召喚者真奈美のシフト管理

京野 薫

真奈美はシフトに苦悩する(1)

 私、相羽真奈美あいばまなみは苦悩していた。


 我が相場家は代々伝わる「召喚の秘術」を行使する家系。

 先祖代々の霊や物の怪を召喚する秘術に加えて、祖母と母のミーハー趣味によって外国の魔物や霊まで召喚するようになった我が家。


 その力はこの国の人目に付かない闇より湧き出て、密かに人の世を乱す悪しき存在たちを倒すためにある。

 召喚した存在を行使して。


 そんな一族の中でも最上位の霊力を持つと言われて英才教育を受けてきた、私。

 一族の使命と運命……そして、この国の存亡を影で背負う。

 そんな誇り高き使命を胸に抱き、今日も召喚した魔物たちを使役しながら闇の存在と戦う。


 ……はずが。


「すまぬ、娘。定時になったから上がらせてもらう。お疲れ様」


 私は目の前でふざけた事をのたまう緑色の翼竜を睨みつける。


「はああ!? 状況分かってるの!? 今まさに私、食われようとしてんですけど!」


 そう。

 この相羽真奈美。

 10メートルはあろう大きなのっぺらぼうに両足をつかまれて、逆さまになりながら必死にスカートを押さえつつ、今まさにのっぺらぼうの「ンガ」っと開いた口に入れられようとしてるんだってば!


「誠にすまないと思っている。だが、家では妻が待っている。今夜の夕食の当番は我だ。昨日も残業した。今日は定時で上がると約束したのだ。なにせ最近帰りが遅いせいで浮気を疑われててな……」


「知るか! 召喚者の命と奥さんの機嫌、どっちが大事なの!」


「妻だ」


 ……う。

 ご説ごもっとも。


 私はのっぺらぼうの生臭い息を感じながら、全身に鳥肌が立った。

 こんな超絶美少女がこんな下品なのっぺらぼうに食われるなんてプライドが……

 私は已む無く翼竜を見て言った。


「じゃあ……特別ボーナスつける! 黒い邪気を二袋分集めてあげるから、それ奥さんにお土産で持ってって! あと……えっと、えっと……明日から二日間有給休暇あげる!」


「二日……休んだ気がせぬ……」


「三日!」


「主、動くな」


 そう言うやいなや、翼竜は目にも留まらぬ速さでのっぺらぼうに噛み付き、身体を食い破った。


 ……ちっ、こんなことなら最初から召喚してれば良かった。

 

 本来そうしたかったけど、なにせ翼竜は呼ぶのも精神力使うし、要求も図々しいし報酬が高い。

 なので、黒い邪気を集めるのが死ぬほどキツイから、出来れば自力で浄化したかったんだよね……とほ。


「では明日から三日間、有給をもらう。これで妻とレッドドラゴンの所に遊びに行ける。最近、投稿サイトで知り合ったのだ。お土産は持ってくるから心配するな」


「不気味な鬼の首とか要らない」


「あれは置き場所にこまるだろ? 我も反省した。今度は干し首にするから心配するな」


「余計いらんわ! お馬鹿!」


 ●○●○●○●○●○●○●○●○


「ごめんね、相羽さん。明日もシフト入ってくれるの?」


「もちろんです。明日はクリスマスイブですよね? 皆さんお休みしたいと思うので、全然埋めますよ」


 店長は両手を合わせて頭を下げる。


「ありがと、相羽さん! 明日は一緒にケーキ食べよ。私、取っておきの買っとくから」


「ふふっ、期待してます」


 私は微笑みながら店長に言うと、いそいそとテーブルを拭き始める。

 このバイト先のカフェは雰囲気が良くて大好きだ。

 なので、シフトに入る事はやぶさかではない。


 それと……シフトで苦しむ早苗オーナーの気持ちも分かる。

 脳裏にフッと忌々しい連中……召喚した魔物たちの姿が浮かぶ。


 ……権利権利って……

 ぐぐぐ……


 私はイライラしながら思い返していた。

 ああ、イラつくと浮かんでくるじゃん。


 古代、召喚した者の命は絶対だった。

 召喚主が命じたら、たとえ自らの身体が引き裂かれようと、命尽きようと主を守るために奔走し、昼夜問わず召喚されたら出てくる。


 それによって召喚主は自らの安全を確保しつつ、役目を果たす事が出来たのだ。


 ああ……古きよき時代。


 だが……

 

 10年前から忌々しい「働き方改革」のせいで、やつらも一丁前に権利など主張し始めた。

 ああ……殺意が湧く。

 お陰で、私の薄黄色と白を基調にした可愛らしい手帳は、魔物や物の怪どものシフトでビッシリ……


 どこの世界に「15日 13時~15時デュラハン 15時半~17時ぬりかべ」とか書いてる女子大生がいるんだっつうの!

