『硝子の真空地帯 ―熟年家庭内別居の記録―』

春秋花壇

登場人物紹介

連作短編として、この「真空」を描き切るための登場人物設定です。 二人に共通するのは、**「もう相手を変えようとするエネルギー(怒り)すら残っていない」**という点です。


登場人物紹介


■ 夫:野上 誠二(のがみ せいじ)/65歳

元・中堅メーカーの管理職。3年前に定年退職し、現在は週に3日、ビルメンテナンスの巡回アルバイトをしている。


性格: 事なかれ主義で、波風を立てることを極端に嫌う。現役時代は「仕事が家庭」であり、家庭内での序列や家事のルールを妻に丸投げしてきた。そのツケが今の孤立を招いているが、それを認めると自分が崩壊するため、「これが熟年の落ち着いた形だ」と自分に言い聞かせている。


家庭内での振る舞い: 妻とは目を合わせない。自分の気配を消すように歩き、イヤホンをしてタブレットで動画(主に昭和のプロ野球や鉄道風景)を見るのが日課。自分のエリア(冷蔵庫の一段、書斎化した元子供部屋)の領土防衛に執着している。


内面: 寂しさを感じてはいるが、それを口にすることは「負け」だと思っている。妻が自分をどう思っているかよりも、**「今の静かな生活が乱されること」**を最も恐れている。


■ 妻:野上 澄子(のがみ すみこ)/65歳

専業主婦。子育てを終え、現在は近所の図書館でのボランティアと、月数回のパッチワーク教室に通っている。


性格: 几帳面で、家事能力が極めて高い。かつては誠二の無関心や身勝手さに涙し、激しく抗議した時期もあったが、ある日(約10年前)を境に**「この男は死んだもの」**と脳内で処理することに成功した。それ以来、精神的な平穏を得ている。


家庭内での振る舞い: 夫を「同居している大型の動産」として扱う。食事は作るが、夫の分はプレートに盛り付け、レンジに入れやすい状態で放置するだけ。夫が話しかけてきても、最小限の単語(「はい」「いいえ」「知りません」)で応答し、会話のラリーを即座に切断する。


内面: 離婚をしないのは、経済的な安定と、世間体、そして何より**「今さら生活環境を変えるエネルギーがもったいない」**から。夫への愛はマイナスではなく、完全なる「ゼロ」であり、無色透明の存在として認識している。


■ 周辺人物(真空を際立たせる対照)

長女:真理(まり)/36歳

既婚。二人の異変に薄々気づいているが、自分が帰省した時に「仲の良い両親」を演じてくれるのであれば、それでいいと自分を納得させている。二人の関係を「理想の熟年夫婦」と呼び、自分たち夫婦の指針にしている。


孫:一真(かずま)/5歳

真理の息子。子供特有の残酷なまでの観察眼で、じいじとばあばが「一度も手をつながないこと」や「お互いの名前を呼ばないこと」を不思議に思っているが、大人たちの空気を読んで口に出さない。


空間設定:野上邸(3LDK・築32年の一軒家)

リビング: かつては家族の憩いの場だったが、今は共有の「通路」でしかない。


キッチン: 澄子の聖域。誠二が入ることは許されず、誠二が自分でカップラーメンを作る際も、澄子がいない時間帯を狙うという暗黙のルールがある。


音の風景: 常に換気扇や加湿器の「ゴー」「シュー」という環境音が鳴っており、それが二人の沈黙を保護する防音壁となっている。


【編集者の視点より】 誠二の「自分を正当化する弱さ」と、澄子の「執着を捨てた強さ」。この非対称な絶望が、全10話の物語を動かしていきます。


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