰かが寝かせてくれていたのか・・・?
視野がだんだん冷静になる。
なるほど?僕は相棒の荷車の上にいるらしい。
僕がモゾモゾ動いたことで、荷車に積んであった傷んだリンゴと、香水の入った3本の瓶がごろっと転がり、ノートがパラパラと捲れ上がった。
「やっと目覚めたか。ニンゲン。戯れを受けし哀れな者よ。」
その声の響きは深く清らかで、この森と正しく調和していた。
恐る恐る声の方へと振り向けば、そこには神秘を放つ異形があった。
「!!え、えっあ。。。」
見るからにヤバそうな気配を放つその異形に、僕は荷車の上で正座する。
「心象の解明を申請。目を。」
反射で背筋がビンと張った。
その異形は音もなくガッと近づき、僕の目を触手でこじ開ける。
「揺らぎと前後情報を把握。なるほど。なるほど。すまぬなアルト。わしも突然のことで、何が何だかわからんだのだ。路地で出会った者と同様に、私も精霊の一人である、安心したまえ。」
異形の精霊様の触手がグネグネうねり、ポンと、僕の両肩に優しく置かれた。
「ここは、『第一世界』ヴィーマにあるテドラの森だ。」
衝撃の事実に僕は戦慄く。
え、ここって「第一世界」なの!!??
・・・確かに、お店で見た事のある花が咲いてるけど。
「少年、君は強い心を望んだそうだな。・・・それとピピアの触覚も。
精霊のクエストは、1つにつき1つの報酬しか与えられんのだ。そこで彼の方は、その二つを同時に手に入れられる特別な宝具を君にお与えくださった。ああ。存分に喜びたまえ。」
「・・・強い心。」
僕は、改めて自分の胸に手を当てる。
先ほど耳たぶの宝具を使ったんだけど・・・この状況に今もドキマギしているし、はっきりとした変化は感じない。よな?
訝しむ僕をスルーして、精霊様が言葉を続ける。
「うむ。うむ。しかし、こんな素晴らしい宝具をお与えになるとは・・・なんと言うこと。」
「きょ、強力。。。なんですか?」
「んん?ああ、実に素晴らしい宝具である。
・・・説明しよう!その耳たぶについた宝具の名前は、『精霊のお使いlv.1』。その宝具を付けし人間を、我ら精霊が合法的に、こきつかえるようになる、素晴らしい宝具である!!」
「・・・ひぇ!?」
異形の精霊様の、急激なギアチェンとその内容の過激さに、喉から変な音が出る。
「これより!その宝具の権利に則り、少年にお使いを言い渡す。ふふふふ。はははっは。いやはや、テンション上がってきたぞ!」
ーもしかして強い心の獲得って、『宝具で』じゃなくて『自力で』なの!?
異形様の眼光が鋭く光る。これは、ただ事ではない雰囲気だ。
・・・こ、断りたい!!!
そんな僕のことなど気にも留めずに、精霊様は言葉を紡いだ。
「実は。な」
・・・・・・・
「宴のために、ロージアの花10輪とチウキヨ鳥5羽、ロッシーの実10個って。。。思ってたの以上にパシリすぎるうっ!!」
僕は堪えていたツッコミを、精霊様が消えたと同時に解き放つ。
依頼は、三日以内。できるだけ美味しそうやなやつをって。
僕の扱いひどすぎませんか?
ーーーーー
「やれるよな?少年?」(*^ロ^)
「え、えっと、その、」(’~’; )
「やれ!・・・るよな?少年。」(*^ニコ^)
「は、はぃ!!」(’ム’:)
ーーーーー
・・・・・・・
しかし。
パシられるにあたって、異形の精霊様に教えてもらった、この宝具と、精霊様たちのルールは、僕にとっても、興味深い内容だった。
まとめると、以下のようになっているらしい。
ー「献上」、又は「クエスト」によって齎されたものしか、精霊たちは利用できない
「献上」は強要できず、「献上品」の内容を指定することもできない。
ー「クエスト」を依頼するとき、精霊は「報酬」を用意しなければならない。
「報酬」は、「受注者に対しての難度」で内容が決まり、報酬を用意するための「コスト」は、その精霊の負担となる。
そして、宝具「精霊のお使いlv.1」。
この宝具を身に付けること。
それはすなわち、それは精霊の敬虔なる信徒の証明となり、クエストクリアのための行為は全て、「献上」の意味合いを含むんだとか。
もちろん精霊様側は、「報酬」を出さなければならないが、「献上」という言葉で体裁を整えることにより、低いコストで私利私欲を満たせるようになる。
ーうん。これは酷い!
