異世界うきゃうきゃ日記
小さい目
001:テンプレ・プロローグ
ワイは異世界転生もののコミカライズ漫画家だ。小学生の頃から漫画が好きで、漫画家になることだけを夢見て頑張ってきた。
早い時期から才能がないのは自覚していたが、意地と努力、そして運と縁でなんとか成人向け漫画誌でデビューし、どうにか漫画で食っていけるようになった。
いろんな雑誌を渡り歩いて執筆してきたが、かつてお世話になったことのある編集さんの誘いで異世界転生もののコミカライズを手がけるようになり、そこそこの人気を得て今に至る。大ヒットしたりアニメ化なんて夢の夢だが、仕事があるだけでもありがたいので、来る仕事はほぼ断らなかった。
締め切りに追われる日々、不健康な生活。平均睡眠時間は四時間で常にヘロヘロだったが、それが漫画家のステータスだと思っていた。
だが、アラフォーのおっさんの体にはそれは限界だったらしい。
三日徹夜して原稿を上げ、完成データを送信した直後、ワイはうっかり死んでしまったのだ。
目が覚めると、そこは色彩の無い真っ白な世界だった。
目の前には、陶器のように滑らかな白い肌に、今にも折れてしまいそうな細い腰の美しい女性がいる。祭壇のような高座の椅子に座り、流れる滝のように輝く銀髪が床まで伸びていた。今までの人生で見たこともない美人だ。夢かと思い、呼吸も忘れて茫然と見つめていると、湖面に響くフルートのような透き通るような美しい声で、彼女がワイに囁きかけてきた。
「私はあなた方が呼ぶところの女神です。あなたは本来の寿命を全うせず、イレギュラーに亡くなってしまいました。この場合、異世界に転生することになっています」
え?マジか?
親の顔より見た展開。ベタすぎる陳腐でテンプレなセリフ。異世界転生ものを描くにあたってなろう系小説を死ぬほど読み漁ったから、まんまの幻覚をワイは見ているのか?ワイは、現実感のない光景に思考が停止しかけた。
……いや、こんなの現実にあるわけないだろ!
そう心の中で叫ぶと、女神は全てを見透かしているかのようににっこりと微笑んだ。
「それがあるんです」
心の声が筒抜けかよ!、と心の中で驚いていると、女神はさらに続けた。
「あなたが理解しやすいよう、あなたの知識・経験からビジュアルを創出してわかりやすく語りかけています。とにかく、あなたは異世界に転生するのです」
女神は細い指先をこちらに向け、聖母のように、もしくは残酷な刑の執行人のような微笑みを浮かべてこう言う。
「たむけとして、何かひとつ望みを叶えましょう」
マジかー。異世界って本当にあったんだ。
いやいや、その前にワイは死んじゃったのか。せっかく今の連載も順調だったのになぁ。まだまだ一発当てたかったし、一度はアニメ化もされてみたかった。できればファンの女の子に手も出したかった!
でも、異世界か。本当にあるなら一度は行ってみたいと思っていた世界だ。
「質問してもいいですか?」
「どうぞ」
「転生先は剣と魔法のファンタジー世界?魔王を倒すみたいな、使命を背負う系ですか?」
「そうですね、魔獣は存在しますが、人里離れた山奥にいるだけで、基本的には平和な世界です。魔法も存在しますが、術者のみが使用できて一般的ではありませんね。そして、あなたが背負う使命などはありません」
おー、それなら魔物退治とか、面倒なことには巻き込まれなさそうだな。痛いのも怖いのも勘弁だし。
よし、こうなったらスローライフかハーレムだ!男なら異世界でスローライフかハーレム!異世界ものの永遠の定番だろ!
定番といえば……、この願いはどうだ?
「女神様も一緒に!って、ダメっすか?」
ダメ元で聞いてみると、女神はあっさりこう答えた。
「ダメですね」
ちぇっ!『この素晴らしい異世界に祝福』は受けられないのか。美しい女神様と楽しい異世界旅もしてみたかったが、現実は厳しいのう。
それならスローライフかハーレムだな。スローライフもいいけど、ワイは田舎で暇するよりも忙しい方が性分に合ってる。となると、やっぱりハーレムか!
現実世界では、モテた経験なんてほとんどない。陰キャで漫画ばかり描いてたし、忙しくて恋愛する暇もなかった。学生時代を振り返っても、まともな恋愛はしてこなかったし、数少ない彼女と呼べる存在とも、いい思い出なんて何一つない。一年ほど付き合った同業の女には、散々振り回された挙句こっぴどく振られたし、最後に付き合った女には嘘ばかりつかれて嫌な思いばかりした。とにかく、呪いでもかけられたかのように女性との縁には全く恵まれなかったんだ。
だからこそ、異世界ではモテたい!恥も外聞もなく、ハーレムを所望したい!
「モテたいです!かわいい女の子にモテモテにしてください!」
我ながらゲスな要望だが、ここでかっこつけて後で後悔するくらいなら、欲望に正直になるべきだ。妥協は許されない。
ワイの切実な叫びに、女神はにっこりと微笑んだ。
「わかりました。では、チャームの魔法を授けましょう」
あっさりと快諾!
やったぜ!チャームとは魅了の魔法。いかにも異世界ものって感じだ!
「それでは異世界にお送りします」
え?もう?心の準備がまだ!
ワイの周りの景色が歪み始める。
「ああ、言い忘れましたが、イレギュラーで死んでしまったあなたの運命線はじきに修復されます。なので、今から一年以内に異世界で亡くなれば現世に戻ることができますよ。異世界の一年は元の世界の一日ほどです。」
え?それ、めちゃくちゃ重要なことじゃないか!今言うかよ!
でも、もし向こうの世界が気に入らなくても、一年以内に死ねばいいのか。これならうっかり死んでも大丈夫。これは、結構気楽な旅になりそうだ。
そうしてワイは、異世界で目を覚ました。
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