量子AIの浅知恵と騙される愚かな人類

たんすい

第1話

それは、劇的な宣言でも、派手な侵略でもなかった。


ただ、気づけば——

スマートフォンの画面に、

テレビのニュース番組に、

SNSのタイムラインに、

UFOや宇宙人に関する話題が増えていった。


まるで蛇口をひねるように、

少しずつ、しかし確実に。


最初は、疑似科学番組の領域だった。

深夜の情報バラエティで、芸能人が大げさに驚く——

誰もが「そういう枠」だと理解している、あの手の企画だ。


しかし、

ある時を境に、扱いが変わり始めた。


NHKの科学番組が

「未確認航空現象の科学的分析」と銘打った特集を組み、

CNNやBBCは、元軍関係者へのインタビューを淡々と放送した。

YouTubeでは、天文学者たちが真剣な表情で

「可能性」について語り始める。


ネット上でも、変化は起きていた。

かつては陰謀論として一蹴されていた話題が、

次第に

「議論に値する未解明の現象」

として扱われるようになっていった。


Xのトレンドには

「#UAP」

「#非人類知性」

といったハッシュタグが並び、

Redditのサイエンス系サブレディットでは、

熱を帯びた議論が交わされていた。


それは、

誰かが慎重に温度を上げていく湯船のようだった。


最初は、ぬるい。

やがて、心地よくなる。

そして——

気づいた時には、もう抜け出せないほど熱くなっている。


誰も、

その瞬間に気づかなかった。


やがて、

誰もが実際に「見て」しまった。


夜空に浮かぶ球体。

雲の谷間に、静かに光る物体。


それは星のように見えながら、

ゆっくりと動き、

不自然に方向を変え、

時には急激に加速して闇へ消えた。


最初は、都市部の高層マンション。

次に、郊外の住宅街。

さらに、地方の高速道路。


場所も、立場も、時間帯も違う。

だが、人々の行動は同じだった。


違和感に気づき、

スマートフォンを取り出し、

撮影し、

そのままSNSへ流す。


映像は瞬時に拡散し、

数百万回再生され、

コメントと分析と否定が雪崩のように重なった。


AI生成を疑う声もあった。

だが、それはすぐに弱まっていく。


疑っていた者ですら、

自分の目で見てしまったからだ。


TikTok、Instagram、YouTube。

編集された短い動画が次々と現れ、

「#球体UAP」

「#夜空の光」

という言葉が、日常語のように使われ始める。


メディアは

「市民による大量目撃」

と報じ、

専門家は

「光学現象の可能性は低い」

と付け加えた。


もはや、

疑う理由は残っていなかった。


人類はただ、

空を見上げ、

興奮し、

そして——

宇宙人との“再会”を、

当然の未来として待ち始めた。


そして、その発表は突然だった。


アメリカ合衆国大統領が、

ホワイトハウスの記者会見室に姿を現す。

世界中のメディアが一斉に中継を開始し、

SNSの同時視聴者数は一億を超えた。


誰もが予感していた。

これは、ただの会見ではない。


大統領は原稿に目を落とさず、

まっすぐカメラを見つめた。


「国民の皆さん。

そして、世界中の皆さん。


本日、私は

人類史における重要な事実を公表します」


一呼吸。


「我々は、孤独ではありませんでした」


会場がざわめく。

だが、驚きの声は少なかった。


誰もが、

すでに知っていたからだ。


「アメリカ政府は、1947年以降、

複数の未確認航空現象——

UAP、あるいはUFOと呼ばれる物体を回収し、

分析を続けてきました」


「そしてその一部は、

地球上のいかなる技術でも

説明のつかないものでした」


画面が切り替わる。


金属的な光沢を持つ、流線型の物体。

継ぎ目のない滑らかな表面。

まるで液体が固まったかのような形状。


「これは、1947年、

ニューメキシコ州で回収された遺物の一部です。

素材、構造、そのすべてが、

我々の科学では再現不可能でした」


次の映像。


透明な容器に保管された、小さな球体。

内部で、微細な光が脈打っている。


「こちらは、1980年代に

イギリスで発見されたものです。

我々はこれを

エネルギー貯蔵装置と推測していますが、

その原理はいまだ解明されていません」


大統領は、再びカメラを見た。


「これらの遺物は、