つまり、純然たる「パシリ」の爆誕である!
ーーーーー
「一応、死なない範囲の難易度だ。今、パシる許可も上から降りた。
入手したら、その平たい石を奉って我を呼べ。依頼する素材は全てこの森の物だ。お主も知っているようだし、3日もあれば、なんとかなるだろう。では、よろしく頼んだ!グッ!」
別れ際、全身の触手を巧みにクネクネらせ明滅する異形の精霊様の姿が、未だ瞼の裏に焼き付いている。
ーというか、しばらく忘れられない。
ーーーー
「楽しみだなぁ。友達呼ばなきゃ!」グネグネ
ーーーー
精霊様の言うとおり、フィン夫妻の店で働いていたこともあってか、悲しきことに、僕は頼まれた品の概要を知っていた。
精霊様を怒らせてしまったら、一体どうなってしまうかわからないし・・・そもそも帝都に帰る手段もない。
耳たぶについた宝具はあれ以来、うんともすんとも反応しない。
・・・とりあえず、ロージアの花から採りに向かうか。ラセッカさん今頃、心配しているだろうなぁ。
ーーーーーーーーーー
ロージアは、植物性体液の高い保湿性が魅力の植物だ。特に花の部分は、茎や葉と比べいい匂いがするため、様々な用途に使われている。帝都ではアディルフラワーよりも人気がある。
ーーーーーーーーーー
「確かロージアは、湖や湿地に群生するんだったな。」
昔、ラセッカさんに教えてもらったサバイバルの心得「第一世界編」を、思い出す。
ー『森にはさまざまな毒性の生物がいる。まず皮膚を保護しなさい。そして、常識に囚われないこと。蛇は爆発するし、花も爆発する。葉っぱも時々爆発する。虫はあまり爆発しない。』
・・・自分の服装を確認していく。長袖長ズボンを着用しているがこれでは厚みが心もとないな。それに首回りも守らねば。腕は半袖なんだけど、どうしたらいいでしょうか?
辺りをキョロキョロと見渡せば。荷車に積まれたアイテムが目につく。
今あるものは、えっと。
りんごとノート&ペンと香水3本か。
・・・これは確実に死ねるな。他に何か使えそうなものはありませんか!!
「あれ?」
その時、偶然にも木々から漏れた細い日差しが、何かにぶつかりキラキラ光った。
警戒しながら近づけば、そこにはナイフが落ちていた。
「これは確かあの時の!巻き込まれた、のかな?」
思わず、眉間に皺が寄る。それは、ガラの悪い男たちが持っていた、あの”キラキラパーティーナイフ”であった。ギョロ目の男を思い出す。
これは・・・まさに不幸中の幸いだ!・・・でも後で洗おう。
慎重にナイフの柄をギュッと握って、近くに生えていたメフィの木の皮を剥いでみる。
ずずっと、ストレスなく刃が通り、簡単に生木の皮を削いでしまった。
このナイフ、ものすごい切れ味だ。
メフィの木の皮を足首に巻いて装備してみる。
この木は防虫効果が高くて軽いので、毒性の虫や、植物の棘から守ってくれることを期待する。・・・首には、荷車を覆っていた布を割いて巻きつけ、そこに雰囲気で樹液を塗りたくる。
ー何を隠そう、僕は完全なサバイバル素人なのだよ!ははっ。
自嘲しながら準備を終えて、比較的通りやすそうな方角を定める。
ポケットには、リンゴが一つ主張していた。逆を言えば、今、食料はこれひとつしかない。
ー食料もしっかり探さなくては。このリンゴは最終手段にしよう。
僕は、弱い。些細なことで簡単に死ぬだろう。でも。
「さて、頑張ろっと。」
絶望的な状況でもどこか心は浮ついていた。
僕にもあるのだ。未知に対する強い憧憬が。
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