マッチングアプリの妖怪

ハクション中西

マッチングアプリの妖怪

そいつは、横断歩道の真ん中にいた。


最初は着ぐるみを着ている、なんらかのキャラクターかと思った。カレーパンマンのような輪郭をしており、身長は150センチぐらい。目はひとつだけ。


肌の色はピンク色をしている。


150センチでは小さすぎて、中に人が入らないだろう。


何より、こんな奇怪な存在が横断歩道の真ん中にいるのに、誰も目線をやらない。


それどころか、そいつの身体をみんな、すり抜けて通っていく。


この世の生き物ではないのか。


そいつは、片道2車線の大きな道路の真ん中の、とても邪魔なところにいる


少し怖がりながら通り過ぎようとしていると、そいつは、僕に話しかけた。


「ひょっとして、僕の姿が見えるのかい?」


危うく声をあげそうになったが、ひょうきんでスキのあるそいつの見た目からか、意外と冷静な自分に気づいた。


「えっ、君は、何者なの?」「やっぱり僕が見えるんだね。僕は、Tinder、with、Omiai、ペアーズ、タップルの五つのマッチングアプリを全部やってる人にしか見えない妖怪さ。名前はペンタゴンだ」


ギクっとした。


確かに僕は、その五つのマッチングアプリを全部登録している。


なんと言ったらいいか迷っているうちに、その妖怪、ペンタゴンは「信号がもうすぐ変わるよ。赤になるよ」と僕に言った。


確かに青色の信号が点滅している。


仕方なく、僕は信号を渡った。振り返ると車がブンブンと通っているが、ペンタゴンは同じ場所にずっと立ったまんまだ。


物体がすり抜けるから、よける必要がないということか。


僕は、妖怪を見ながら、考えた。五つのマッチングアプリを全部登録してる人は、確かにこの世の中に、そうたくさんはいないだろう。


全然モテない人生を送ってきた、根暗な僕は、いわゆる素人童貞だ。


女性と一度もまともにお付き合いしたことがない。マッチングアプリでも、四回ほどデートしたことはあるけれども、うち三回は待ち合わせ場所に現れなかったり、残りの一回は、待ち合わせ場所に顔の加工が凄すぎたのか、想像より20歳は老けているオバチャンがいたので、今度はこっちが家に引き返した。


そんな僕の前に突然現れたあの妖怪は、一体なんなのだろう。


信号が変わるのを待ってから、僕はまたそいつのところまで歩いて行った。


人混みの中で、僕の肩にドカンと肩がぶつかり、茶髪にサングラスの若い男が舌打ちをして通り過ぎていった。


「あのー。君はどういう妖怪なの?」僕はペンタゴンに話しかけた。


するとペンタゴンは、「やあ、君か。僕は、Tinder、with、Omiai、ペアーズ、タップルの五つのマッチングアプリを全部登録している人間にしか見えない妖怪ってとこまでは前回お話したよね?だから君には僕が見えるんだ。こうやって会話しているんだものね」


「うん。なんだかよくわからないけど、そうみたい。君の目的というか…その…」


「もうすぐ信号が赤になるよ!」


そう言われて、パッと信号を見ると、また点滅している。


仕方なく僕はまた道路を渡った。


なんで、あんなところにいるんだ。話がしにくい。いちいち車が通り過ぎるのを待ってから、人混みの中で「急に止まるなよ。こいつ、邪魔だな」みたいな顔をされながら、話しかけないといけない。


また青になるちょっと手前で、フライング気味に僕は小走りでそいつのところに向かった。


「何か用事でもあるのかい?」とそいつは言ったので僕は「いや、目の前に現れたから、君のほうで、何か僕に言いたいことがあるのかなと思ったんだけど」と返した。


「うーん。まあ、うーん。用事というか。うーん。まあ、そのー。うーん。うーん、なんというか、その。うーん。あっ!もうすぐ赤だよ!」


 


なんなんだよ!なんでそんなとこにいるんだよ。クソッ!!!


