人見知り村の赤ちゃん

ハクション中西

人見知り村の赤ちゃん

【人見知り村】


むかしむかし、あるところに、村人たち全員が、人見知りをする“人見知り村”がありました。


村は、周囲を山で囲まれており、代々、その集落だけで過ごし、外部とほとんど関わりを持たないので、遺伝子的にも、人見知りする人しかいなくなっているのでした。


雪山で遭難をして、みんなが探しているような状況でも、大声を出して「ここだ!助けてくれ」と言うのが恥ずかしく、そのまま死んでいくような人たちが、この人見知り村では500年もの間、暮らしていたのです。


この村では、比較的人見知りがマシな人が村長をします。


人見知りがマシな人の意見がどんどん通っていく村ですが、それに不満を持つ村人は、全員人見知りがすごいので、何も言えず、日記ばかりが溜まっていくのでした。


さて、この人見知り村では、こんなに人見知りの人ばかりで、どうやって子孫を残すことができるのでしょうか。


答えは、みなさんの予想通りです。


そう。アルコールです。


酒を飲むと、人見知り村の人たちも、さすがにちょっとは喋ります。


その時にエッチな会話を少しすることができ、やっとそういう行為に及ぶことができるのです。


なので、村では酒屋さんはすさまじい権力を持ちます。


みんな、お酒を売ってもらえないと困るからです。


人見知り村では、村人全員が遺伝子的に人見知りをするため、赤ちゃんの頃から、全員、人見知りをします。


もっと言えば、大人は子供や赤ちゃんにたいしても人見知りをします。


ひどい村人は、犬に対しても人見知りをしますので「ワンワン」と吠えられると、モジモジして、その日は疲れて早く寝ます。


そんな人見知り村では、とある風習がありました。


それは、“次の日、朝早い”という時に大人がよその家の赤ちゃんを抱っこしにくるのです。


理由は簡単です。


大人でも、赤ちゃんに人見知りをするため、赤ちゃんを抱っこすると、モジモジして、疲れて、その日は早く寝れるのです。


そのため、大人はよその家の赤ちゃんを抱っこしにきますし、その時に顔を真っ赤っかにしながら小声で「おめでとうございます」と赤ちゃんの両親に出産のお祝いを言うのです。


これにより、次の日朝早いオッサンも、あかちゃんも、両親も、全員人見知りして、疲れるので、その日は早く寝れるのです。


次の日、朝早い人は、村人たちだけが使うネットで名前を書き込み、そこで「あなたも朝早いんですね。明日。じゃあ、今日そちらの家に行って、あかちゃん抱っこしていいですか?」などと会話がはずむのです。


ちなみに。


村人たちは、全員人見知りなので、逆にネットでは顔を見なくていい分、凄まじく会話が弾みます。


全員、ネット弁慶なのです。


「え、来てくださいよぉ。ご飯も食べて帰ってくださいね」「え、いやあ、それは悪いですよぉ」「いえいえ、主人も絶対喜びますし」「そ、そうですかあ?」「はい!社交辞令とか、ほんとにナシで!本当に食べて行ってくださいね!!!」「じゃ、じゃあ、お腹すかせていっちゃおっかな。あ、いや、すいません、調子に乗りすぎました(汗)」「いえいえ、お待ちしてます!」