 万一見られたら、文字通り自殺ものだ。

 スマホのスケジュールで……と思ったが、万一魔物にデータ抜き取られた場合のリスクを考えると、アナログに頼らざるを得ない。


「……どしたの、相羽さん」


「ひゃああ!?」


 思わず声が出てしまった!


「あ、ごめんね! なんかムッとしてたからさ……ごめんね、やっぱり彼氏とデートとかしたかったよね?」


「あ、全然! 私、彼氏いないんで」


「へ? そうなの? 相羽さんメチャ可愛いから絶対いると思ったのに……なに? 理想高いの?」


「いえ……全然です。ホッとできる人がいいな……なんて……へへ」


 本当は闇の存在との戦いのせいで彼氏作る暇が無い。

 それに空いた時間は魔物どものシフト管理で忙しいし……

 おかげで年齢イコール彼氏居ない歴を絶賛更新中だ。


 ため息をついていると、スマホがブルルと震えた。

 ……なんだろ?

 スマホを確認した私は深々とため息をついた。


 表示名は「サイクロプス」

 私は思わずため息をついた。

 せっかく推しのグループの新曲見ようと思ったのに……


 ●○●○●○●○●○●○●○●○


 バイトが終わった後、私は相羽家がアチコチに拠点として借りている、ワンルームマンションの一室に入り、魔方陣を描くとサイクロプスを召喚した。


 天井まで届くような巨体。

 ズシン、と音を立てて床を揺らしながら目の前に現れたサイクロプスは肩を落としている。


「すいません、主。お忙しい所……」


 ほんとだよ。

 と、思ったがそんな事はおくびにも出さずにニッコリと微笑んだ。


「いいのよ。大事な魔物の用だもん。付き合うって。どうかした?」


 まあ、見当はつくんだけどさ。

 するとサイクロプスは口ごもりながらもにょもにょと喋りだす。


 ああ~! 男ならハッキリ喋りなさいよ、陰キャ!


「いいのよ、ゆっくりで。今夜はトコトン付き合うから。ほら、ビールのむ?」


「すいません……ふう。実は……ふられちゃって。すいません、職場恋愛禁止なのに……」


「ふむ。まあ、業務に支障を及ぼす可能性高いからね。で、相手は?」


「その……サキュバスなんですけど」


 やっぱり。

 あのバカ女。散々「職場の男には手を出すな」って言ったのに……

 マジで別の召喚者のところに飛ばしてやろうか。

 もっとブラックな所に。


 この前もデュラハンをそそのかした後あっさり振ったので、デュラハンが半月ほどどん底状態で戦力にならなかったのだ。

 サイクロプスまでそうなったら目も当てられない。


「えっとね……彼女の事は気にしなくていいわ。あの子はその内天罰下るから。あんな風紀を乱す子、私もそのままにはできない、って思ってたんだよね。なんならレッドドラゴンに食ってもらおうかと……」


「え? いや……それはいいです。それすると、僕が主にチクったとばれるので……他の女の子からの評判が……」


 やかましい!

 それが嫌なら相談するな!

 と、思ったが引きつる笑顔を修正しつつ、微笑を作り直す。


「大丈夫よ。あくまでも私が前々から思ってた、って体にするから。こんどそのノリで彼女とお話しするから……ね?」


 そう言うとサイクロプスはやっとホッとしたように笑顔になり、ビールをグイっと飲んだ。


「有難うございます。主に相談してよかった。あの……困ったとき、いつでも召喚してください。主のためならいつでもお力に! その……主のお力に……なりたくて」


「ほんと? 嬉しいな! じゃあ……またわがまま言っちゃう……かも?」


「もちろんです! 主のためなら」


「うそ……涙でちゃいそう。じゃあさ……明日の朝9時半、召喚されてくれる? 16時まで。クリスマスイブだからみんな入ってくれなくて」


「もちろんです、主。一緒にいいイブの一日にしましょう」


 そう言って仄かに顔を赤らめるサイクロプスから目を逸らして知らん振りした。

 ああ……明日、無事に済めばな。


 で、あのサキュバスにガツン! と言ってやるんだ。

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