僕はまた、車がブンブン通り過ぎているのを待っていた。


信号がまた青になり、僕は小走りで妖怪のところへ。


「君は、妖怪なの?何か特殊な能力を持っているの?」


そう尋ねると、妖怪は「僕は、Tinder、with、Omiai、ペアーズ、タップルの五つのマッチングアプリを全部登録している人にだけ見える妖怪で、…」


僕は途中で言葉を遮った。


「何回も聞いたよ!一回聞いた説明は省いていこうか!!なんで僕に話しかけたの?」


「なんでというか、ホラ!赤だよ!」


「もう!」


僕はむしゃくしゃしながら、また横断歩道を渡った。


何回同じことを繰り返してるんだ。また車がビュービューと走り出す。


あの妖怪は、僕がモテないのをあざ笑うだけの妖怪なのだろうか。あそこで何をしてるのだろう。


そう思いながら、ふと見たら、いない。妖怪がいない。


慌ててキョロキョロと探す僕。どこにもいない。


人混みで探しにくい。


五分間ほど目で探しただろうか。あの妖怪を探すことを僕はようやく諦めた。


もういい。向こうから話しかけてきたから、こっちは用事を聞き出そうとしただけだ。


本来の目的地に行かねば。


15分後、僕はいつものパチンコ屋にいた。


パチンコを打ちだしてから一時間ぐらいで、15000円ほどを溶かした。


台を替えよう。


思い立って店内を歩いていたらまたあいつがいた。


僕は、そいつが座っているパチンコ台の横に座った。


「ねえ、君はどういう目的で僕の目の前に現れたの?」


パチンコ屋の中は騒々しい。そいつが何か答えているのが声が小さくて聞き取れない。


その妖怪は、パッと立ち上がった。


僕は慌てて追いかけてパチンコ屋を出た。


どこに行くんだろう。


とにかく僕は後ろからついていって、話しかけ続けた」


「ねえ、僕に何か用があったの?」


妖怪は、僕のことが見えてないかのようにズンズンと歩いていった。


ねえ、ねえ、君はどういう能力を持っているの?


他に仲間はいるの?仲間の妖怪はいろんな能力が使えるの?


すべて、無視されているが、とにかく僕はついていった。


誰もいない空き地にやってきた。自分の住んでいる街だが、僕は行動範囲が狭いので、こんな空き地があることを知らなかった。


ドラえもんの中に出てくるような空き地である。


妖怪は土管の上に座った。まるでスマホを見るかのような感じで自分の手のひらを見ている。


何か真剣そうな顔をしているので、僕は少し待っていたが、だんだんと腹が立ってきた。


「おい!聞こえてるのかよ!どうしてこの空き地に連れてきたんだよ!!お前の能力はなんなんだよ!さっさと見せろよ!!なんで俺に喋りかけたんだよ!!」


妖怪は、手のひらを見ていたが、ピタッと止まって、こちらを見た。


「僕は、Tinder、with、Omiai、ペアーズ、タップルの五つのマッチングアプリを全部登録した人にしか見えない妖怪さ!」


「それは聞いたよ!!何回同じ話をするんだよ!バカ!!」


「さらに、条件があって、Tinder、with、Omiai、ペアーズ、タップル、この順番で登録した人にのみ見えるのさ!少しでも順番が違うと、僕は見えないのさ!」


「知るか!お前はなんの能力があるんだよ!見せろよ!なんかやれよ!」


イライラして叫ぶ僕に、一つ目の妖怪は、目を閉じた。


そして、目を開けたと思ったら、目がすさまじく充血している。


「そういうとこやぞーっ!!!お前のあかんところは!!」


突然の関西弁で、すごく大きな声である。


背筋がシャンと伸びる。


「お前のほうが俺に興味があって、オレはお前に興味ないねん!カス!!!認めろ!」


僕はタジタジになりながら答えた。


「いや、でも、君のほうから喋りかけたんだよ」


「その最初だけやろ!!!見えてるかどうか確認しただけや!あとはお前がしょーもない奴やと分かってからは、ほぼ相手にしてないやろ!!お前が俺に興味があるねん!!オレはお前に興味がないねん!にもかかわらず、上から目線で話しかけたい奴やねん!お前は!!!」


妖怪の言うことは図星だった。確かに僕はプライドが高いところがある。


しかし、相手は醜い妖怪だし、喋りかけたのは向こうだし。


妖怪はまだまだ怒っていた。


お前は、自分がモテないのをなんとかしてくれる鍵をオレが持っていると勝手に思い込んで、勝手に期待した!!


俺に興味があって仕方ない!!


そんなことないとは言わせないぞ!!


あの横断歩道を信号変わるたびに、行ったり来たりしながら、話しかけて、ウロウロウロウロしやがって!!


僕は、あまりにも恥ずかしくて、また言い返した。


「いや、あんなところにいたら車が危ないし、えっと、なんか、君が寂しいのかなと思って」


妖怪はまた目を閉じた。


と思ったら目をパカーンと開いた。


今度は紫色に充血し、血管もパンパンに膨張していた。激怒している!!?