今日もこのような会話がなされました。


そして、その数時間後です。


家のチャイムが鳴りました。


その家の赤ちゃんはギャン泣き。お父さんお母さんは半泣きです。


お母さんがドアを少しだけ開けてみると、玄関の前では、モジモジしている男がいます。


「あした、あさ、早くて」


と聞き取れないような小さな声で言います。


お母さんは、それをさらに下回る、誰も聞き取れない声で「あ、ネットの…」と言いながら、奥に引っ込みます。


そして赤ちゃんを抱っこして、玄関までやってきました。


男は、モジモジしながら、滝のような汗を顔にかいています。


そして、おそるおそる赤ちゃんを抱っこすると、赤ちゃんは、骨折でもしたのかというぐらい、すさまじい泣き声で泣き喚きます。


人見知り村の赤ちゃんなので、当然です。


男はモジモジし、半泣きになり、赤ちゃんを返します。


お母さんは、赤ちゃんを受け取り、玄関のドアをガチャン!とすさまじい音を立ててしめます。


家の奥で半泣きになっていた夫は、嫁に「もう、いった?」と小さい声で聞きました。


これで、全員、疲れて今日は早く寝るのです。


ちなみに、この赤ちゃんの抱っこ訪問の一時間後のインターネット掲示板では。


「赤ちゃん、めっちゃ可愛かったです!!絶対また遊びにいきたいです!」「いやー、ご飯食べて行ってほしかったのに、すぐ帰られて残念でした!」


という意味不明な会話がなされます。


兎にも角にも人見知り村は、こういう村なのです。


さて、そんなある日です。


また“次の日朝早いオッサン”がネット掲示板に書き込みました。


「明日仕事が朝早いんだよな。誰かの家の赤ちゃん、抱っこさせてくれない?ちなみにオレ、赤ちゃんの抱き方、めちゃくちゃ自信あります!!!」


早くも一件の反応がありました。


「ウチの赤ちゃん、ニコニコして、親バカかもだけど、めちゃくちゃ可愛いです。可愛さのおすそ分けをしたいです」


「ええ!いいんですかあ?」


そこで、写真がはりつけられます。


「え!?え!?え!?ヤバいです!可愛すぎます!!こんな子抱っこしたら、誘拐してしまいそう!!!」


「もう、面白い方なんですね!!主人も喜ぶので、ご飯も食べて帰ってくださいね!!」


「あ、ありがとうございます!」


読者諸君にもう一度説明しますが、この男は次の日、朝早いので、早く寝るために赤ちゃんを抱きにいくだけなのです。


そして、迎え入れるホストハウスの両親も、次の日朝早いだけなのです。


さて、このやりとりの一時間後です。


ピーンポーン。チャイムが鳴りました。


ホストハウスのお父さん、お母さんはもう半泣きです。


お母さんがそろーっと玄関を開けると、さっき「赤ちゃんの抱き方、めちゃくちゃ自信あります!」と書き込んでいた男が直立不動で立っていました。


喋りかけられないと、自分からは喋れないみたいな挙動不審な様子で、ジロリと見てきています。


お母さんは、赤ちゃんが寝ているベッドまで仕方なく引き返し、赤ちゃんを抱きかかえました。


お母さんに抱かれて、パチっと目をあけた赤ちゃんは、寝起きが良いのか、ニコォっと天使のような笑顔を見せました。


お母さんは、キョドキョドしながら、赤ちゃんを男に渡しました。


男は、「まあ、別にいいけど」と小さな声で言いながら、赤ちゃんを抱っこしました。


さっきまでお母さんに抱かれていた赤ちゃんですが、男に抱かれると、一瞬、目を見開きました。


そして、次の瞬間、ニコニコオッと、またとびっきりの笑顔で笑ったのです。


それから数時間後のネット掲示板の書き込みです。


この人見知り村に、お母さん以外に抱かれても泣かない赤ちゃんがいた!!悪魔の赤ちゃんだ!!!!


もちろん書き込みは、さっきの人見知り男です。


そうなのです。


人見知り村では、全員が遺伝子レベルで人見知りをするので、お母さん以外に抱かれても泣かない赤ちゃんは、もはやホラーなのです。


【お母さん以外に抱かれても泣かない赤ちゃーん】(ホラー風に読んでください)


の存在は村人たちの間で、瞬く間に広がりました。


悪魔の赤ちゃんを殺せ!


お母さん以外に抱かれて笑う赤ちゃんを生かしておいてはならぬ!!!!


一度、有識者で集まって、悪魔の赤ちゃんの処遇を決めよう!!


もちろん、こんなに流暢に、リアルで喋る人はこの村にはいません。全部ネットでの声です。


有識者が村の集会所に集まりました。


人見知りするので、誰も喋りませんが、比較的人見知りがマシな村長が声を出します。


「この人見知り村では、遺伝子レベルで、代々、全員人見知りします。なので、お母さん以外に抱っこされたら、赤ちゃんは当然ギャン泣きします。 


なのに、お母さん以外に抱っこされて、ニコニコ笑っている赤ちゃんは、悪魔の子です」


ここに書くと、流暢に喋っているようですが、実際には、モジモジしながら、あのぉ、そのぉとか、ノイズがたくさんのセリフです。


村の権利者、酒屋さんが口を開きます。


「悪魔の赤ちゃんは、赤ちゃんのうちに殺さねば」


それを聞いた村長が「他のみなさんはどう思いますか?」と村人たちに聞きました。


村人たちのうちの一人が、モジモジしながら「でも、可愛いですけどね。そんな赤ちゃん」と隣に座ってる人にも聞こえないぐらい小さな声で言いました。


その赤ちゃんのお父さん、お母さんも集まりには参加してます。


お父さんが口を開きました。


「うちの子、可愛いですけどね」


お母さんも続けて言います。


「うちの子、可愛いですよ」


もちろん、二人とも人見知りなので、リスが葉っぱを踏んだ時の音ぐらいの小さな小さな声でした。


村長が言います。


「何も意見がないようなので、悪魔の赤ちゃんは死刑にします」


それを聞いた瞬間、赤ちゃんの両親は泣きくずれました。


「可愛いのに」「可愛いのに」


二人は、ティッシュ一枚が床に落ちた時ぐらい小さな声で泣きじゃくりました。


その三時間後の、ネット掲示板での書き込みです。


「うちの子を死刑だなんて、あなたたちは、それでも人間ですか!!オレは自分の命にかえてでも、自分の子供を守る!!」


「そうよそうよ!うちの子は、とっても可愛い赤ちゃん!悪魔の子なんかじゃないわ!赤ちゃんを殺そうだなんて、悪魔はこの村の人たちよ!!!」


この書き込みに対して、村人たちの意見は賛否両論がありました。


「お母さん以外に抱っこされてもニコニコする赤ちゃん、可愛いかも。抱っこしてみたい」


「なにゆってんだよ。人見知り村なんだぜ?そんな赤ちゃん、こえーよ!ゼッテー悪魔だ」


「でも、なんで両親とも、ちゃんと人見知りなのに、あの赤ちゃんはお母さん以外に抱っこされても笑うんだろ」


「突然変異さ。だから悪魔なんだよ」


「でも、赤ちゃんを死刑にするとしても、誰がやるんだよ。オレはやだよ」


このように、色々な意見が飛び交いました。インターネット掲示板の表示されたパソコン画面を見ながら、悪魔の赤ちゃんを抱っこしたお母さんは、顔を真っ赤にして打ち込んでいました。