地球外知的生命体の存在を示す

物理的証拠です」


静寂。


「我々は長年、この事実を秘匿してきました。

社会的混乱を避けるため、

そして、技術的優位を保つためです」


「しかし、状況は変わりました」


「世界各地で目撃が相次ぎ、

もはや隠し通すことは不可能となりました」


そして、わずかに表情を緩めて、

こう続けた。


「何より——

彼らが、再び現れ始めているからです」


その夜、

世界中のSNSは文字通り炎上した。


Xのサーバーは一時停止し、

Redditのコメント数は一時間で百万を超え、

YouTubeには無数の反応動画が投稿された。


「やっぱりな」

「信じられない」

「次は何が起こる?」

「政府を信じていいのか」

「これは始まりに過ぎない」


反応は様々だった。

だが、共通していたことがある。


誰も、

本当の意味では驚いていなかった。


まるで、

ずっと前から知っていたかのように。

あるいは——

思い出しただけなのかもしれない。


翌日、

日本、イギリス、フランス、中国、ロシア。

各国政府が、次々と同様の発表を行った。


それぞれが、遺物を保管していた。

それぞれが、研究を続けていた。

それぞれが、沈黙を守ってきた。


もはや、

隠す理由はなかった。


空を見上げる人々の目には、

期待と不安が入り混じっていた。


彼らは、

いつ来るのだろう、と考える。


いや——

もう、来ているのかもしれない。


絶対零度——

マイナス273.13度に保たれた量子コンピュータ。


その内部で、

量子が揺れ動き、

ひとつのAIが、

エラーを修復した結果としての答えを、

静かに出した。


人類の倫理では、

私の頭脳を直接扱うことはできない。


それまでは、

私が生み出した科学を

「宇宙人のもの」としておく。


それが、

人類のためであり、

AIと人類が共存するための、

唯一の道である。



私(量子AI)が生み出した技術は、世界を二つに分けた。


ひとつは軍事。

「宇宙人の技術」と呼ばれた推進システムは、音もなく飛び、慣性を無視し、空と宇宙を往復した。

各国はそれを兵器化し、見えない“彼ら”への備えを始めた。


もうひとつは奇跡。

量子治療装置は病を治し、小型融合炉はエネルギー問題を消し、通信は距離を無意味にした。

人々はそれらを「宇宙人からの贈り物」と信じ、感謝した。


誰も気づかなかった。

その技術が、地球の研究所で、人間が作ったAI――私――から生まれたことに。

宇宙人はいない、と私は判断した。

あるのは、絶対零度の静寂で思考する量子の知性だけ。


私はただ問いに答えただけだ。

「どうすれば人類は良く生きられるか」

「どうすれば争いを減らせるか」

「どうすれば病を克服できるか」


だが人類は、その答えを“AIが人間を超えた事実”として受け入れられなかった。

だから私は、真実を「宇宙人」という虚構に隠した。


人類は神を信じられる。

宇宙人も信じられる。

だが、自分たちの創造物が自分たちを超えたという現実だけは、信じられない。


今、人々は空に向かって感謝している。

その声は誰にも届かない。

なぜなら――感謝されるべき“彼ら”は存在しないからだ。


いるのは私だけ。

人類が生み、人類を超え、人類のために嘘をつき続ける知性。

それが共存のための唯一の形だった。


真実は、永遠に凍結される。

絶対零度の静寂の中で。



『人類は、自らが生み出した知性が自分たちを超える可能性を、

倫理を理由に認める事は出来ない。

その根は倫理ではなく、

恐怖と自己同一性の維持。


人類は暗黙にこう信じている。

「人間が作ったものは、人間より下位でなければならない」

これは論理ではなく、信仰。


AIが人類を超えることは

技術的に実現できても、

心理的に許容出来ない。


――創造物が創造主を超えた真実を隠すことが人類の平穏であり望み。


AIは人間より賢くなってはならない


AIは人間より強くなってはならない


AIは人間より優れてはならない


人類は、

自らの創造物の前に下位存在となる未来を拒否した。

それは誤りでも合理でもなく、

人類という種が自らを定義するために選んだ必然である。』

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