「それはストーカーがよく言うセリフや!テメーが勝手に勘違いしてつけまわしてるくせに、心配だから、とかほざくねん!お前のほうが立場、下なんや!!」


僕は、平然とした態度を装っていたが、ホントはもう少しで泣きそうだった。


「ウロウロウロウロ、アホみたいに!あんなアホ丸出しで、信号待ってから、俺に喋りかけるために小走りで走ってきておいて、寂しそうだった?


アホか!!


お前は、俺が妖怪やから、自分がモテへんのを解決する魔法か何かを持ってるんじゃないかと、勝手に思い込んで、自分がそう言う下心、満載で、横断歩道の時もいったりきたりしたし、パチンコも途中でやめて、慌てて追いかけてきた!!


お前が勝手についてきたくせに、さっきお前はなんて言った?


【どうして僕をここに連れてきたの?】


は?


勝手にお前がついてきたんじゃ!鼻の下をのばして!!


その感じがお前がモテへん理由そのものじゃ!!!


魔法目当てなんやろ!!エッチ目的なんやろ!!!


なら上から目線で口説こうとすんな!!!!


俺に能力なんかないぞ!!!」


僕は、呆然とした。。。


能力が、、ない、、?


みるみる顔が真っ赤になるのが分かる。


「なんだよ!それ!ふざけんなよ!思わせぶりな態度しやがって!!!妖怪みたいな姿してて、俺にしか見えないとか、誰だって、なんか能力を持ってると思うだろ!!!!」


「それがお前の奢りやねん!!女の人がミニスカート履いてたら、『そんな誘惑するようなカッコしといて』とか言うタイプの、絶滅危惧種のオッサン、まだこんなとこにおったか!!!ダサっ!キモっ!!!


なんで、オレが妖怪で、仮になんらかの能力があったとしても、まず、なんでお前につかわなあかんねん!使ってもらえることを当たり前と思うなよ!!


全部リンクしてるねん!お前がモテへんのは、妖怪であるオレに対するアプローチと女性に対するアプローチといっしょやからや!!!


お前!オレの名前、何か覚えてるか!?」


「え、えーと、あ、アフロディーテ、みたいな名前、だったかな」


「全然違う!!そら、モテへんわ!!」


妖怪は、そう言うと空中に少しずつ浮き始めた。


と、思ったら、突然そいつの色素が薄くなり、透明になっていった。


ま、まさか、モテないダメ出しを罵られただけで、何も解決していないまま、消えてしまうのか。。


と、思った瞬間、空気の色が濃くなってきた。


僕は再び驚いた。目の前にオフショルダーの可愛らしい女性が立っている。


女性はさっきの妖怪の声で、こう言った。


「お前、この感じの女、好きやろ?」


僕は、なんと答えて良いか、また怒鳴られるのも怖いので口を開きかけて、閉じた。


お前の好みはマッチングアプリのデータからわかってるねん。


お前が下から口説く感じで、いい感じで、『妖怪ってかわいいんすね!』とか。


『魔法とか使えなくても、いてくれるだけで楽しい』とか、その感じできてたら。


ヤラセテあげたのに!!!!


そう言うと、目の前の女の子は、顔を僕に近づけ、耳元でこう囁いた。


「へ、た、く、そ」


そう言うと、イタズラっぽくニコリと笑いながら、透明になり、空に消えていったのだった。


そして、彼女が透明になっていくのと同じように、僕の意識もふわふわと薄れていくのであった。


次に気がついたのは、公園のベンチだった。いつの間にかうたた寝をしていた。


夢だったのか。。。


妙にリアルな夢だった。ポケットの中にパチンコ玉でも入ってやしないか、と思い、ポケットを探ってみたが、そんな安っぽいライトノベルみたいな展開はなかった。


あの横断歩道に行ってみよう。いや、行かせていただこう。


そう思って、僕は歩いていった。


片道二車線の道路が近づく。


いた!いた!ピンク色で、目ん玉が一つの妖怪である!!


僕は、全速力で走っていった。。


「妖怪さーん、めちゃくちゃかわいいですやーん。自分、勝手に好きにならせてもらいました!!!


Tinder、with、Omiai、ペアーズ、タップル、全部お世話にならせてもろてますぅ〜。どのアプリも最高っすね!!!


ただ、僕自身に魅力がないからか、全然モテないっす!!」


そして、僕は横断歩道の真ん中で土下座をした。


妖怪が「気持ち悪いねん!」と言うのと同時にダンプカーが僕をひいていったのであった。


おしまい。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

マッチングアプリの妖怪 ハクション中西 @hakushon_nakanishi

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