「あなたたちこそ悪魔です。この赤ちゃんは、人見知り村に現れた救世主です!!あなたたち、いや、わたしたちは、お酒がないと何にも喋れない、ネット弁慶の集まりです!!この赤ちゃんこそ、この“人見知り村”を救うのです」


これには、酒屋さんが黙っちゃいません。


「酒を飲んで、人見知りが解放されて、エッチをする。そして子孫を残す。この村は代々そうやってきた。これは村が、いや、国が保護すべき文化なんだ。


そのためには、その赤ちゃんは邪魔だ。お酒なしで、社交的だなんて、気持ち悪い!!!


悪魔の子は、人間ではない。悪魔なんだ!!だから、殺すべきだ!!」


こんなにもネット掲示板が盛り上がるなら、最初から会議も、ここでやればいいのに、と心の中でみんな思いました。


赤ちゃんの処遇について、結局、どうしたら良いものか、死刑としても、誰がそれを執行するのか。


みんな悩みましたが、村長が結論を出しました。


「赤ちゃんを殺すって、もうあんまり言いたくないから、とりあえず赤ちゃんを殺すことを、“ベビがえし”と呼ぶことにしよう。ベビーを天に返すという意味だ。


あと、刑の執行方法だけど。


村人たちで、赤ちゃんを順番に抱っこしていって、笑ったら、その時抱っこしてた人が、ベビがえしを実行することにしよう」


ついにベビがえしの日がやってきました。


村人たち全員が集まります。


赤ちゃんがずっと泣いてれば助かるかも、とお母さんが赤ちゃんをつねります。


その瞬間、それまでニコォっと笑っていた赤ちゃんが、少し悲しそうな顔になりました。


お母さんは、慌ててつねるのをやめました。


村長が開会式の宣言をします。


「それでは、ベビがえしを始めます。ルールは以前ネット掲示板で言った通り。赤ちゃんを順番に抱っこしていき、赤ちゃんが笑った時に、その赤ちゃんを抱っこしてた村人が、ベビがえしの執行をします」


人見知りの村長がこんなに流暢に喋れるはずがありません。


ベロベロに酒を飲んでいるのです。


村人の一人が発言します。「ていうか、赤ちゃんずっと笑ってるんなら、そのルールだと、一人目に抱っこした人がべびがえししないといけなくないですか?」


こいつももちろん、ベロベロに酒を飲んでいます。


「なので、赤ちゃんが泣いてる状態からスタートしたいのですが、まだ笑ってますね」


その時、赤ちゃんが泣きだしました。


お父さんがほっぺをつねったのです。


ビエーンビエーンビエーン!!


村長が叫びます。


「ロシアンベビ返し、スタートーッ!!」


お母さんが村人に赤ちゃんを渡します。赤ちゃんは泣いています。


泣いてる赤ちゃんを、まるでバケツリレーのように、村人たちが渡していきます。


お父さんにほっぺをつねられた痛みもなくなっていき、赤ちゃんはよりによって、酒屋さんに抱っこされた瞬間に、笑いだしました。


ニコォ!!


きゃっきゃっ!!!


酒屋さんは、「可愛い!無理!」と言いながら、次の人に赤ちゃんを渡しました。


「可愛い、無理!」「ヤバい、可愛い、パス!」「無理!可愛い!」「はい、終了〜、はい可愛い〜」「はい可愛すぎ。はい小悪魔!はい次!!」


次々と全員が辞退して、次の人に渡していきます。


悪魔的なかわいさの前に、村人たちは全員、酒を飲んで挑んだのですが、ベビ返しなんて、誰にもできやしません。


あまりのかわいさに赤ちゃんを落としそうになる村人もいました。


「何をしてるんだ!赤ちゃんが怪我したらどうするんだ!」「そうだ!そうだ!」「次、オレに抱かせろ」「お前、二回目だろ!ふざけんな!」「二回抱っこした奴、他にもいるから、いいだろ!!!」


完全に趣旨が変わっています。


村長が「まだ抱っこしてない村人はいませんか?」と声をかけると、一人だけ手を挙げました。


最後の一人です。


そう。最後の一人はこれを読んでいるあなたです。


あなたは、赤ちゃんを抱っこしました。


そして、あなたはどうしますか?


「可愛い!無理!アホか!!!!こんな子を悪魔の子だなんて!!!」


そうあなたは言いながら赤ちゃんをお母さんに返しました。


こうして赤ちゃんの命は守られました。


その日は、村人たち全員が夜八時に寝ましたとさ。


おしまい。

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